○日野宮○ 火水の燃え盛る正午 1
語り手交替です。
ワックスの機械油っぽいしつこい臭いが漂っている。
ジャージに着替えたキノコにわーちゃん先輩が「今すぐクリーニングにだすから、きっと落ちると思うよ。」と言い、キノコははにかんでうなずいている。
さっきまで林田君にシャツをダメにしたと怒鳴り散らしていたのに、現金だな。
でも、おろしたてのしかもお気に入りの服がだめになるのってすごいショックだものね。こんなときこそ好きな先輩に優しくされるべきだ。
わたしは腕を組んでうなずいていた。
キノコの蒼く輝く江戸切り子のボトルピアスもあっさり月野くんに破壊されてしまったし、キノコ一人で空風竜巻に最後まで残っていた。健気な乙女は報われるべきだよな。
わたしはふいに後ろから喉元を抑え込まれる。カモミールとパチュリの香りがふわりと広がる。
「つっかまーえた!」
光沢先輩だ。もう一方の腕にはジーローを角吉が捕らえられている。
「わ、わ、わ。ひ、光沢先輩、ちょちょ、ちょっと」
と、角吉は汗をかきながら真っ赤になってもがいている。
「君たち、これで終わりだなんて思っていないよね?」
光沢先輩の長いまつげが伏せられる。
黙っていれば、あきれるくらいいい男で、絵になるのにな。
「思ってませーん」わたしは言う。
「儂もです」ジーローが言う。
「あ、わわ、わ」
角吉は未だまともに言葉を発せない。
光沢先輩は片目をあけていたずらっ子のように笑ってみせる。「だよね」
音高く足拍子を取り、光沢先輩が琥珀色の杖で横一線に空間を切る。光沢先輩の着物の袂がはらりと動く。
なにか、空気がずれるような心地がした。
わたしもジーローも角吉も三人とも光沢先輩の腕から放たれたのに、動けやしない。
光沢先輩の張りのある声が教室に響く。
「猛烈火水!」
目の前が赤くなる。目の奥が熱い。
体の内側に太陽が現れて、わたしの内臓を焼きつくす。汗が噴き出すそばから乾いていき、真夏の砂漠にいるようだ。
たまらずひざを突くと、ジーローは白目を向いて失神し、角吉はスモーキーアイメイクが汗で溶けて大変な顔になっている。
日射病になりかけた時みたいに、頭が刺すようにいたい。
太陽が何個もあるみたいだ。
何個もあって、外側内側から照りつけてすべての細胞を燃やし尽くそうとしている。
「のどが渇きましたよ」
角吉が喘ぐ。のんきに失神しているジーローに腹が立ったのか鳩尾に一発入れる。
「おい! 起きろよジーロー」
視界が揺らぐ。これって陽炎だろうか。体の中だけではなく、外からもこの暑さはきているよ、絶対。ふと天井を見上げる。
わたしたち三人の頭上に小さな太陽が出現していた。
ぐらぐら無慈悲に輝く黄色い太陽。
「もぎゅぉっ!」
わたし、声がでた。変な声でた。
「・・・太陽?」
わたしは暑さを堪えて立ち上がる。太陽は逃げるようにふいっと上昇する。
「そうさ、太陽だ。どうする新入生!」光沢先輩が高らかに言う。
「リンリンたちの太陽はしつこいですよぉ」リンリンが言った。
胸を張る光沢先輩とセーターの袖で口元を隠して笑うリンリンが、なんか遠くに見える。
いや、距離としては近いだろうけど、二人は涼しげで、余裕があって、全部わかってますという感じ。心の距離が遠い。
「あのこれも3性質対応試験なんですか?」わたしは言う。
「もちろんだよ、君たちッ」
光沢先輩は元気がいい。
自分からすえた臭いがして生ゴミになったような気分で最悪だ。
もう、泣きたい。




