08:テイスティング6 選択
ボーイズ最強のリーディングヒッターに相応しいバッターは間違いなく鈴本和哉だ。
バッティングの技術だけでなく、点に繋がるヒットを打てる、という点においてもやはり彼こそが中学最強のリーディングヒッターだろう。
しかしながら、それはあくまでも中学レベルでの話。
高校でも至高の投手、松岡泰助に果たして通用するのか。
凡その予想が、否だろう。最速140km/hのストレートに多彩な変化球。そして、抜群のコントロール。
それはもはやプロレベル。そのピッチングスタイルゆえに地味でマスコミには注目されないものの、スカウトは十分に注目している。
故に、鈴本和哉が勝つ可能性はきわめて低い。
しかしながら、和哉は勝負を挑む。
勝負から逃げては、ボーイズ最強のリーディングヒッターの名が廃る。
そうして、和哉はバットを構える。
泰助は投球モーションに入る。
初球が、放たれる。
08:テイスティング5 選択
紅組vs白組
四回裏
2-2
二死無走
「……うっわぁ、ありゃ僕でも嫌だよあんな場面は」
そう言ったのは、白龍高等学校一の天才、松居秀幸。野球経験二年目というのが信じられないバッティングセンスの持ち主であり、バットコントロールもチームナンバーワン。
高校一年生である真吾にしたって、中学三年間は野球チームに所属し、さらに言えば小学校中学年程度から少年野球チームに所属していた。
野球の経験は既に六年ほど積んでいる。それにもかかわらず、その打撃力を凌駕する人物が野球経験二年目、というのは真吾には到底信じられなかった。
「松居先輩みたいなチート選手が何を言うんですか。この前の紅白戦では打ってたじゃないですか」
「ありゃ副主将がスロースターターだからだって。でも、今回の副主将はスタートから全力だから。あんな球、いつでも打てるほど僕はチートじゃないってば」
とはいえ、いつでも打てるほどじゃない――つまり、打てる事もある。とも受け取れるその発言は、どう考えても松居秀幸が常人ではない証である。
「……十分チートですよね、先輩」
「そんな事ないよ。高校通産打率、今のところ七割だし。目標は十割だったんだけど……」
その発言に、真吾は勿論、周りで何気なく会話を聞いていた者たちも口を開けて呆然とするしかなかった。
打者というのは打率が三割もあれば、“打てる”打者なのだ。五割も打てれば十分に化け物といわれるレベルであり、そもそも、その時点で猛者という枠を超えている。
故に、松居秀幸は異常なのだ。
そして、呆然としていた真吾がそこから復旧すると、一つの質問を秀幸にした。
「ところで、松岡副主将って、先輩から見たらどんなピッチャーなんですか?」
「ん……そうだね。まぁ、今まで見てきた投手の中じゃ五本の指に入ると思うんだ。そして、その中で一番コントロールがいい。けど、なんと言ってもあの人は狡猾なんだ。あの人ほど腹黒な人を、僕は見た事がない」
「キャー! 松岡先輩! カッコイイ! やっぱ白龍に来てよかったー!」
智香のそんな叫びに、奏はため息をついた。と、いうか奏の周りにはそんな女子生徒ばかりがいた。まるで、自分が普通じゃないみたいな状況に、奏は恐怖するしかなかった。
「……マウンドに立ってるのが、その松岡先輩なんだよね?」
「うん、そう! いや、やっぱカッコイイ! 第一志望落ちてよかったー!」
あ、第一志望じゃなかったんだ、と奏は呟きながら、もう一つの質問をした。
「それにしても、さっきからヒットが出ないね」
「そりゃそうでしょ! 松岡先輩は東京都でも屈指の好投手! 高校生とは思えないストレートでぐいぐいと押しつつも、狡猾に打者を翻弄する事のできる凄い投手なんだよ! カッコイイ!」
「……打者を、翻弄する?」
「うん。私がそう思ったのは確か、甲子園にも出場した帝大学付属第三高校との試合だったかな――」
エース松岡泰助によって放たれた初球。
対する鈴本和哉は、それを余裕をもって見送る。――しかしながら、それは手元がくい、と曲がってストライクゾーンへと侵入してくる。
いきなりの侵入に、対応できる打者はそうそういない。たとえ、鈴本和哉が優れた打者だとしても、それは不可能に近い――。
