○日野宮○ 魔研部へようこそ!
道に迷っている。
さっきまでここは視聴覚室で、魔術研究部の新入生歓迎演術がステージ上でなされていた。
ファッション雑誌でストリートスナップされそうなやたら美形な先輩二人が主役だった。
「へー、魔術が盛んな学校だとこういう人種も魔術研究部にはいるんだな」
とわたしが唸っていたら、美形二人の掲げた木の棒がポッキリ折れた。
魔法の匂いが広がった。
音響ルームから女の子が飛び出してきて「薔薇水まいて、水!」と叫び、
雪男みたいな奴が舞台裏からブリキのバケツをもって現れうろうろする。
スポットライトに照らされたピンクのスパイクヘアの先輩が「しくじった」とつぶやき、
グリーンのスパイクヘアの先輩が不安そうにあたりを見回す。
次の瞬間、目がくらむような光が走り、視界は白くなった。
まとわりつく魔法の匂いが濃くなったのは覚えている。
視力が戻ればそこはモノクロのジャングルだった。
「どういうこと?」わたしはつぶやく。
「失敗したんですよ」と女の子の声が言う。
見上げると、女の子は折れそうなくらい細い腕でくすぶっている枝をもぎ取っていた。
ショートカットのモデルっぽい子でどこか爬虫類みたいなひんやりとしたものがある。
「武器になりそうなものを探しておいた方がいいですよ。あなた、新入生ですよね?」
モデル顔は親切にも忠告してくれた。
「え、あの、わたしは転入生で日野宮コノミと言います。部活的には新入生だけど、二年生です」
棘の生えた枝を放り投げモデル顔は手を差し出してきた。
「私は広場といいます。友達からはキノコって呼ばれてます。同じく二年生だけど部活的には新入生ですよ」
キノコは笑うとひんやりとしたものが消え、子供みたいになる。
わたしは手が汗で湿っていたらば恥ずかしいので洋服で拭い手を差し出した。
「よろ、よろしく」
と、言いながらわたしが一歩踏み出したらばなんか踏んづけた。
踏んづけたそれは柔らかくボリュームがあり「ぐえええ」と音を発した。
わたしは慌てて足元を見ると眼鏡に三つ編みのふくよかな少女が転がっている。
「うおお! ごめん」
わたしは後ろに飛びすさる。三つ編み眼鏡はお腹を抱えたまま呻いている。
「あの、大丈夫ですか?」
わたしは三つ編み眼鏡の肩にふれる。三つ編み眼鏡がかっと目を見開いた。
「これはどういうことだよ!」三つ編み眼鏡は言う。
わたしは思わず身を引いた。キノコがびくっと肩をはねあげる。
三つ編みの顔に見覚えがある。
三月の編入試験でわたしの前に座っていた。
委員長な外見のくせに、結果発表までの待ち時間に「ウラハラジュクおすすめショップマップ」を読み込んでいた。あの子だ。
「踏んづけてごめんなさい。マルノウチさんだっけ?」
「いかにも丸ノ内だよ。あのさ、ワタシはお腹がすいているんだよ。新歓なんて一時間以内に終了するし、帰りにミハシのあんみつ食べて帰ろうと思って腹をすかせていたら大失敗だ!」
丸ノ内は立ち上がると地団太を踏み始めた。「あーもう、お腹が減ったよ。いったいどうしてくれるんだよ」
「飴とチョコがありますよ」
キノコがトートバッグからきのこの山とキクラゲ飴を取り出す。
「よかったら食べましょうよ。慌てたって仕方ありませんし」
「うん! それはいい考えだ。食べよう食べよう」丸ノ内はキノコの横に座り込んで両手を差し出している。
キノコは気前のいいことにきのこの山をわたしと丸の内にきちんと三等分にしてくれた。
「丸ノ内さんは丸様って感じですね」キノコが言う。
丸様は飲むようにキノコの山を食べる。キノコの山が次々と口の中に消えていく。
「よくわかったね。ワタシは前の学校で丸様と呼ばれてたんだよ」
キノコがさもありなんとうなずいている。わたしは丸様の食べるスピードに目を奪われいた。
「学校で一番怖い先生の授業を一番前で寝ながら受けてしまってから敬意を込めてだか、バカにされてるんだかわからないけどそう呼ばれていたんだよ」
キノコは丸様に自己紹介をしながら「我々は二年生新入部員同盟ですね」と言う。
丸様は食べるのに必死で聞いているのかいないのかよくわからない。
