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獣と獣??  作者: 暁 とと
23/56

キズ

「………いたっ。」

「あっすみませんサクラ様。少しだけご辛抱を」

マクリナは上目使いに私を見ると、手にしていた注射器に意識を集中させた。

昔から注射は苦手だ。特に採血は自分の血をもろに見なくてはならない。

私は眉間にシワを寄せながら目を固く瞑って、針が少しでも早く自分の元から去ることを願った。




「はいっ、ありがとうございました。もう大丈夫ですよ」

マクリナは3本目の注射器を抜き取ると、ガーゼで私の腕を押さえながら言った。

ふぅーとうっすらかいてしまった汗を拭き取ると、私は抜き取られた注射器を見ないように注意しながらマクリナへと顔をあげた。




朝食を食べ終えた頃、マクリナが頼みたいことがあると部屋を訪れた。

「サクラ様の血液を採取させていただきたいのです。」

「私の血?」

ちょうど護衛に復帰したクラウドも部屋に入ってきて、一緒に話を聞いた。

「そんなもんどうすんだよ?」

「薬を作れるかもしれないのです。獣の血の効果を止める為の」

「薬?私の血から?」

「はい、血液でなくとも良いのですが、生粋の人間であるサクラ様の血液ならば、私達獣人の中に流れる獣の血と混ざり合いそれを薄める効果が出るのではないかと推測いたしまして。」

「……はぁ。」

そんな単純なものなのだろうか、とも思ったがこの国一番の化学者とまで言われるマクリナの頭脳がそう弾き出したのであれば、試してみる価値はあるのだろう。

私自身特に貧血持ちとか血液検査で引っ掛かったこともないので、少しばかり血を取られたところでなんの支障もない。

私はその申し出をすんなりと受け入れた。

「マクリナが試したいのなら私は構わないよ。でも、注射ってちょっと苦手なんだよね」

眉を寄せる私にマクリナは礼を言ってから、安心させるように胸を叩いた。

「私にお任せください」

と。






マクリナの嘘つき。

恨めしそうに見つめている私の視線を知ってか知らずか、彼は淡々と血液の入った容器をしまい始めていた。

「ではこれからサクラ様の血液の鑑定に入ります。2、3日後には何らかの結果をお知らせいたしますので」

「2、3日って、マクリナ祭りに参加しないつもりか?」

早く仕事に取りかかりたい様子のマクリナをクラウドが呼び止める。

珍しくげんなりした表情でマクリナがクラウドに振り替えると、早口で答える。

「私がいなくても祭りは成り立ちます。オルタナにも司祭としての役割はきちんと伝えてあります。私はそれよりもいち早くサクラ様の血液の分析に取り掛かり、より早く薬を作ることを優先させたいのですよ。分かりましたか?ご理解頂けたのなら私はもう行きますよ。宜しいですか?」

なんという圧力。

捲し立てるような彼の言葉にクラウドでさえ頷きを返すことしかできなかった。

それを見届けたのかどうかも分からないうちに、マクリナは足早に部屋から立ち去っていった。





「ったく、あいつは本当にこういうことになると人が変わるっつうか、本性が出るっつうか」

マクリナの呪縛から解かれたようにクラウドはドサッとソファーに腰を下ろした。

「なんかマクリナいつもと違ったね」

呆気にとられていた私もマクリナが出ていった扉を見つめたまま呟いた。

「マクリナは研究とか解読とか、まぁそういう系の自分が興味があるものを見付けるとあんな感じになっちまうんだよ。周りは見えなくなるし、自分のことも疎かになる。何日も食わねぇし、何日も寝ないで没頭しちまう奴なんだよ。」

