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4話『三人の文士に降りかかった有り得べき冒険』


「午前中に出かけていたんだけど、その間に空き巣に入られたみたい。オーストリアからとりよせた特製のお菓子がなくなっているわ。侵入形跡があるし」

「マジ!? あ、あたしじゃないわよ? そりゃ今日は祝日だし、合鍵持ってるし、入ろうと思えば入れるけど、でも、ちがうからねっ」

「あたりまえでしょ」

「うえっ? そんな間髪いれずに素で即答されると……いや、ねえねえ、も、もしかしたら、あたしかもしれないぞー。ちょっとしたイタズラで忍び込んでつまみ食いとか」

「香織がそんなことするわけないでしょ」

「はい……えと……うん。なんか、真顔でそう言われると、こそばゆいやら落ち着かないやら」

「なに照れくさそうな顔してるの。らしくない」

「あたしをなんだと思ってんのよっ。でも、よかったー、ライヒちゃんが無事で。もし泥棒と鉢合わせでもしたら身に危険が及ぶかもしれないわけだし、ほんとによかった」

「成程……香織の言うとおりね。そう考えると、ぞっとするわ」

「警察に電話する?」

「お菓子を盗られたぐらいで国家権力に頼りたくないわ。それに空き巣も、この館にあんまり現金や金目のものがなくてがっかりしたんじゃないかしら」

「そういえば上品だけど質素な内装だよね~。でもライヒちゃん作家だし、お金持ってるんでしょ、でしょー」

「香織は私の本は一冊も読んだことがないだろうけど、私は偏った作家で、偏った読者層に支えられているから、添削業による収入を含めてやっと、贅沢はできない程度の生活水準を保っているの。オーストリアの私の口座には、頼みもしないのに両親が毎月たくさんのお金を入金しているけれど」

「あー、えっと、とりあえずライヒちゃんが警察沙汰にしたくないっていうなら、あたしは何も言わないけど……じゃあ、どうしよっか」

「いつもどおりよ。席について。特製のお菓子はなくなってしまったけど」

「それじゃ、けしからん盗人つながりで、大盗賊スリスと残り二人の盗賊が、この世の涯で最後にその身に降りかかった脅威が何だったのか考えてみよう」

「ふむ。キーポイントは、台座の上で千年眠り続ける衛士、上方の部屋で明かりを点けた何者か、そして赤みを増していく明かり……」

「流浪の民の長老に依頼された盗賊たちの目的は新たな歌、そして場所はこの世の涯……だとするなら、この世の果てで恋を唄う少女が絡んでいるかもしれないけど……うーん」

「へえ、悪くない発想ね。それなのにどうして悩んでいるの?」

「いやー、あたしそのゲームやったことないから、これ以上の考察はできなくてさー」

「ちょっとでも感心した私が馬鹿だったわ」

「ライヒちゃん、ゲームやアニメは興味ないからなんて姿勢じゃダメダメ。作家たるものアンテナは高く広げないと。偏ったものしか書けない作家なんて長続きしないってば」

「世界は正論では動かない。けれど、だからこそ、人は正論に飛びつきたがるのよ」

「そんな拗ねないでってば」

「拗ねてないわ。開き直っているのよ」

「あーはいはい、ごめんごめん。えーと……実は、千年眠り続ける衛士こそが真の主人公だったの。そして明かりを点けたのは、寝落ちしていたプレイヤーってわけ」

「成程、さしずめリアルタイム制の箱庭ゲームで、盗賊から宝を守るクエストの途中だったというところかしら」

「そゆこと。なんだー、ゲームわかるんじゃない」

「一般人に対するオタクのような反応はやめてくれる? 普通のゲームジャンル程度だったら理解しているわ」

「そんなわけで、赤みを増していく明かりはターゲット指定マーク。逃げようとしたところでカーソルのほうが早いし、いまやはっきりと目が覚めたプレイヤーには、盗賊が画面内のどこに隠れてもすぐわかるから、シッピーとスローグの行動は愚かなことほかならないわけよ。しかし大盗賊スリスはすべてを知りつくしていたから、画面外へ飛び下りた。こうなったらプレイヤーもお手上げだしね」

「ふむ、あまりメタ観点にするのはどうかと思うけど、香織らしさがでていてよかったわ」

「じゃあ次はライヒちゃんの番」

「それなのだけど、私はこの話、スリスの結末のほうに寒気がしてしまって、考察どころじゃなくなってしまうのよ」

「なにそれ? どゆことー」

「考えてもごらんなさい。永遠に落下しつづけるのよ? まったくもって自慢じゃないけど、私は三半規管が弱いの。まえに一度だけジェットコースターに乗ったことがあるけれど、はっきりいって失神するかと思ったわ。というか降りた直後に吐いたし。だいたい車に乗っているときでも気持ち悪くなるのよ。とにかく、ジェットコースターを永遠に体感すると想像するだけでおそろしいわ」

「でも高いところから落下するのって、なんか爽快感をおぼえて気持ちいいんじゃないかって気がするけど」

「それは一瞬だけよ。現実的には底無しの落下状態に陥ったら、加速しつづけて、空気との摩擦で圧迫死するか、燃え尽きることになるわね。地球の加速度はだいたい9.8m/s^2で、重力加速度はg=GM/R^2。つまり地球の中心に向かっていくと加速度は時間を追うごとに増加していく。地表から地球の中心までの距離は、約六千三百五十km。地球の中心におけるスリスの速度は……」

「ごめん、難しい話はちょっと……って、あれ? そういえばウンたんの姿が見えないけど?」

「ああ、ウンブールはね、たまにいなくなることがあるのよ。気にしなくても、いつの間にか戻ってくるわ」

「でも空き巣に入られた後でしょ? もしかしたら何かあったのかもよ」

「ウンブールはね、とても賢いのよ。万が一にもそんなこと……ほら、噂をすれば」

「あっ、ほんとだ」

 吾輩が吾輩の流儀でドアを開けて室内に入ると、普通なるかおりんが安堵の綻びを見せた。主人は主人らしく、一縷の不安もなくお澄ましになられておる。そうでなくては。

 いつもの談議は時既に時間切れ――これなるはブロントの語――であるが、吾輩も所用を終えてきたところだ。愚かしくもこのホーエン館に強盗目的で侵入してきた三人の人間を……いや、これ以上を語るのは無粋というものであろう。彼等は今日明日にでも精神病院に運ばれ、二度と正常に戻ることは叶わぬのだから。

 働いた報酬として無断で主人の菓子を味わったが、賢明なる主人のことだ、わかっておられよう。

 さて、吾輩は、愚かな盗人どものため、門の石壁に次のような警告を刻んでおいてもよいのではないかと思う。

『早まるなかれ』


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