○日野宮○ 春の満月祭の説話。1
この世界がどうとか、異質なぼくとか、わけのわからない月野くんは放って置こう。
きっと銀の笛に頭をやられているのだ。かわいそうに。
「キノコ。さっきこれは呪文が散らばっているんじゃないかって言ったよね?」
丸様を飴で餌付けしていたキノコがうなづく。
「はい。もっとも伝統的な呪文ではないかもしれませんが。なんたって魔術研究部ですからね」
地面に未だ転がったままの月野くんが尋ねる。
「なんで魔術研究部だと伝統的な呪文じゃないの?」
キノコは冷凍庫のような視線を月野くんに向ける。
「ふざけているんですか? 伝統がやりたければ神道部や仏教研究会に行ってください」
「え? ただぼくはどうして伝統じゃないのかなあ? って疑問を持っただけなんだけど」
キノコは月野くんを見下ろしたままにこりともしない。
わたしはあの位置だとキノコのパンツが月野くんに覗かれてしまうのではないかと気が気でない。
「キノコちょっと」
キノコの二の腕をとる。わたしは巨大な文字の壁から突き出た枝をよけながらキノコを引っ張る。
わたしに引っ張られながらもキノコは工場の検査員のように無機質な視線で月野くんを見る。
「伝統でできないこと、魔法や魔術の可能性を試すのが魔術研究部です。言葉一つ間違えた、それがどうした。先人はそうやって新しい魔法や魔術を生み出してきたんです。大戦後、この国はすっかり魔法がだめになりました。魔力が強いものも生まれなくなりました」
月野くんはまだ地面に転がったままだ。キノコの氷の視線にぐさぐさ刺されて叱られているのにそのままとは、よほどのダメージか、よほどの肝の太さがあるのか判断に迷うところだ。
「キノコちゃん、ごめんね」月野くんが言う。
キノコは唇を一文字に結ぶ。あんまり素直に謝られて、自分の怒りをどこへ向けていいのかわからなくなったのだろう。
「ぼくは本当に知らなかっただけなんだ」月野くんが素直に言う。本当に知らなかったと思わされる響きがあった。
キノコは黙っている。簡単に心を変えられないという頑固さがにじみ出る。
「ぼくね、キノコちゃんの話を聞いてますますまじゅけん部がぼくに必要なものだと確信が持てた。ありがとう」
転がったまま月野くんはキノコに向かって手をさしのべる。
キノコは少し逡巡したあと、薔薇の香りのする水たまりを避け、ひざをつき月野くんと握手をした。
「わかってくれれば、いいんです」キノコは憮然として言った。
月野くんは声を上げて笑いながら、頭をかいた。
「あのさ、お願いがあるんだけど、起きあがれなくなっちゃったから起こしてくれない?」
「ワタシ気づいちゃたよ」
丸様がぷるぷるしている。
「どうした」わたしは言う。
「これは入部試験に違いないよ」丸様は大発見をした喜びに震えていたようだ。桜色の頬もぷるぷる震えている。
月野くんを助け起こしていたキノコが振り向く。
「たぶん違うと思いますよ」
丸様は頬を膨らませる。「なんでよ!」
「だって二年の部員は魔法的には大したことないですから。選抜されたようには思えません」キノコは言う。
「そうか、キノコちゃんは転入生ではないもんね」月野くんはふらふらしながら立ち上がり突き出た文字の枝につかまる。
月野くんの言葉にキノコはうなずく。「確かに部員は変わった人が多いですけれど、魔力的には、まあ、ふつうです」
「それってつまらないよ。この迷宮は解かれるのをまっている迷宮ではないなんてがっかりだよ!」丸様が言う。
わたしは天井を見上げる。
室内のはずなのに青空が広がっている。
でもそこには太陽はなく、平坦な青があるだけ。
あと2話で日野宮ターンは終了。
月野くんの本性や
みんなの本性が
見えはじめる感じです。