「あっ、そんなことをイーヴァが、前に言ってたかも」

本の下敷きになっていたとかなんとか。

「最近はそんなことも滅多に少なくなってきてたんだけどな。お前っていう研究しがいのある奴が出てきたから、もう今はお前の血のことしか頭にないんだろうなぁ」

呆れたようにクラウドは言うと、テトが淹れてくれたお茶をすすった。

私も同じようにカップに口を付けながら、その縁越しに彼を盗み見た。




昨日の彼の姿がまるで嘘のようだ。

彼が部屋を訪れる前、私は彼にどう接すればいいのかあれやこれやと考えを巡らせていた。

あんな風に触れられた頬を触っては一人で赤面したり、何か言われるのではないかとドキドキしたり。

テトにどこか調子が悪いのかとさえ聞かれる始末だ。

それなのに、私の部屋を訪れた彼はあまりにも以前と変わらずに、適当に挨拶を済ませたかと思うと何かあれば呼べと言って部屋の扉の目前で護衛の役目を果たしていた。

昨晩のあれは私の妄想だったのではないかとさえ思ってしまう。

しかし、私の首元には昨日ルイスに貰った空石の首飾りが揺れている。

これが存在するということは昨日の事は現実なのだと私に教えてくれる。

昨日の………。







私はルイスに抱き締められた事を思い出し、ボッと顔が熱くなった。

あの時の彼はおかしかった。

まるで何かに怒っているかのように、熱い息を押し当ててきた。

何か気に触るような事をしてしまったのだろうか。やはり慣れならしすぎたのだろうか。いや、ルイスはそんなことで怒るような人ではないはず。

では、なんで……。









「百面相」



「えっ?」



いつの間にかクラウドがジッとこっちを見ていた。

「なんなんだよお前さっきっから。赤くなったかと思ったら眉間に皺寄せて考え込んだり、そうかと思えば青ざめたり。」

呆れた様子でクラウドは言う。

「ちょっと考え事してただけよ。そんなに見ないでよね」

恥ずかしさが口を悪くする。

「はいはい」

それを適当にあしらうとクラウドはまたカップに口を付けた。




もぉー、なんなのよ。こっちは色々考えちゃってたのに。

私はむくれながら立ち上がると、描き貯めていたスケッチブックを開いた。

約束したからには早くルイスに絵を見せなくてはならない。

こんな素敵な物まで貰ってしまったのだから尚更。

ペラペラとページを捲っていると、その中の一枚にユタの絵があることに気が付いた。

隠しておいたはずなのに、無意識にそのスケッチブックを手にしてしまっていたのだ。

そのページを開いた瞬間、私は咄嗟に開いたまま手を止めてしまった。

一枚だけ完成している、ユタ以外には見せてはいけないその絵を。







「……それ」




後ろでソファーに座っているクラウドがふいに声をかけてきたので、私はビクンっと背筋を伸ばした。

見られてしまったのだろうか。

私はゆっくりとスケッチブックを閉じながら振り替える。

「………どれ?」





振り替えるとクラウドはこちらを見てはいなかった。

正面の壁を見つめながら、声だけを私に向けた。




「首飾り……陛下からの贈り物か?」

「えっ、うん昨日貰ったの」

なんだ、そっちか。

私は胸を撫で下ろしながら不自然にならないよう注意しながらスケッチブックをベットの脇に置いた。

「綺麗な石だよね。私初めて見た」

その石を指で摘まみながら見下ろす。

昨日の月明かりの輝きとは違う、太陽の光に反射するそれはまた別の温かい印象を与える。

小さな空がそこにはあった。



「とても高価なもんだぞ、それ。しかも買い付けてから改めてその形に削り直してあるな」

「へぇそうなんだ。たしかに珍しい石だって言ってた」

「その形に削り出すのも相当腕のたつ職人じゃなきゃ出来ねぇもんだな。」

指で摘んでいるその石はずっしりとした雫の形をしていた。

空が落とした涙のような形だ。

「クラウド詳しいね」

私は石を元の場所に戻すと、壁を向いたまま話すクラウドの方を向いた。

「あぁ、俺の父親は宝石商だったからな。ガキの頃から見てりゃあ覚える。」

「そうなんだ」

「………陛下は相当お前のことがお気に入りのようだな」

「…えっ?」

クラウドはそう呟いてからチラッと私の方に視線を向けると、カップをテーブルに戻して立ち上がった。

それから私の前に立ちと、無言で私を見下ろした。

「…………なに?」

私は少し身構えてから言葉を発した。

見下ろしてくるクラウドからは威圧感さえ感じてしまう。






ポンっと彼は私の頭に右手を下ろすと、そのままぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でた。

