●月野● 大いなる迷子
ようやく第二章です。
もう一人の語り手
月野くんの事情、とか。
まあ、バレバレの事情ですけどね
ぼくは大いなる迷子である。この世界の異分子だ。
これはポエムじゃないよ。シンプルで的確な事実確認だ。
ぼくは、大いなる迷子なのだ。
あ。石とか投げないでよ。そういうことされるとぼくは泣くか半笑いになるから。
要するに、ここはぼくのいた世界ではないってこと。
ぼくのいた元の世界は魔法は使えず、首相は次々と替わり、経済は芳しくなく、災害にやられて立ち上がろうとぷるぷるしている日本。
魔法が使えて、今の首相は八年目で、経済はやっぱり芳しくなく、災害を巫皇陛下が未然に防いだ(とインターネットの新聞社のサイトと環境保全省のサイトに書いてあった)のほほんとしている日本皇国ではない。
断じてない。
びっくりするよね、自分の身にこういうことが起こるなんて。
これってあれでしょ? 異世界召還ってやつでしょ。
でもぼくの場合は召還というより異世界迷子だよね。
だれもぼくを必要としているように見えないし、特別な力がない。
あのねえ、これって辛い。居場所がないの辛い。
どう辛いかというと、あれだね。
ある日学校に行ったらば、やったこともない単元のテストが始まり、おろおろ周りを見渡すと底辺バカでさえすらすらペンを走らせている。
そんな感じ。
ぼくの知らないところで、みんなは何かを学び、身につけ、当たり前のように生活している。
一番端の席で、給食を一緒に食べる友達もいなく、女子に話しかけると無視され、金髪くんにさえ相手にされないで、そのまままっすぐ下校する。
家では父さんにテストの点が悪いと殴られ、母さんは「ご飯代ばっかりかかるわね」とため息をつかれ、妹二人からは「臭い」「コロス」としか話しかけてもらえない。
それくらい居たたまれない。
どう? 想像できた? 怖いだろ。
そしてぼくがどんなにタフで勇気があり、明るく健気に生きている少年であるかもよくわかったでしょ。
もう大変だった。
異世界迷子の始まりは、なーんもドラマチックでなく、予告もなく、日常からすぽん! とぬけ落ちる感じで始まった。
ぼくは学校帰りにセッチンたちとラゾーナでたこ焼きとアイス食って、本屋でマンガの新刊かすてきなエロ本ないかなってうろうろしていた。
セッチンが女性ファッション誌の際どい下着姿
(ちゃんとファッションの一種だって、わかっている。妹が雑誌を愛読していてぼくが「コレ下着だよね」って話しかけたら「うるせえ、ぽぴぽぴのセンスをバカにすんな」って教えてもらったから)
を凝視していたので、セッチンを脅かしてやろうと後ろからこっそり近づいた。
ぼくがセッチンの肩に触れようとした瞬間、目の前が暗くなった。
めまいがした。
あれ? 立ち眩みかな~ってのんびり構えて目の前が明るくなるのを待っていた。
再び景色が見えるようになったとき、そこは異世界だった。
鼻を突く独特の匂い。
魔法や魔術が大量に使われると独特の匂いがしてくる。
発酵した草とかおばあちゃんちの押入と花のいい匂いが混じった感じ。
セッチンが色気付いて香水振りかけたのかな。
摩訶不思議なセンスだなと思っていた。
間抜けだね。
セッチンがいたはずのところには薬草の棚になっていた。
「?!」
店内を見回すと、そこは本屋でなく魔法具屋だった。
ちびドラゴンの干物がうやうやしくガラスケースに収まり、絹の手袋、緑色のオイル、蒸気を吹き出す箱、人体解剖図。
「あれ?」
店内を物色する人の格好はこちらの世界とあんまり変わらずツィードのジャケットやジーンズ、ミニスカート。
買い物する人々は、え?う?あ?みたいに言語にならない音を発するぼくをちらりと見て、また自分の買い物に戻る。
ぼく、本屋にいたはずなのになんで?
通路へ出ると、向かいにあったはずのフレッシュジュース屋や和風アイス屋はなく、奇妙な植物が植わるガラス張りの植物園になっていた。
近づいて説明札を読めば「貴重な薬草をフレッシュなままお届けします!」なんて書いてある。
「え?」
ぼくはぐるりと周囲を見回す。
ラゾーナの建物だけど、中身はラゾーナではない。
手元の携帯電話は圏外になっている。




