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夢の延長線へ  作者: 暁文空
EPISODE01――Third Golden Time
6/15

05:テイスティング3 変化


 紅組vs白組

 一回裏

 0-0

 二死三塁一塁


 バッターボックスに立つのは秋穂真吾。しかしながら、既にツーストライクと追い込まれている。

 だがしかし、三球目。ついにバットがボールを捉え、その口元がニイ、と歪む。だが、それを見た投手、安嶋直人はさらに口元を歪ませる。


 ――打てるわけがない。


 そういう固定概念に縛られたまま、セットポジションからの投球を開始する。

 サインは既に確認していない。もはや彼個人のプライドとスキルだけが真吾へと襲い掛かっていた。

 しかしながら、それでは力が足りない。本来ならば、投手と捕手。双方のプライドやスキル、メンタルなどが一斉に打者に襲い掛かってくるべき状況なのだ。

 ――故に、ボールはバットに当たる。

 当たる。当たる。当たる。当たる。当たる。

 徐々に直人の口元の歪みが是正されてゆく。しかし、それと同時進行で目が歪み始める。


 ――これは何かの間違いだ。打たれるわけがないのだから。


 固定概念に縛られ、ただ自らの信じるストレートだけを投じる人形マシーンと化した直人。

 それに対するは、打てないはずのものを打てると信じ、精神力メンタルをもって技術スキルを底上げし、未だ成長し続ける真吾。


 決着は、もうすぐそこに迫っていた。








 05:テイスティング3 変化








 紅組vs白組

 一回裏

 0-0

 二死三塁一塁


 十三球。

 これは、真吾が追い込まれてからの直人の投球数である。

 追い込むまでの球数をカウントするならば、十五球。打者一人に対しての投球数としては異例である。

 マウンドに立つ直人に焦りは見えない。それどころか、感情すら見えない。その姿にミットを構える紀彦はただただ恐怖した。

 サインは全て無視され、どこに来るかもわからない140km/h近いストレート。それを恐怖と言わずして何といえば良いのか。少なくとも、紀彦には恐怖という言葉しか思いつかなかった。

 だからこそ。真吾が打つことを紀彦は誰よりも望んでいた。140km/h弱のストレートを取り損ねる、なんてのは危険であり、そんな事はしたくない。

 しかし、ミットまでボールが届かなければそうはならない。だから、紀彦は望んでいた。

 そして、真吾も打つ、と意気込んでいる。口元はニヤリと歪み、直人を睨みつけていた。

 それに対してなにも感じないかのように直人が十六球目を放つ!


 内角高めストレート。速度は140km/h弱。直人としても最高のボール。

 だがしかし、コースは若干甘く入っている。ストライクゾーンギリギリをついていた投球が嘘のようにど真ん中とは言わないものの甘いコースにストレートが吸い寄せられてゆく。

 それにあわせてバットも少しずつ少しずつ動いてゆく。

 同じようなボールなら、これまで十五球も見ている。かつ、そのどれよりもコースが甘いとなれば、いくら140km/hの壁そのもののこのストレートであろうと、真吾に打てない道理はない。