「ちょっ…ちょっと!」

私は両手でクラウドの手を掴まえて抵抗したが、彼はそれでも尚髪を乱してきた。

「やめてってば!」

髪が乱れに乱れたところでようやく彼は私の頭から手を引いた。

私はぼっさぼさになった頭のまま、激しく抵抗した為に肩でハァハァと息をした。

「……なに、すんのよ」

クラウドはそんな私の事を冷めた目付きで眺めていた。

無性に腹が立つ顔だ。

それから、フンッと鼻をならすとクルっと背を向けてスタスタと扉に向かって歩き出した。

「えっ、ちょっと!」

私は呼び止めようと手を伸ばしたが、彼は扉を開くとその中に体を滑り込ませた。

「何かあれば呼べ」

そう一言だけ言うと、パタンと扉を閉めてしまった。







「…………なんだっていうのよ」

一人残された私は唖然としたままそう呟くしかなかった。


















祭りの日がやって来た。

祭り自体は夕方から行われるらしく、昼過ぎ辺りから城の周りでもガヤガヤと準備を急ぐ人たちの姿が見えた。


私もその雰囲気を感じて久々にワクワクしていた。

「イーヴァ祭り大好きなんだぞ」

部屋に来ていたイーヴァが一緒に窓に張り付いて外を眺めていた。

「今年は特にオルタナが司祭だから賑やかな祭りになるはずだぞ」

「えっ?司祭によってお祭りの中身が変わるの?」

「内容自体は同じなんだけど、人によって雰囲気が全然違ってるんだぞ。去年ソウマが司祭をやったらまるで何かの儀式かなにかみたいになってしまったのだぞ」

去年の事を思い出したのかイーヴァはげんなりとした表情を見せた。

「だから今年はオルタナみたいに賑やかな祭りになると思ってるんだぞ。それに、今年はサクラもいるから格別だぞ」

「私?」

イーヴァがにこにこと見上げてきた。

「この祭りは龍を讃える祭りなんだぞ。そこに龍の巫女であるサクラが参加するなんてこれ以上贅沢なことはないんだぞ」

「そ、そうかな?えっ?私何か特別なこととかしないよね?」

急に慌ててしまった。

龍を讃える祭りで龍の巫女が現れたからとかで何かお祈りを捧げるとかなんとかの役割が私に与えられてしまうのではないかと。

そんな大役が与えられるとなれば呑気に祭りにワクワクとしている場合ではない。

「ないわよ。あんたは呑気に祭りを楽しみなさい」

おろおろしている私の背後から、いつ入ってきたのかオルタナが声をかけてきた。

「良かったぁ……ってオルタナもう着替えたの!?」

「おぉ!やはりオルタナすごく派手派手なんだぞ!」

「フフッ素敵でしょ?」

部屋を訪れた彼はあの絶賛していた浴衣を身にまとって微笑んでいた。

着付けの仕方は軽く教えてあったが、こうも完璧に着こなしているとここが異世界だということを忘れてしまいそうだ。

ただ、彼なりにアレンジを加えているらしく、襟元をはだけたその姿はさしずめ花魁のようにも見える。

「ずいぶん大胆に開けたね」

彼の胸元を指差して私は言った。

「あったりまえでしょ。普通に着たんじゃ面白くないもの。さっ、あんたも着替えるわよ。髪も結わなきゃいけないんだから」

そう言うと窓にへばりついていた私の腕を掴み、ズルズルと部屋の真ん中に引きずっていった。

「えっもう着替えるの?」

部屋の中央辺りに立つと、オルタナは次々と私の服を剥ぎ取っていった。

「あたし今日忙しいのよ。だからさっさとあんたのことも着付けちゃいたいの」

ここ最近ずっとオルタナの着せ替え人形のように扱われていた私は、もうなんの抵抗もなしに着せ替えられている。慣れとはなんと恐ろしいものだろう。



浴衣を羽織らせられながら、私はオルタナとイーヴァに話しかけた。

「お祭りって何するの?屋台とか出たり?」

口に紐を加えながらオルタナが答える。

「まぁ屋台も沢山出るわね。食べ物だったり装飾品だったり。夜が更けるまではとりあえず歌ったり踊ったり賑やかな感じね」

「すごく楽しいんだぞ。イーヴァは祭りでしか売っていないクッキーが大好きなんだぞ」

興奮気味にイーヴァがパタパタと目の前を飛び回る。

「へぇー楽しそう」

「今年はなんたってあたしが司祭だからね。町の飾りも派手に決めてきたわよ」

グイッと腰紐を絞めながらオルタナは自信ありげに笑った。

「あとは夜の祈祷がうまくいけば大成功なのよねぇ」

「……祈祷って?」

私はグイグイと締め上げられる帯の苦しさに耐えながら訊いた。

「龍の森にある精霊の滝に祈りを捧げるのよ。あの森に住むと言われている精霊さん達にね。しっかりとその祈りが届けばすっごく素敵な光景が見られるのよ」

オルタナは手を止めてうっとりしたような顔で語った。

「へぇどんな?」

