卒業~シャイニー・メモリアル~
校庭のソメイヨシノの蕾がピンクに色づき始めた3月。
冬は越えたが、まだ寒い日もある3月。
出会いの季節直前の、別れの季節。
この日、卒業式を迎えた。
祝電披露では、一年生のときお世話になった懐かしい先生からの手紙で盛り上がったり、卒業証書授与では自分の番が近づくに連れて鼓動が早くなったり。
PTA会長の言葉のとき、出てきたのが友達の親だったり。
合唱のとき、思わず涙ぐんだり…。
そんな卒業式も終わり、生徒は皆教室に帰ってきた。
「本当に今日で卒業なんだね…。実感湧かないな」
教室に入り、最後の着席をしてちょっと困ったような笑顔を浮かべるのは緒川あげは。
通称「荒ぶるモス・バタフライ」の通り、ヌケたとこのある少女。
「ねー…。この制服着るのも最後ね。さよなら我が母校」
あげはにそう返したのは腰まで届く、黒く長いサラサラヘアが似合う少女。
名は水村葵。
「髪の毛が紋所」の別名に恥じぬ強気な性格である。
「そういえばさ、PTA会長って順子なんだね」
あげはが言った。
「人の親を名前で呼ぶな!」
葵が言うように、PTA会長は葵の親、順子がつとめていた。
あげははPTA会長の言葉のとき、必死に笑いをこらえていたのだった。
「皆さん、卒業おめでビーー!って!あははは!」
「わ、笑うな!」
あげはが言っているのは、ついさっきまで行われていた卒業式での、PTA会長の言葉での出来事。
順子が「皆さん、卒業おめでとうございます」と言おうとしたところ、マイクが突然ハウリング。
ビーーン!という電子音が響き渡ったのだ。
「でもさ、この教室でいろんな逸話が生まれたよね」
「できれば逸話じゃなくて思い出と言って欲しいな…」
あげはの言葉をやんわりと訂正しつつ、どんな思い出があったか思い出す葵。
それはあげはも同じで。
「机に落書きとかしたよね~」
「あ~、あげはも?実は私も…」
笑いながら葵は言って、そっとあげはの机を覗いた。
「はうっ!?」
そこに書かれたものを見て葵は驚愕した。
「これは落書きというか…。カンニング…」
「そんなことしないよ!趣味で書いたクロロフィルaの化学式だよ!」
「あんたそんな趣味が…」
「じゃあ葵はどんなの書いたの?」
そうききながら、葵の机を覗きこんだ。
「うわっ!これは消すの大変そう…。なぜに焼肉…?」
「お腹減ってたの!」
ワイワイと話していたら教室に担任が入ってきた。
「はーい!皆さーん!卒業おめでとう!これから高校生になるんだね。信じられないわ~」
担任の黒井鈴子先生は入ってくるなりそう言った。
「まぁ、赤点の屈辱を味わえばいいさ!というか、あんたらって進学すんだっけ?」
担任としてあるまじき発言をする鈴子先生。
「あ~、どうせ私は後6年は移動する気ないから。ここくりゃいるわよ。じゃね!」
そう言って教室を出て行った。
する気のある無しで移動が決まるのかはさて置き。
あげはと葵は再び思い出話に花を咲かせた。
「てかさ、やっとここが読者さんにも中学校だってわかったね」
「あげは…。それはそうだけど…」
「そういえばさ、中1の時、社会科見学という名の東京観光に行ったよね」
二人はしばし思い出していた。
二年前の東京観…もとい。
社会科見学の出来事。
集合は東京駅。
まだ駅舎再現工事は始まってなくて…。
「江戸城行ったわよね!」
「行ったっけぇ~?」
いまいち記憶に薄い様子のあげは。
「行ったわよ!あんたが『おぬぉれ政府関係者ー!』とか皇居に向かって叫びながら木の枝振り回したときは焦ったわ」
「そうだっけ?なら、私も葵が『東京タワーの階段で輪っかがバネみたいになってるやつやろう』とか言い出して焦ったわ~。名前分かんねーって…。あんな70年代に流行ったもの」
