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夢の延長線へ  作者: 暁文空
EPISODE01――Third Golden Time
7/15

06:テイスティング4 再戦

長らくお待たせしました。(待ってた人はいるのか?)

ようやく更新再開です。


 健助が言っていた事を、直人はふと思い出した。


 『寝不足だと機嫌が悪くて性格にも影響があるんだよね』


 それが事実ではないと知っているのは、直人だけだ。

 直人以外の知り合いはそうだと思っているし、そうだと信じてる。だが、事実ではない。

 しかしながら、本当のところはただの情緒不安定だ――と、直人は結論付けている。


 ――正直なところ、一番理解できてないのは自分なんだよね。


 こんな精神メンタルじゃ野球には向いていない――そんな事は誰よりもわかっている。

 だが、それでも――直人はどうしても、野球が好きだった。

 だから、マウンドに立ち続ける。精神が弱いといわれても、マウンドに立ち続ける。

 それが、二番手エースと呼ばれる彼の、プライドというものだった。


 そのプライドをもって、彼はボールを投じる。

 後輩が構えるミットに向かって、渾身の一球を投じる。


 バッターボックスに立つのは先程、彼からヒットを放った一年生、秋穂真吾。

 今度こそは、と意気込み、投げる初球。


 先程と威力は然程変わらない。


 変わっているものがあるとすれば――それは、精神状態メンタルだけだろう。



 ――だが、時として。

 精神メンタル技術スキルを超越する。








 06:テイスティング4 再戦








 紅組vs白組

 三回裏

 0-0

 二死二塁一塁


 ミットを構えながら、紀彦は考えていた。

 確かに、直人は初回に真吾に打たれたときよりも落ち着いていながらも、闘志を出している。

 しかしながら、サインに従うようになっただけであり、別に投球の内容自体は然程変わらない。

 制球力に優れるわけでもなく、ただ、140km/h弱のストレートが武器というだけ。後はスローカーブによる幻惑――確かに、松岡泰助という投手が居れば二番手になるだろう投手だ。

 それにもかかわらず、不思議と抑えられる感じがする――今回に限って言えば、紀彦は直人が真吾に打たれる、という想像ができなかった。

 ――いけるかもしれない。

 そう思って、サインを出し、直人は投球モーションへと入る。

 そして放たれた初球、それは外角低めのストライクゾーンギリギリに入るストレート。紀彦の目測で133km/hほどのそれだが、威力は十分。

 真吾はストライクゾーンギリギリという事もあって手を出さない。打っても飛びにくいのであれば、賭けをする理由もない、と判断したのだろう、と紀彦は推測する。

 そして、真吾の考えを読もうと脳を働かせる。


 秋穂真吾という打者は勝負強いバッターである。

 バットコントロールやスイングスピードは常人のそれよりも少し優れている程度の彼が、紀彦と並んで中学最強クリーンナップ三羽烏の一人に入れたのにはそれが影響していた。

 勝負どころでの絶対的な集中力。これが秋穂真吾の全てである。

 勿論、人間が集中していられる時間や質には限度がある。勿論、真吾も例外ではなく、集中力が途切れれば、勝負強さなんてものもなくなる。

 だが、彼には不思議と勝負どころがまわり、その時に最大限に集中できる。


 ――そういう所が、投手や捕手からは嫌がられるんだよな……。


 紀彦はそう心の中で呟きながら、サインを出す。

 基本的には狙い球を作らない真吾ではあるものの、とはいえ狙いを絞ってはいるのは確かである。狙いから外れていても打てそうなら打つ彼だが、それでも狙いから外れれば対応は遅くなる。

 故に、紀彦はそれを推測し、それをサインに反映させる。

 外角へのスローカーブ。

 それが、彼の出したサインだ。

 理由は簡単。真吾はバットコントロールに優れているわけではない――つまり、ボールに逆らわずに打つ、という事を然程しない。

 となれば、遅い球であれば引っ張ってくる。だが、外角を引っ張る、というのはセオリーではないのだ。

 ――故に、凡打の可能性が格段と上がる。

 だからこその、外角へのスローカーブなのだ。


 そして放たれる二球目、これを真吾は――見逃した。


「――え?」

 紀彦は若干、声を漏らす。

「ストライク!」

 そして、背後から聞えるストライクのコール。だが、そのコールに一番驚いているのが、紀彦だった。


 ――真吾が、ストライクゾーンの緩い球を見逃す……?


