○日野宮○ この世界の約束が破られた
「まあとにかく今わかっていることは3っつある」わたしは言う。
わたしに丸様、鋭いまなざしのキノコ、涙目の月野くん、三人の視線が集まる。
「一つ、これは新米魔術師たちの失敗である」わたしは腕を組みながら重々しく述べた。
月野くんが大袈裟にずっこけてみせる。
「そんなのぼくだってわかっているよ」
「二つ、これは色を変えることを失敗したことによる事故である。すなわち火の要素の欠如である」月野くんになんかかまわず私は話し続ける。
丸様が首を傾げる。「なんで欠如ってわかるのよ」
わたしは偽物の空を指さす。ペンキみたいに深みのない青。
「空の色が変わっていないから。火の要素の特徴の一つに着色性がある。着色性が発揮されていないから欠如」
「わかったよ!」丸様は言う。
無視された格好の月野くんが口をとがらせている。
「なんだよそれ。だからどうしたってんだよ」
わたしはやはり無視。とにかくこの発見をすべて話さないと始まらない。
「三つ、事故発生当初に音響室から出てきた子が薔薇水をまけとわめいていた。この場を解除するにはもっと冷やさないといけない」
「え? 薔薇水って冷やすの?」月野くんが驚いている。
わたしは手近にあった文字の小枝を投げつける。月野くんは生意気にもぎりぎりのところでよけてみせた。
「夏の盛りの暑さ対策、更年期女性の火照り、刺すような頭痛には薔薇水! そんなの常識よ。手軽で安全性の高い火水性質を沈める薬水でしょ。小学校で習ったじゃない」
月野くんはぶんぶん首を横に振る。
「ぼくの小学校では習わなかった」
嘘付け。指導要綱に入っているぞ。基礎の魔術は日常的なケアや魔法事故から身を守るために必ずどこの学校でも学んでいる。習わないなんてありえない。
嘘つき月野なんか、放っておこう。変な質問で横やりばっかり入れてくるんだから。
「と、言うわけで水たまりの薔薇水を使って一カ所を急激に冷やせば迷宮は破れるって訳だ」わたしは言う。
わたしの発見と推理と解決策の素晴らしさに3人とも感動して拍手がわき起こるかと思い、両手を広げて「皆さん静粛に」と言う為に準備していた。
なのに静かなものだった。
わたしは目を開き、みんなの顔を確認する。
丸様はタコのような口になっている。
「でもどうやって大量の薔薇水を集めるのよ」
「私のトートバックは布製ですし」キノコは白いトートバッグを掲げてみせる。
わたしはため息をつく。そうか、そういう問題があったか。
「うーん。運搬系の魔法使える人いない?」
丸様もキノコもとも横に首を振った。
月野くんが「それならさ、薔薇水の水たまりの底は術が破れているんじゃない? ずっと浸っているわけだし」と言いながら、水たまりに手を突っ込む。
わたしは魔要素の原則から説明しなくてはならないのかとがっくりする。
月野くんはなんでこんな基本的なことも知らないんだ?
「あのね。量に対しては量。時間に対しては時間。空間に対しては空間で対応するのが基本でしょ? もちろん特殊ルールはあるけれど、やはり基本は・・・」
わたしの説明を聞きながら月野くんが地面に沈み込んでいく。底なし沼に飲み込まれるように水たまりにつっこんだ左手から左肘、左肩まで月野くんが沈んでいる。
「あれれれれ」まん丸の目で戸惑ったように月野くんが言う。
「危ないよ!」
丸様が月野くんの腰に飛びつく。キノコは丸様を羽交い締めにして支える。わたしはキノコの右腕を両腕で掴む。四人が連結して「大きなカブ」のような団結力を発揮した。
それなのに四人とも蟻地獄のように水たまりの奥に引きずり込まれる。気持ち悪いくらい踏ん張りがきかない。見えない大きな手で背中を押されるようだ。
すっかり水たまりの底に引き込まれ視界は暗くなる。
濃い薔薇の香りに魔法の匂いが混じる。内臓がずれるような気持ち悪さのあと、どこかへ転がり落ちた。
ピンク頭の男前がわたしの肩をつかむ。光沢先輩だ。
「新入生大丈夫か?」
「あ、はい」
いや、これが本当にきれいな顔をしている。パースに一寸の狂いもない。その上、いい声をしている。飛び出す映画にきてハリウッドスターに囁かれてるみたい。
光沢先輩の大理石の彫刻みたいに整った横顔から目をそらし、ほかの三人を確認する。
いた。丸様、キノコ、月野くん。三人とも無事だ。
キノコはトートバックを腹に抱え、燃えるような赤い巨鳥を侍らしている。あれが変わった名前をつけられた鳳凰か。
丸様は腕を組んでだるま様のようにしかめ面をしている。なにかを思いだそうとしているみたいにみえるけど、「みはし」でどんなスペシャルトッピングのあんみつを食べようか考えているだけかもしれない。
月野くんはなにが起こったのかわからないって顔できょろきょろしている。
わたしは疑問に思う。どうして月野くんはあのとき底なし沼みたいに沈んでいったのだろう?
魔法則に合わない。常識はずれだ。おかしすぎる事態だった。よくわからないけれど、とにかく迷宮を破ることができた。
よし、じゃあわたしは迷惑の原因であるピンク頭の男前先輩を殴ってやろうか。
第1章はひとまず終わり!
読んでくださった方
ありがとうございます
次からは月野くん視点です