「あれ、何て名前なんだろうね?」
「さあ…」
一度話に区切りが付いたが、再び話し始める2人。
さながらマシンガンのごとし。
「まだまだ思い出はあるよね!想像してごらん…」
「思い出は想像するんじゃなくて思い出すものね…」
サラッと訂正したものの、その声ははたしてあげはに届いたのだろうか…。
「家庭科の調理実習のときさ~…」
「止めて…私の傷口を広げないで…」
葵の制止もなんのその。
あげはは笑いながら話し出した。
「バターコーン作ろうってなってさ~」
「今思うとチョイスがスゴいわよね」
確かに!と頷くあげは。
「そんときに『塩入れて』って頼んだらまさか葵、瓶一つ分全部突っ込むとはね…」
「…違う。あれは蓋が外れたのよ…」
「コショウ砕かずに粒のまんま入れたよね!」
「…粒そのまま渡されて砕くものが無かったのよ」
「ベーコン塊のまま入れたのは?」
「贅沢仕様にしたかったのよ…」
「トウモロコシ粒じゃなくてぶつ切りにしたのは?」
「ばらばらにするの面倒だったのよ!缶詰使えばよかったよね…」
どんどんテンションの下がる葵。
そしてアゲハのとどめの一撃。
「食えたもんじゃなかった!」
「苦いくらいしょっぱいって怖いわよね…」
思い出して溜め息をつく葵。
心の傷は未だ癒えず。
終いには机にぐで~と突っ伏した。
しかしすぐに顔をふっと挙げた。
「あんただって歴史のノートの端になんか痛いこと喋ってる中二病全開の落書き描いてたわよね」
ニヤニヤしながら葵が攻める。
「うっ…。それは…。」
これにはあげはも返せなかった。
「因みに、15代将軍は慶喜よ?喜慶じゃなくて」
「まさか今ノートの誤字を指摘されるとは…。もう卒業式だというのに…」
卒業式前に配られた卒業アルバムを開いてみる。
「あ、プールの写真。こんなの撮ったっけ?」
あげはが指差したのは学年全員がプールの中にいる写真。
「撮ったわよ。あんた忘れた?私のこと無理やり沈めたじゃない」
「そうだっけ…?あ!そうだ!私葵に仕返しされたんだ!目洗ってたら水道全開にされたんだ!痛かったわ~」
「私沈められたときアメンボ口に入ったんだけど…」
「全く…。ねぇあげは?アメンボって仮にもカメムシの仲間なのよ…?名前は『ンボ』とか付いて可愛いけどさ」
「葵?目洗うけど、どうせ水道水で洗うから塩素のダメージは受けるんだよ?」
「知らねーよ!」
まだまだ2人の思い出話は尽きない。
「体育祭の時、あげはって何出た?」
葵が聞いた。
「ん?1年から3年まで、全部1500メートル走」
「あ、そうか。あんた人が100メートル走やる感じで1500メートル走りきるから誰もついて行けないのよね」
「葵は毎年100メートル出てたよね。一人だけジョギングしてた。しかも楽しそうに」
「うるさいわね…。走れる人はいいわよね…」
「葵運動苦手だもんね~」
「球技なら行けるのよ!卓球とか!」
「そりゃ部活でやってるもんね…」
この2人、部活は卓球部である。
あげはが誘う形で葵も入部した。
運動神経はあげはの方が良かったが、卓球は葵の方が強かった。
「あげはのプレイング怖いのよ。何でプレイヤーキル狙うのよ!」
「わざとじゃないよ?球がオート顔面手塚ゾーンなんだよ」
あげはの球はやたら相手の顔に当たる。
しかも妙に痛い。
「まあ狙ってるなら顔より台を狙うわよね…」
言葉とは裏腹に葵は納得していなかった。
忘れることは出来ないあの球。
避けても顔を追尾して飛んでくるあげはのスマッシュ。
パチーンと響く軽い音。
頬に残る叩かれたような痛み。
毎回大会であげはと当たる相手が気の毒である。
本人に悪気がないのがたちの悪さに拍車をかけていた。