 緩い球、それは真吾の得意球の一つだ。なるべく引っ張って打つ彼は、内外ともに引っ張って、最大限に集中している時であれば、スタンド・インも可能にするほどのブルヒッターである。

 しかしながら、緩い球を見逃す、という事はその可能性をゼロにするのと同義である。それが、たとえ外角に来ていたとしても、好球であるなら、スイングするのがバッターというものだ。


 ――集中力が切れたのか? ……いや、そんなはずはない。まだ二打席目だぞ……。


 紀彦は脳をフル稼働させる。基本的に楽天家である彼が、ここまで脳を活動させるのは稀なケースだ。

 しかしながら、結論は出ない。真吾の顔を見ても、普段どおり、集中していそうな顔だ。

 これ以上、引き伸ばしても意味はない――そう思った紀彦は、サインを出す。


 三球目、外角のストレートが若干ストライクゾーンから外れ、真吾はそれを見送る。


 ――際どい所を余裕を持って見逃した? いや、反応できなかった……? どっちなんだよ……!?


 真吾と紀彦は基本的に一緒にいる――そして、彼らは親友である。

 しかしながら、バッテリーを組んでいるわけではないのだ。練習中に一緒にいる事など然程ない。故に、見知った癖、というのもない。

 友人だから知っている情報、という優位性アドヴァンテージなど、彼は持ち合わせていなかった。



 ――とはいえ、そんな彼が真吾を抑えるのは非常に容易な事である。


 秋穂真吾はまだ高校一年生である。

 スピードボールへの耐性など、そうそうない。先程はストレートをクリーンヒットにしていたとはいえ、そう何度も再現できる事ではない。

 故に、ここでのベターな選択はストレート、あるいはスピードの近いシュートなどが当てはまる。

 しかしながら、それがベターだとはミットを構える紀彦やマウンドに経つ直人は思えないでいた。

 先程のヒットが脳裏に焼きつき、離れない。

 だからこそ。秋穂真吾はスピードボールでは抑えられない――そんな理屈ではありえない結論に至ってしまい、紀彦は一つのサインを出す。


 ――内角スローカーブ。


 内角への緩い球、それは真吾の得意ゾーンであり得意球。明らかな配球ミスと言える。

 しかしながら、紀彦はそれこそがベターと判断し、直人も納得した。

 だからこその、四球目。


 山なりなボールがミットへと向かってゆく。

 大きな弧を描き、それはバッターのタイミングを崩す、幻惑の球。


 それに対し、真吾は態勢を崩す。

 得意球といえど、先程のストレートを見たばかりであれば、タイミングは自然と外れてしまう。

 速度差。それこそが、スローカーブの最大の武器。

 相手を幻惑し空振り、あるいは凡打を誘うのが、このスローカーブなのである。


 ――討ち取った。


 そう確信したのは、紀彦と直人。

 真吾は前につんのめり、ここから真っ当なスイングを始動させられるようには見えない。

 しかも、このままであればこの球はしっかりとストライクゾーンを通過する。真っ当なスイングができないがために見逃しても、スリーストライク。三振である。

 故に、ここでの勝利はもはや確実。二人が確信するのは当たり前の話であった。


 態勢が崩れ、バットコントロール、スイングスピードともに本来のものを発揮できない真吾は、スイングを始動させた。

 それはとても教科書からは離れた、汚いスイングであった。


 ――しかしながら、そのスイングはボールを捉える。


 勿論、それはバットコントロールも低下した今では、芯で捉える事など不可能。

 スイングスピードも低下しているために、打球に勢いもない。

 ボールの下を叩いたために浮き上がる打球。それは、どう見ても凡打のそれだった。


 ――しかし、時として、幸運ラック精神メンタル技術スキルを超越する。


 だが、それはちょうど一塁線に乗り、ファールを免れる。

「――そんなっ!?」

 そういう声を漏らしたのは、紀彦だったか、直人だったか。

 それを知るものはいない――だが、確かなのは、それはフェアである事。そして、二塁走者である秀幸はあっという間にスタートを切り、三塁ベースを踏んでいたという事。

 右翼手は全速力で打球へと向かい、捕球する。――だが、秀幸は既に本塁と三塁の中間地点。

 たとえ、送球が間に合ったとしても、タッチが間に合うという確証はない。

 故に、その送球はセカンドへと回される。