わたしはあたりを見回す。
モノクロの巨大な立方体や球体、不可思議な形状の壁。そこかしこで水蒸気や煙があがり、どこからくるとも知れない風がひゅうひゅう吹いている。水たまりからは薔薇の匂いがする。モノクロのジャングル、モノクロの迷宮だ。
「魔術の失敗ってすごいんだね」と、わたしは呆れてため息をつく。
「成功より失敗の方がいつでもひどいことになるんだよ」
真後ろで声がした。
振り向くと人好きのする笑顔を浮かべた少年がいた。
物腰は柔らかだし、たぶん顔は整っているし、優しそうに見える。
でも笑顔の奥が空っぽで薄っぺら。この子も編入試験で会った。確か名前は。
「月野ユズル」
月野くんは目を細める。「ひっさしぶり。えーと、日野宮さんだよね」
「はい、日野宮コノミです」
「なんで敬語? あ、チョコ食べてる」
月野くんはわたしの手の中のキノコの山を指差した。
「よかったら、どうぞ」
わたしはしぶしぶキノコの山を差し出す。
月野くんは遠慮なく半分食べた。わたしは丸様みたいにさっさと食べてしまえばよかったと唇を噛んだ。うう、もったいない。
「もう一人の巻き込まれ被害者発見ですね。よかったらキクラゲ飴どうぞ」キノコが言う。
「君、編入試験であったね! また会ったね!」丸様が言う。
「ありがとう。よかった、ひとりぼっちだったらぼく怖くて死んじゃうところだったよ」
月野くんはキクラゲ飴をばりばり噛み砕く。「ほんと、会えてよかった。訳わからないものってぼく苦手なんだよ」
「そんな風に見えないけど」
わたしはつぶやいたつもりだったが案外大きな声だったらしい。
月野くんが大きな瞳をさらに大きく開いて首を傾げた。「なんでなんで? ぼくは臆病者だよ」
「はあ、そうっすか」わたしは言う。
「この世界って訳わからないでしょ? 苦手だよ」と言いながらも月野くんはニコニコしたままだ。
「じゃあどうして魔術研究部に入ろうとしてんのよ。魔術なんて胡散臭いものの代表だよ」わたしはむっとした。
月野くんは腕を組む。「そうか、胡散臭いってのが常識なんだ」
三個目のキクラゲ飴を口に入れながら丸様が言った。
「月野くんはどんな魔法がつかえるのよ」
「え?」
月野くんは心底驚いたように見えた。
「だからさ、この失敗の場からでるには術のほころびを見つけるしかないんだよ。それにはみんなの力を合わせなきゃだしょ。でねえ、ワタシは土系の魔法なのよ」丸様は言う。
「私は風と土系です」キノコが言う。
「わたしはたぶん火と風だと思う」私が言う。
「これで五大元素のうち四つは揃っているのよ。月野くんはなによ」丸様は尋ねる。
月野はきょときょとわたしたちの顔を見回す。人差し指をひねくまわしている。
「え? 自分の魔法とか知っているのがふつうなの?」
「産まれたときに検査するよ。魔法そのものは言わなくていいから系統だけでも教えなよ」丸様はさらに尋ねる。
月野くんの目が泳いでいる。
「これは本当のことなんだけど、ぼくは自分の魔法なんて知らない。ねえ、魔法がぜんぜん使えないと仲間にいれてくれないなんてこと無いよね? 大丈夫だよね? こんなとこで置いてけぼりになったら嫌だよ」
丸様は腰に手を当てて鷹揚にうなずいた。
「そうか、月野くんは無印なんだね。大丈夫、仲間だよ」
「二年生新入部員同盟ですよ」キノコが言う。「今度、バッチでも作りましょう」
「わあ、バッチ欲しい。ぼく欲しい。絶対作ろうね、キノコちゃん」
「いいですよ。私んちにバッチメイカーあるんですよ」
キノコがトートバッグを掲げる。色とりどりの大小様々なバッチで埋め尽くされていた。
「かっこいい。ぼくもこういうの真似していい?」
「いいですよ。今日から月野くんもバッチ愛好家ですよ」
わたしは丸様に話しかける。
「丸様は、この術の失敗はどの辺に原因があると思う?」
丸様はきっぱりと言い切った。
「わからないよ。ワタシにそんなこと聞いても無駄だよ」
「ああ、そっか」
わたしはうなずく。「とりあえず土系の失敗ではないんだな」
「そういうことだね!」
丸様はキクラゲ飴をもう一個口に放り込んだ。