オルタナがこんな顔をするのだ、さぞかし素晴らしいものなのだろう。

私は前のめりになって彼に訊いたが、オルタナは人差し指をちらつかせて首を振った。

「ダメダメ。聞いたら感動が半減するじゃない。今夜のあたしの祈りが精霊に届くことをあんたは祈ってなさい。さっ、着替えは完了!次は髪ね」

「えぇ、ケチぃ」

ぶうたれる私を無視してオルタナはテキパキと私の髪を結い始めた。

太い三つ編みを作ると銀細工で作られた花のヘッドドレスを編み込みに差し込んでいく。最後に結び目に大きな白い花を飾ると、あっと言う間に完成した。

「おぉ!サクラすごく素敵だぞ!」

パチパチと拍手をしながらイーヴァが近付いてきた。

鏡に映る自分を見て、私もすごく嬉しくなった。やはりオルタナはこういうことに関しての才能はピカ一だ。

「うん、あたしの次に美しくなったわね」

オルタナも鏡越しに何度も頷いた。

「ありがとうオルタナ。すごく素敵にしてもらっちゃって」

「いいのよ。あっあと最後にこれね。」

オルタナは思い出しかのように、持ってきていた袋の中から色のついた羽で縁取られた仮面を取り出した。

「祭りの時はこれを目元につけなさいね」

私はそれを受け取ると首を傾げた。

「これを?」

「そっ、皆つけるのよ。祭りには精霊も紛れ込むとされているからね。誰が精霊なのか分からなくするための物よ」

オルタナも自分用の仮面を取り出すと、スッと目元につけた。金色のギラギラと輝くそれは絶対に精霊がつけそうもない代物だった。

それを見て苦笑いをしていると、オルタナはさっさと広げていた道具たちをしまい始めた。

「さてと、次はマクリナのとこに行かなくちゃ」

「えっ?マクリナの?でも、マクリナ今は私の血の分析だかなんだかをしてるって」

「そうなのよ!それであいつ祭りに参加しないなんて言ってんのよ!許せないじゃない?」

片付けている手を止めてオルタナは眉を寄せながら私に迫ってくる。

「だから、私があの引きこもり野郎を引っ張り出してくるのよ!今日の一番時間がかかる作業はそれよ!」

拳を握りしめながら沸々と彼の闘志がみなぎっていくのが分かる。

「はははっ」

乾いた笑いしか出ない。

これからオルタナに襲われるマクリナに少しばかり同情してしまう。

「イーヴァも行くぞ!父様と祭りに行くんだぞ!」

同じように拳を握るとイーヴァがオルタナに加戦するように飛び上がった。

マクリナの迷惑そうな顔が容易に思い浮かんでくる。

「そうね、それがいいわ。それじゃああたし達はマクリナのとこに向かうから、サクラあんたは一つ頼まれ事をしてもらえる?」

「ん?なに?」

「これ」

オルタナはさっきとは違う仮面を取り出すと私に差し出した。

「これをクラウドに持っていってちょうだい。さっき寄ったんだけどいなかったのよ」

私はそれを受け取ると、困ったように見つめた。

「?どうしたのよ?」

顔を覗きこまれて私は慌てて首を振った。

「ううん!なんでもない。分かった渡しておくね」

「頼んだわよ。それじゃあイーヴァ行きましょう」

「おうだぞ!サクラまた祭りでだぞ」

「うん、頑張ってマクリナを説得してね」



意気揚々と出ていく二人を見送ると私は小さくため息をついた。

「どうかしましたか?」

入れ違いに部屋に戻ってきたテトが荷物を机に置きながら尋ねてきた。

私はハッと顔を上げて首を振った。

「ううん、ちょっと帯が苦しくて」

そう誤魔化して私は仮面を手に立ち上がった。

「私ちょっとクラウドのところ行ってくるね」

「はい、いってらっしゃいませ」

テトがお辞儀をして見送ってくれたが、私はふと足を止めた。

「そういえば、テトはお祭りに行かないの?」

オルタナからテト用の仮面は渡させれていない。

意外と世話好きの彼の事だから、テトの分も用意していてもいいようなものだ。

テトは微笑みながら首を振った。

「僕はまだ祭りには参加できないんです」

「えっ?どうして?」

祭りといえば大人よりも子供がはしゃぐものではないか。

「僕はまだ参加できる年ではないので。ここの祭りは子供は参加できないんですよ」

「そうなんだ。じゃあお土産買ってくるね」

するとテトは年相応の顔で笑った。

「ありがとうございます。楽しみにしておりますね」

私は頷いて部屋を出た。





クラウドの部屋の前につくと、また自然と小さくため息が出た。

一昨日そして昨日となんだかクラウドの態度がおかしい。優しかったり無愛想だったり。

彼はいったい何がしたいのだろうか。

手にした仮面を見下ろしながら、渡したらすぐに部屋を出ようと意を決して扉を叩いた。




「…誰だ?」