 そして、再び、秋穂真吾の手によって、点が加えられる。


「今のを気にする必要はないぞ。直人」

「……あぁ、わかってるさ。今のはどう考えても幸運なヒット。……しかも、ランナーが天才の松居だからできたことだって位」

 だが、直人の顔には悔しさが溢れている。先程までの飄々とした表情はそこにはない。とはいえ、闘志はまだ残っている。

「よし、交代まではやれるな?」

「やれる。城志摩」

 そうして、安嶋直人はマウンドに立ち、次の失点を防ぐ。これが、彼のラストピッチングとなった。


 紅組vs白組

 三回裏終了

 2-0


 そして、試合は四回の表を迎える。

 マウンドに立つのは森黒智基。先頭打者を凡打に打ち取り、次にバッターボックスに立つのは鈴本和弥。


 バッターボックスの鈴本和弥の姿を見て、智基は口元をにい、と歪める。

 先程のスピードボールに対する振り遅れなどを見て、智基は確信していた。


 ――ボーイズリーグ至高の打者、鈴本和弥はスピードボールが弱点だと。


 そうとしか思えない無様な空振り。それを見て、彼はそう判断した。

 それは相棒たる捕手も同じであった。

 故に、サインはスピードボールに絞られる。

 フォーシームファストでも、ツーシームファストでも。あるいは、カットファストボールでもいい。

 彼には速い球種は豊富にある。たとえ、対応できたとしても、そこから先の選択肢は広い。

 その選択肢から、確実にヒットを打つために狙い球を絞る事など、スピードボールを苦手とする打者には、不可能である。


 ――勝てる。


 そう思いながら、放つ初球。



 ボールをリリースしたその直後、鈴本和弥がニヤリ、と口元をゆがめたように、智基には見えた。



 ――快音。



 鋭い打球が、センター前を襲い、グラウンドに落ちる。

 ヒット。その結果だけが残る。



「……やっぱ、アイツは打つか」

 そう言ったのは、観戦スポットにいた智香だった。

「どういうこと?」

 そんな智香に問いかけたのは、奏。プロ野球中継こそ見るが、高校野球には詳しくない彼女には、何もわからない。

 故に、疑問点は友人である智香に聞くしかないのだ。

「鈴本和弥。ボーイズリーグ至高の打者だよ」

「ボーイズリーグ?」

「……まぁ、中学野球の一つとでも思って。アイツと私の知り合いが同じチームに居たから、こっちも知ってるんだけどさ――アイツは、貴重な場面では絶対にヒットを打つんだ」

「それ、どういうこと?」

「――つまり、貴重な場面で打つためにはどんな事もするの。例えば――そう、前の打席でわざと狙い球で無様な空振りをして見せる、とかさ」




 そして、走者を置いた状態で、打者は白龍の主砲。城志摩健助。

 都内でも屈指のバッターと評価され、他校からは恐怖される――そんな強大な打者。

「……さぁて、かっ飛ばすかぁっ!」

 そんな打者が、バッターボックスに立った。


 和弥に打たれたショックが抜けきらない智基に、彼に対する有効な投球をする事など、できるわけがなかった。

 とはいえ、投球はしなければならない。だが、ここでの敬遠はあからさま過ぎる。

 公式戦ではない。

 故に、勝負しか選択肢はない。

 だからこそ、智基はボールをリリースする。勝ち目がないと知っていながら。


 ――再びの快音、いや、轟音。


 キレイな放物線を描き、柵の向こう側へと打球は向かってゆく。





「――そして、今みたいに得点が入るのよ。鈴本和弥のヒットは必ず得点に繋がる。それが、どういった形であれ、ね」





 ホームを踏み、ベンチへと和弥の顔には、笑みがあった。

 それは、イタズラをした子供のように純粋で、

 同時に、イカサマをしたギャンブラーのように歪んでいた。




「ボーイズリーグ至高のリーディングバッターは名選手であり、名俳優、名演出家なのよ」




 紅組vs白組

 四回表

 2-2

 無死無走



 そして、この状況でバッターボックスに立つのは、前の打席では凡打に倒れた澤田紀彦。

「さぁて、いっちょアピールタイムといきますかぁっ!」


 失意の森黒智基に、彼の闘志が襲い掛かる――






To be continued...

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