――だが、和哉はボーイズリーグで名を上げたリーディングヒッター。ストライクゾーンの球を見逃すようなヘマはしない。
突如ストライクゾーンへと侵入してきたそのボールに対し、スイングを始動させる。
そのスイングスピードはとても高校一年生とは思えない。そして、そのスイングスピードとバットコントロールの両立はどう考えても高校生のレベルをも凌駕している。
その瞬間、その一瞬だけに起きた奇跡。
そんなレベルのスイングなど、今の鈴本和也に平時できるような技術はない。
偶然。
そう、幸運は時に身体と技術を凌駕する――
「――けど、負けない」
そんな泰助の呟きに呼応するようにさらに曲がり始めるボール。
スライダー。
横にすべり、現在右バッターボックスに立つスイッチヒッター、和哉のバットをすり抜ける。
鋭利なその変化に対応できるものなど、そうそういない。
ましてや、ボールからストライクになる球はセオリー外。本来であれば悪策であるそれを、良策へと変えてしまうのが、松岡泰助の真骨頂。
――まるで、熟成されたワインのような完成度。
それを感じさせる投球ができる投手こそが、彼、松岡泰助。
「ストライク!」
圧倒的な差。その事実に、鈴本和哉は愕然とする。
「――な……!?」
「それに、見た感じ、今の副主将、今までで一番調子が良いと思うよ。あんな副主将を打つなんて、多分、城志摩主将でも不可能なんじゃない?」
だが、だからと言って諦めれるなど、鈴本和哉のプライドが許さない。
ボーイズリーグ至高のリーディングバッターが、こんなところでくじけるわけにはいかない。
だからこその、二度目の渾身のスイング。
普段ならばできないような、ハイレベルなスイング。
それが、泰助のボールをついに捉える。
――だが、その上をゆくのが松岡泰助という男。
力強いストレートが、打球をフェアゾーンには落とさない。
ツーストライクを向かえ、追い込まれた鈴本。
――しかしながら、そんな彼の目には獲物を見つけた猟犬のそれに等しい獰猛さがある。
そんな彼が自信をもって、三球目を待ち構える――!
「――わざと打てそうな球を放って、何球か打者に粘らせておいて、そこで渾身の一球を投げるの。いくら優れた打者だとしても、予想を越える球が来たら、打てないに決まっているしね」
そんな智香の発言の後、球はミットに吸い込まれる。
143km/hをマークするストレート。球威も高校生という事を考えれば十分過ぎる。
ボーイズ最強のリーディングヒッターといえど、一年生が攻略するには、分厚すぎる壁だった。
そして、試合はその後スムーズに進んでゆく。
松岡泰助がパーフェクトな投球をするも、運や技術不足による守備の穴による安打などで点を失う。
対する紅組もキレイな安打ではなく、守備の乱れでの失点を重ねてゆく。
そうやって進んだ試合は、あっという間に終わる。
紅組vs白組
試合終了
4-4
「さて、と。これでメンバーは決まった」
部室に全部員を集め、監督は口を開いた。
今までの練習での様子、そして試合での様子。その全てを考慮に入れ、メンバーを決めたのだ。
「それじゃ、発表するぞ。呼ばれたヤツから背番号を渡していくぞ」
その言葉に、全部員がごくりと喉を鳴らす。
「1番、松岡泰助」
「はい」
当然の結果。エース松岡泰助が背番号1でないわけがなかった。
「2番、城志摩健助」
「はいッ!」
攻守の要である主将、城志摩健助も当然の結果。だが、その結果に少し顔を曇らせたのは一年生の澤田紀彦。
「ちぇ。俺がスタメンマスクかと思ったのに」
「ありえないから。お前がスタメンマスクなわけないから」
そんな紀彦を真吾が宥める。その様子を見て、健助が笑みを見せる。
「悪いな。これが先輩の特権だ」
しかしながら、そんなものではない。これは絶対的実力の差である。
城志摩健助こそがスタメンマスクに相応しいとこの場にいる誰もが認めていた。顔を曇らせていた紀彦も、その一人であった。
「3番、澤田紀彦」
「いよっしゃぁーっ! はいはい! 俺はここにいるぜ!」
とはいえ、スタメンに選ばれれば喜ぶ紀彦である。
希望のポジションはキャッチャーではあるものの、やはり彼の本領は打撃。打撃人が多いこのポジションは彼に相応しい、と認めるものは多かった。