部屋の中から返事が返ってきた。

なんだか機嫌が悪そうだ。

「あっ、私だけど」

「………入れよ」

出だしからなんだか不安になりながら、私は扉をゆっくり開いた。






「……お邪魔しますっ…………って、きゃああ!」

オズオズと部屋に入った私は、目の前の彼の姿に悲鳴をあげてクルっと身を翻した。

「っ…うっせぇよ」

クラウドはしかめっ面で耳を塞いだ。

「だっだって!」

私は扉に顔を向けたまま彼に抗議した。

クラウドは上半身裸のまま髪を一つに結っていたのだ。

「なんで裸なのよ!」

「着替えてる最中にお前が入ってきたからだろ」

「普通そういう時は部屋に入れないわよ!」

「あぁそうかよ」

動揺している私をよそに、クラウドはキュッと髪を結い上げた。

私は初めて見てしまったクラウドの体に、ドキドキと鼓動を速めていた。



カチャカチャと彼が何かを動かしている音だけが部屋に響く。

「なんか用か」

彼は動きながら私に声をかけた。

私は彼に背を向けたまま後ろ手に仮面を見せた。

「オルタナから預かったの。これを届けに」

「あぁそうか、悪いな」

しかし、彼はそれだけ言うとつき出したままの手から受け取ろうとはせずにいた。

「……あの、これ」

私はたまらずに声をかけたが、クラウドは

「あぁちょっと待ってくれ」

と近づく気配がなかった。

仕方なく私は手をひいて、彼の仕度が済むまで待つことにした。



「…………っ!」

突然クラウドが息を吸い込む音が聞こえて、私はビクッと肩を震わせた。

「………どうしたの?」

動きを止めた彼に声をかけた。

クラウドは何かに耐えるように息を重く吐き出した。

「………お前、ちょっと手伝え」

「えっ?」

「こっちこい」

私の背中にクラウドが声をかけてくる。

どうしようかと迷ったが、この状況で断るのもおかしいと自分に言い聞かせゆっくりと体の向きを替えた。




クラウドは今だに上半身裸の状態でベットの上に腰を下ろしていた。

私の心臓は跳ねたが、平常心を装いながら彼に近づいた。

ベットの上には乱雑に消毒液やら包帯やらがバラ撒かれていた。

「なに?」

彼は私を見上げた。

「腕があがんねぇ。お前包帯巻けるか?」

「うん、できるけど」

差し出された包帯を受け取ると、クラウドは私に背中を向けた。

その背中を見た瞬間、私は血の気が引いた。

「新しいのに換えてぇんだよ。お前やってくれ」

「う、うん」

私は恐る恐る彼の背中に手を伸ばした。

だって、彼の背中には抉り取られたかのような無数の傷が、今だに生々しく紫色に腫れ上がっていたのだ。

よく見ると腕にも胸にも同じような傷がある。

「消毒は……いいの?」

「あぁ、もうしてある」

手が震えてしまう。

こんなにも傷だらけの体を見たことがない。

「…………大丈夫か?」

クルっとクラウドが顔を向けてきた。

「うん、ごめん。なんか見てたら私も痛くなっちきちゃって」

ぎこちなく笑ってみせる。

するとクラウドは私の手から包帯を取り上げた。

それから自分の腕に包帯を広げながら、チラッと私を横目で見てきた。

「無理すんな」

彼がそう優しく言ってくれたが、私は慌ててその包帯を奪い返した。

「大丈夫だから!貸して」

「な、なんだよ」

クラウドはビックリしたように手を離すと、私の顔を見てからまた前を向いた。

私は包帯をピッと広げた。傷口を直視するのは怖かったが、それよりも役立たずだと思われる方が嫌だった。

傷口に直に触れないように丁寧に包帯を巻いていく。

「痛くない?」

「あぁ、元からそんなに痛くなかったからな」

「どうしたのこれ」

古傷も沢山あるが今手当てをしているのは最近出来たものだ。

「訓練でな。こんなに体が鈍っていたなんてな。情けねぇ」

クラウドは腕についた傷を触りながら悔しそうに呟いた。

私は黙ったまま腕から背中にかけて包帯を巻いたあと、腕にも巻き付けていった。

細い体は無駄のない筋肉で覆われている。

毎日欠かすことなく鍛え上げて出来上がった体だ。


ふと、クラウドが私の方を見ていることに気付いて顔をあげた。

突然顔をあげた私とクラウドの視線が至近距離でぶつかる。

「なに?」

彼は私の手元に目を落とした。

「上手いもんだな。」

「あぁ包帯?……昔ね、弟の体に巻いてあげてたから」

「弟の?」

「………うん。」

私は曖昧に頷いた。

触れてほしくない話だ。

私の大好きな弟。

だけど………。

それ以上口を開かない私に彼もそれ以上は何も聞いてこなかった。




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