●月野● 五大元素の魔法陣
「おーい、準備はいいか?」
「はい、先輩お願いいたしますぅ」
リンリンちゃんがぴょこんと頭を下げる。
教壇の影から、黒の羽二重5つ紋の着物に紺袴を合わせたえらく顔の整った青年がでてきた。
えーと、この人生を謳歌しまくってそうなピンクの髪の男前は。
「はわわわわ、光沢先輩!」
メイちゃんかと思いきや角吉さんが声をあげた。
メイちゃんは薄笑いを浮かべ、角吉さんに腕を握りしめられるままになっている。
ぼん!
と音がして掃除ロッカーの扉が開き、光沢先輩をお買い得にした感じのハンサムがこれまた着物に紺袴で現れる。
「準備はまだですといってもお菓子を食べた君たちに選択はないですよ」
ハンサムはちょっと気弱そうな笑顔を浮かべ緑の髪をかき上げる。
「3年生からの最後のプレゼントですよ」
キノコちゃんはぎゅっとトートバックを握りしめ、丸様ちゃんは目の前にあるお菓子を着物の袂に詰められるだけ詰め込む。日野宮ちゃんは腕まくりをしている。
教室の前の扉からは眼鏡男子が、後ろの扉からは色っぽい着物姿の美女が入ってくる。
「どうも~。」
「よろしくね」
リンリンちゃん、雪男、玄葉ちゃんは壁にぴったり張りついている。
あ、まずいかも。
とぼくは思って、日野宮ちゃんとキノコちゃんにしがみついた。
この安全綱、絶対に離すまじ。
床にいつの間にか真珠色の魔法陣が浮かび上がっている。
床から5センチ浮いていて、光って見える。
蛍光塗料? そんなことあり得ない。
「じゃ、いっちょ行ってみるか!」
光沢先輩は着物の袖をはためかせ琥珀色に煌めく杖を持って見得を切る。
「土~。」
眼鏡男子が眼鏡の位置をなおしながら言う。
空気がのしかかるように重くなる。
「水よ」
色っぽい美女が水の球に囲まれる。
プールに沈んだみたいに視界がゆがむ。
「火っ!」
光沢先輩の杖が炎に包まれる。
体が浮くような、足下が崩れていくような違和感がどんどん強くなる。
「風よっ」
ロッカーの前に立つハンサムの緑のスパイクヘアが揺れ着物の袖のはためく。
教室のカーテンが台風の時みたいにきりもみする。リンリンちゃん雪男玄葉ちゃんの三人は団子みたいにつながって踏ん張る。
「「「空っ」」」
二年生の三人が踏ん張りながら必死に叫ぶ。
世界に亀裂が入る。
魔法陣がミラーボールみたいに威勢良く光る。ジェットコースターがてっぺんから降下する感触がして、新入生全員暗黒に飲まれていった。
頬に吹き付ける風が痛いくらいだ。
小雨交じりで冷たいのに、時々ぎょっとするくらい熱いものがあたる。
めまいがする。耳鳴りで音がゆがんで聞こえる。のどが乾く、呼吸が苦しい。
口の中が苦くなって、酸っぱくなって、甘くなる。最後に春の山菜を食べたみたいなえぐみが口一杯に広がる。
まただ。
本当に勘弁してくれ。
もうぼくね。目とか開けたくない。
異世界とか迷宮とかそんな変なとこに迷い込みたくない。
いやだ、絶対にやだ。
豊田のおっさんはああ言ったけど、ぼくは異世界を渡れる人になんか、もう会わなくていいよ。
大変な目に遭いたくない。
解決する策がわからず、手ぶらで、壁の前に立ちすくみたくない。
自分の無力に打ちひしがれて、部屋の隅で声を殺して泣きたくない。
目の前にいる人の話していることがこの世界の一般常識らしいのに気づかず、バカな質問をして「ほんと頭悪いなコイツ」って顔をされたくない。
あれさ、地味に傷つくんだよ。
「月野くん」
日野宮ちゃんの声がする。なんか春っぽいいい匂いがするんだな。
ほっぺたを冷たいタイルにくっつけたまま、ぼくは頑なに目を開けない。
「月野くんってば起きなよ」
乱暴に揺すぶられる。ふと、手を止めて日野宮ちゃんはごきごき肩をならす。
うわあ、すごい肩が凝っているんだな。
「頭痛いよ!」
「おなかが張ります」
「月野くん、おきろー」
からりとした笑い声が響く。
「さーて、どうする新入生諸君」
光沢先輩の声だ。
僕は目を開ける。
そこは夕焼けに染められた元の教室で3年の先輩方もいるし、玄葉ちゃんたち2年もいるし、新入生たちがうずくまったり倒れたりごろごろ転がっていた。
「あれれれー?」
ようやくオリエンテーション第一ステージの始まりです




