○日野宮○ 魔法の迷宮は文字通りである
わたしたちは同じところにいても仕方がないので、とりあえず歩きだした。
月野くんが「遭難したときは動かないのが定石っていわない?」と言う。
「聞いたことないね」私は言う。
「ふつうは動き回りますよ。下手な魔法ならそれだけで破れますし」キノコがまた一本枝を折る。
「ワタシね、幼稚園生の時も魔法事故に巻き込まれたんだよ」丸様は言う。
「それはまた災難な」
と言いながら私は丸様が不幸吸引体質なら一緒にいるのは問題かなと考える。不幸の素といると迷宮は永遠にでられない。
「ワタシは不幸吸引ではないよ。勘違いするとよくないよ」丸様が言う。
考えを読んだようなタイミングだ。
わたしは肩をすくめる。「勘違いしてない」
丸様はふくふくとしたもちのようなほっぺをしている。
桃色のもちほっぺを膨らませ、雛人形のような眉を寄せる。
「ワタシが遭遇した前回の事故は『神社』のベテラン魔術師が起こしたんだよ。だからすぐに本人が魔術を解除したの。でも今回はどうみたって」
「新米魔術師ですね」キノコがうなずく。「光沢先輩と横道先輩は確かに三年のスターですけど、魔術師としてはやっぱり新米です」
「あのさあ、二人の男前のうちどっちが光沢?」月野くんが言う。
「ピンクです。他校にもファンクラブがあるんですよ」キノコが歯切れよく答える。
「楽しそうな人生だな」
月野くんは深いため息をついた。
「そうですか。人気者は大変だなって私は思います」キノコは言う。
にやにや笑いで月野くんがキノコの肩を叩く。
「実はキノコちゃんもファンクラブ会員なんじゃない?」
「違います。私はむしろわーちゃん先輩のファンです」キノコは誇らしげに言った。
わたしと丸様は顔を見合わせる。
「だれ?」
「雪男に違いないよ」丸様が断言した。
「違います。入り口できまじめにアンケートとプログラムを手渡ししていた眼鏡男子です」
キノコが心外だと言わんばかりの驚きをにじませて答えた。
入り口。のんきに上演術会にきていた自分が遙か昔のことのように思える。
入り口に誰かいたな、確かに。ちっこくて真面目そうな、没個性な男子だったはず。
「なんか算盤と辞典が似合いそうな感じの人?」わたしは言う。
キノコは笑顔になった。クールなモデル顔から子供みたいな純真な表情へ変わり、わたしは胸がきゅんとなる。
「そうそうそうです。あの真面目そうなくせに裏で光沢先輩方をしきっている裏番感が最高です」
「へえ」わたしは言う。
「裏番なの? そうなの?」丸様はなぜだか目を輝かせている。
「裏番だと私は確信しています」キノコは言う。
「わー、それなら暗器使いに違いないね。わーちゃん先輩に弟子入りしよう」
丸様は両頬を手で押さえてうっとりしている。
わたしたち四人はべらべら話しながら歩いていたら黒い湾曲した壁にぶち当たってしまった。
「行き止まり」
わたしはわかりきっていることだけど口に出してみた。
キノコも丸様も黙ってうなずく。
月野くんだけは不用心にも壁をさわり、果てがどこか確かめるように見上げている。