「4番、佐藤勇気」
「はい」
その声、その名前に、一年生たちはビク、とする。
「――え?」
「――誰っすか?」
「――つか、いつからいたんですか!?」
「まぁ、こういうキャラなんだよ佐藤は」
乾いた笑いを見せるエース泰助。二年生は半数ほど驚いているにも関わらず、三年生は平然としている事から、佐藤勇気は三年生なのだろう、と真吾は推測を立てた。
「5番、泰岡勲」
「はいっ!」
次に呼ばれたのは二年生屈指のスラッガー泰岡。紅白戦での安打が大きなアピールとなったのは間違いない。
そして、5番の次は6番――遊撃手。
秋穂真吾のポジション。
故に、真吾は若干ながら緊張した顔になる。
それを見た紀彦がニヤニヤとしているなか、監督が口を開く。
「6番、秋穂真吾」
「――はいっ!」
そして、呼ばれた自らの名前に、大きな声で真吾は応えた。
一年生ながら紅白戦で二打数二安打。守備でもファインプレーを見せた彼がレギュラーに選ばれるのも無理はない。
いくらなんでも一年生でレギュラーなんて、という声はここにはない。
此処は白龍高等学校。弱肉強食の世界。上級生贔屓の世界など、ありはしない。
「7番、松居秀幸」
「はい」
次に呼ばれたのは稀代の天才打者、松居秀幸。超人的なバットコントロールを持つ最強の二年目選手。
彼の名前が呼ばれた事に驚くものは、此処にはいなかった。
「8番、皆川和茂」
「はい!」
「9番、鈴本和哉」
「はい」
そうして呼ばれた三人目の一年生。中学最強のリーディングヒッターが9人目のスタメン。
つまり、スタメンには三人の一年生、それに対し、二年生は二人。
それが意味するのは、三年生と一年生のレベルが高く、二年生はその逆という事。とはいえ、スタメンに入っている二人のレベルは高い。特に、松居秀幸はその最たる例だ。
「ここまでがスタメンだ。次からはベンチ入りだぞ」
それまでに呼ばれなかったものたちが、喉を再びごくりと鳴らした。
「10番、安嶋直人」
「はい」
「11番、森黒智基」
「はい!」
二番手エースの座を紅白戦で争った二人がベンチに入る。
二人とも全国レベルではともかく、都内ではそれなりに戦えるレベル。エースの松岡泰助を温存するためにも、この二人は活躍する事が必須である。
そして、全てのメンバーの発表が終わる。
西東京予選の全二十人。そのなかに一年生が三人、それもレギュラーとしての起用。
それは、普通の事ではない。
「このメンバーに文句のあるものも、いるかもしれない。一年生三人がスタメン。確かに、普通じゃない」
監督が口を開き、今回の選出理由について語る。
「三年生は確かに今年が最後だ。だがな、白龍高等学校野球部は今年が最後じゃないんだよ。来年も、再来年もある。――だからこそ、三年生を優遇するわけにはいかない。だからこそ、一年生がレギュラーというのはチームとしては喜ばしい事だ」
そう言いながら、手に持ったノートを掲げ、再び口を開く。
「それに、お前たちの実力は俺がちゃんと確かめている。だからこそ、このメンバーは最高のメンバーであるはずだ。あの試合もそうだが、普段の練習からお前たちの事は俺が一番よく知ってるからな」
胸をどん、と叩き、口調を強めて言う。
「だから。このメンバーで勝てなければ俺の責任だ。お前たちじゃない。俺の責任だ。だからこそ、メンバーは自信を持ってやれ! 入れなかったヤツらはそのサポートをしろ。それだけが、お前らの仕事だ。な、これなら誰だって出来るだろ?」
そう言って、全部員の目を見る。その目には自信が満ち溢れている。
「さて、と。これからは練習試合を多くやっていくぞ。大会前の試合だ。大会に向けての調整であり、最後の修行の場だ。しっかりと気を引き締めろよ、以上!」
「はい!」
全部員がその声に応える。
異を唱えるものはいない。
それこそが、白龍高等学校野球部。
実力を持つものこそがメンバーに選ばれる、弱肉強食の世界。
それでいながら、互いに切磋琢磨する、向上心溢れる世界。
To be continued...
ようやく、試合終了。
とりあえず、そろそろストックがなくなるので、しばらくは二次創作を中心に更新すると思います。