これが「荒ぶるモス・バタフライ」の由来である。
「やっぱりさ、中2最大のイベントって宿泊学習かな?」
アルバムから目を離し、あげはが聞いた。
「ん?そうじゃない?楽しかったじゃん。尾瀬」
葵たちは宿泊学習で尾瀬に行った。
大自然を満喫したのだ。
しかしまぁ、この2人のこと。
毎回一騒ぎ起こすのが定例である。
「夜さ、あげは私の部屋に乱入してきたよね」
「あったねそんなことも!」
宿泊学習のおり、宿の部屋は葵とあげはは別々となった。
葵の部屋は二人部屋で、あげはの部屋は三人部屋。
隣同士ではあったが、それぞれ別の、同じクラスの女子と泊まっていた。
そんな中起きたあの事件。
深夜2時。
なんとなく目が覚めたあげはは、ノコノコと部屋を出た。
そして向かったのが隣の部屋。
葵たちが眠る部屋である。
古いホテルで、オートロックではなかった。
葵は部屋に鍵をかけ忘れていた。
あげはは葵の部屋に侵入。
起きたらびっくりさせようと思いわざわざ新しく布団を敷いて、葵の荷物をかけ布団の中に入れておく…つもりだった。
そうすれば、荷物で布団が膨らみ、さぞ人がいるように見えるのである。
しかし…。
自らが眠気に負け、まさかの敷いた布団に寝た。
そして翌朝、案の定葵は驚き…。
「ちょっ!あげは!あんたなんでいるの!?」
「え…?あれ…?おはよー…」
「おはよーじゃなくてさ…」
結局、そのあとすぐに点呼の時間のため、あげはは部屋に戻っていった。
「あの時、なんで私の部屋に来たわけ?」
葵はへらへら笑うあげはに問いただす。
「ドッキリを…」
年越しの疑問がようやく分かった瞬間だった。
「尾瀬の散策のとき、葵って川に落ちたよね!」
「うぅ…。また人の思い出したくない過去を…」
頭を抱えた葵。
橋の上から豪快に川へダイブしたのはもはや周知の事実。
「違うの!あの時は川見てたら誰かに押されて!」
「押したの私」
「貴様かー!腹かかえて笑いやがって!」
「あははは!葵、環境壊したー」
「うるさいな!あんただって合唱コンクールのときに…」
「うあー!それはダメ!ストップ!」
あげはの制止など意に介さず、語りだす葵。
「歌詞覚えてなくて適当に歌ったでしょ!」
「うるさいなぁ~…」
「周りの出方を伺いつつ歌ってたよね。たまに決め打ちして外してさ!」
あげははうろ覚えで挑んだため、一番と二番の歌詞がごっちゃになっていた。
そんな中起きた事件。
一番の歌詞:さあ人間たちの群れよ。これからも一緒にいよう。まるで大量発生したカラスのように。
二番の歌詞:僕らはずっと親友さ。だから離れてても大丈夫。それはまるで人工衛星と地球のように。
あげはバージョン。
さあ人間たちのクレヨン。これからも離れていよう。まるでカラスと地球のように。
「クレヨンって何よクレヨンって!カラスと地球離れてねーし!カラス地球外生命体?」
大笑いしながら話す葵。
「だってさ~、クレヨンって聞こえるじゃん」
「私何回吹き出しそうになったか…!あははは!」
「うるさいな~」
あげははそう言いながらめくった卒業アルバムには、学校生活最大のイベント、修学旅行の写真があった。
「お、あげは写ってんじゃーん」
「葵も写ってるよ」
お互いの写る写真を見つけた。
しかし、即座に笑いへと変わる。
「あげは!なんでドアの前で体育座りしてんの!?」
写っていた写真は初日、京都のホテル。
部屋の扉前で顔を膝に埋めて体育座りするあげはがいた。
「この時さ、オートロックを心から恨んでた時だね」
「締め出されたのか!あははは!」
「中から楽しそうな声が聞こえてきてね。いくら扉叩いても気付かないのね。叩きまくったらホテルの人に怒られたし…」
「当然だ!」
