○日野宮○ 月野くんという生き物。2
「ねー、日野宮ちゃん。放課後、どこの教室に集まるか知ってる?」
月野くんが松組の教室にずかずか入ってきた。
「知らない」
「だよね! うちのクラスの玄葉ちゃんが二年梅組の教室に集まれって言ってた」
転入生のわたしにはわかるわけがないクラスメイトの名前をだして月野くんはにこにこしている。
「玄葉ちゃんって誰?」
「あのねえ、まじゅけん部の二年生でぼくのクラスメイト。キノコちゃんと知り合いみたいだった」
月野くんの笑顔って、一見すると好青年っぽいんだよな。だけど、なんか胡散臭い。
看板建築というものがあるでしょう? 昔の建築物にあるやつ。
前から見ると煉瓦づくりのシックなレストランだけど、裏から見ると二階立ての木造建築だったりする。舞台のセットみたいに表は作り込み、裏は残念な感じの建築法だ。
月野くんの笑顔はそれ。
表はイイ顔イイ笑顔だけど、裏は結構しょぼいのではないだろうか。
残念な木造建築が本体。
看板建築だって本気で作っている。
理想は本物の洋風建築かもしれない。お金がなかったり、技術がなかったりで見えるところだけ立派にしてそれでいいってことにしている。
あれはあれでファンがいる建築法だ。
月野くんもそうなのかも。
本気で作っている笑顔だったり愛想の良さ。理想は本物の笑顔だろうけど、何かが足りなくていまの胡散臭い笑顔で良しとしている。
なにが足りないんだ?
「で、ぼくさ、ただの伝書鳩として松組にきたのではないのでした」
月野くんがまじめな顔になる。
わたしの心臓が音を立て始めた。
なんかいつもと違うぞ。
「な、なに?」
月野くんは両手を出して頭を下げた。
「日野宮ちゃん。漢文の辞書を貸してください」
わたしはかくっと力が抜ける。
緊張して損した。
「あー、はいはい。辞書ね」
わたしは立ち上がると廊下に並ぶ私物ロッカーへ向かう。
「月野くん、忘れたんだ」
返事がないので振り向く。
月野くんはまん丸の瞳になっていた。
「月野くん?」
「違う。持ってない。ぼくは神社の居候だから、教科書、制服、着物に袴、副読本を揃えてもらうだけでも贅沢なんだよ」
わたしはロッカーを開けようとしていた手を止める。
「え?」
「ん?」
月野くんは首を傾げる。
「月野くんはお父さんお母さんいないの?」
月野くんは口を半開きにしてぼんやりとした目になる。
「えーと、月野くん?」
聞いてはいけないことだったのだろうか。
神社は養護院を兼ねているところも多い。事情があって短期間預けられる子か、両親のいない子。
学校に通う年の子供が神社で暮らすと言うことはそういうこと。引きとられている子供たち。
「あ、聞かれたくなかった? ごめん」
月野くんは犬みたいに首を振る。
「別に、全然。突然天涯孤独になっちゃっただけ。人生ってなにがおこるかわかんないから怖いよね。あはは」
「そ、そうだね」
わたしは辞書を渡す。先生推薦のこの辞書は結構な値段のするものだ。漢文だけじゃない。英語だって神聖言語だって辞書はいる。
「じゃ、これから漢文のときはよろしくね!」
月野くんは片手をあげると自分の教室へ帰っていった。
まばたきを何度もして誤魔化していたけれど、さっきの月野くんの目、充血していた。
わたしは腕を組む。
月野くんという生き物を単に胡散臭いだけの生き物だなんて、思っちゃいけないかも。
日野宮がすこし優しくなりました。
優しいというか理解しようとしている感じですね
よかったなあ月野くん