修学旅行の行き先は京都・奈良。
歴史溢れる古の都。
…当然のごとくこの2人には歴史など無関係。
「修学旅行楽しかったな~」
「そうだねー…。また京都とか行きたいよね」
「いや、富士Pハイランド行きたい」
「え」
一言で楽しかった思い出にヒビを入れたあげは。
富士Pハイランドとは、有名な遊園地である。
おもに絶叫系が豊富。
「何で富士P?修学旅行楽しかったねトークの途中で!」
「いや、なんか木刀買いたいなって…」
「それこそまさに修学旅行!しかもあんた京都で買ったよね!」
葵はあげはが木刀を既に購入済みなのを知っていた。
「…壊れた」
「何して!?」
「いや振り回してたら…。そんなことより、奈良で東大寺行った?」
唐突にあげはが聞いた。
「うん。そりゃ行ったわよ。(木刀振り回してたの…?)」
「柱の穴くぐる時みんなスカートなの忘れてた!」
「いやまぁ…そうだけど…。私くぐってないし…。挿し絵は入らないわよ?」
「え~。つまんない!サービス挿絵無いのかよぉ…」
不満を漏らしたあげはだった。
「そういや、葵。信章君とはどうなったのさ?」
「それ今聞く…?」
信章君とは、2年から微妙な距離を取りつつも葵と付き合っている同じクラスの男子。
距離を取っているように見えるのは葵の隣には常にあげはがいて、近づく隙が無いからというのは2人は知らない。
「修学旅行の時、何かとベッタリだったじゃん!『一緒に清水の舞台から飛び下りよう』とか殺害予告までしてさ」
「殺害予告違う…。というか、もう関係ないし!」
「あ、別れた?」
軽くあげはが返した。
「別れたわよ。ちょっと喧嘩して…」
「何でさ?夜、宿で密談までしてたのに…」
「密談言うな!ノブが来たから話してただけ!空気読むとか言って勝手にどっか行っちゃったのはあんだでしょ…」
「そうだっけ?でも、男子がよくぞまぁ女子の部屋まで…。逆は平気なんだけどね」
「そうかな…?で、喧嘩の理由は?」
気になったことは何でも聞くのがあげはである。
「…ミドリムシが動物か植物かを離してたらお互い感情的になっちゃって…」
「………そうか」
それ以上あげはは言葉が出なかった。
葵はふと窓の外を見た。
それにつられてあげはも窓の外を見る。
そこには見慣れた景色。
いつもあった変わらぬ眺め。
柔らかく入ってくる夕日。
それももう間も無く見納め。
「みんな…バラバラになっちゃうんだね…」
葵がそう呟いた。
「だね~。でも、大丈夫だよ。みんなだし」
「そうか…。そうだよね!」
「ま、私らは同じ高校だけど」
「完全に雰囲気壊す一言ね…」
外を見るとボチボチ帰り始める生徒もいる。
「んじゃ、私たちも帰ろうか!」
「そうだね!」
笑顔を残し2人は教室を後にした。
最後に、今後歩くことは無いであろう廊下で話した。
「通知表どうだった?」
「だからなぜこのタイミング…。あげははどうなのよ?」
「オール4!」
キャラに反して勉強が出来ない訳じゃないあげは。
「なら勝った。私それに家庭科と保健プラス1ね」
副教科はやたらできる葵。
副教科最強伝説を樹立することとなった。
「いいもん!高校で抜かす!」
「望むところ!」
高校へ夢を託し、2人は思い出の詰まった母校をあとにした。
挿絵は自然消滅さんと上杉姫虎さんが担当してくれました。
ありがとうございました。
なかなか面白いものが出来たと思います。
100%挿絵の力。
2012年のクリスマスにお前は一体何を投稿してんだと。
しかも朝5時に。
しかも寝ずに。
まぁまぁ、人類が滅亡しなかった腹いせですからね!
リア充爆発しろってね。
短編は年内これが最後です。
また来年、新しい短編でお会いしましょう!
ありがとうございました。