 コンパクトなスイングで確実にジャストミートする。

 心地よい金属音が響き渡り、球が弾かれてゆく。

 それを見てようやく現実を直視したのか直人の顔が青ざめてゆく。

「う、嘘だ……俺のストレートが、こうも簡単に……っ!」

 だがしかし、直人は現実からもう一度逃避した。打たれたという事実を認められずに。

 打球は鋭く、センター前の地面に突き刺さり、それが跳ねて中堅手の手元へと飛ぶ。

 その頃には真吾は一塁ベースを踏み、ランナーが一人還っていた。


 紅組vs白組

 一回裏

 0-1

 二死二塁一塁


 先制点。投手である直人にとっては痛い一点。

「……タイムだ」

 そういったのは、この試合では一塁を守っている主将、城志摩健助。本来ならばキャッチャーミットを構える彼が、試合の流れを変えようとタイムをかけた。

 捕手、内野手がマウンド上に集まる。既に冷静さを失っている直人を見て、城志摩は口を開いた。

「直人。お前はなんでマウンドに立っているんだ?」

「……?」

「答えられないか? それなら、今すぐにでもマウンドを降りてくれないか? 今のお前じゃマウンドに立っていても邪魔だ。マウンドが汚れる」

 普段の城志摩からは想像できないほど冷たい声が、マウンドのまわりに響く。紀彦や直人、集まったほかの内野手も身体を震わせた。

「そこは醜いヤツが立つような場所じゃないんだよ直人。かつて三年生からエースの座を奪ったお前なら、わかるだろ、それぐらい」

 泰助や健助、直人が入部した当初の白龍高等学校野球部は、弱小校となんら変わりなかった。

 年功序列を重んじたメンバー決め。三年生が上下関係のトップであり、野球部を牛耳っていた。

 ――だが、それを変えたのが藤森誠だ。

 紅白戦を行い、そこでのプレイを参考にした実力重視のメンバー決め。将来のためなら先輩よりも後輩を優先するそのシステムは、当時の下級生に活力を与えた。

 そうしてレギュラーの座を奪ったのが、直人だった。

 当時から130km/hを越えるストレートを投げる事ができた豪腕の持ち主は、現エースの泰助よりも先にエースの座を得ていたのだ。

 だからこそ、直人にはわかるはずなのだ。

 醜い先輩というのは、どういうものなのか。

「……俺、は……」

「そもそも、だ。どこでそんなプライドを持つようになっちまったんだ、直人。一年生だからサインどおりに投げない、なんてのは一年坊主よりも子供だぜ、お前」

 淡々と事実を告げる健助。それは次々と直人の心をえぐる。

「……交代だ、直人」

「……っ」

「少なくとも、今のお前にピッチングはできないさ」

「まだ、やれる……っ」

 冷たい表情でそう言い放った健助の腕を、直人が掴んだ。

「――やれる。……あと三イニング、無失点で切り抜ける事くらい、なんて事もないさ……っ」

 その目には、先程とは違うナニカが見て取れる。


 ――それは、闘志。


「それでいい。……と、いうか最初からやれ。松岡よりもスロースターターとか、使う場面が限られるぞ?」

「……悪かったな。昨日は緊張で眠れなかったんだ」

「寝ろよ」

 先程とはあまりに違う直人の様子に、紀彦はついてゆけない。

 いや、健助以外の全員が、ついていけてなかった。

 ソレに気づいた健助は、説明するために口を開いた。

「コイツ、寝不足だと機嫌が悪くて性格にも影響があるんだよね。――けど、眠気さえ覚めればコイツは十分に使える。勿論、泰助にゃ劣るが、白龍の右のエースを名乗るには十分だ」

「まぁ、うん、なんだ。一年、さっきは悪かったな。ちょいと寝不足でな」

「……は、はぁ……」

 どう対応してよいのかわからず、困惑する紀彦。恐らく、誰であっても困惑するであろう。

「――とにかく、ここからが本番だ。直人もここからは本気だ。気を引き締めていくぞ」

「おうっ!」

 健助の声に、周りが呼応する。

 ――が、どうにも納得のいかない紀彦は、直人にある疑問を投げかけた。

「――ところで、なんでこのタイミングで目が覚めたんですか、直人さん」

「何でかって? ……そうだね。その方がドラマチックだからさ」

「……」

 どうやら、目が覚めていても難のある性格らしい、と紀彦は直人を記憶する事にした。



 真吾は、マウンドに立つ投手、直人を見て疑問を抱いた。

 ――先程とは様子が違う。

 そんな真吾を見てか、一塁の守備についている健助が口を開いた。

「ああ、あれこそが本当の白龍高校二番手エースの本領だぜ、新入り」

「……全然、様子が違うんですけど」

「仕様だ。やっぱり、ああいうキャラクターってのはストーリーには必要だろう?」

「ストーリーじゃなくてリアルっすよ、ここは」

 ため息をつきながら、健助の言葉に対応する真吾。――だが、それに対し、健助は真面目な顔で口を開いた。

「だが、あながち間違いじゃないんだ、新入り。名選手ってのは、同時に名優――つまり、ストーリーをスムーズに動かすためのキャラクターでなきゃならないわけさ。その点、アイツは名選手なんだろうよ」


 健助がそう言った時、先程よりも真剣な表情で、だがどことなく飄々とした感じも見せる直人が投球モーションを始動させ、ボールを放った。

 特筆する事などない。

 ――だが、ストライクゾーンにきっちりと140km/h弱のストレートがばしっと決まる。

 そして、二球目、三球目はタイミングを外すカーブや狙い球を絞らせないためのシュート。これで、カウントはストライクが2、ボールが1――投手優位のカウント。

 直人は飄々とした――だが、確かに闘志のこもっている、気合の入っている表情のまま、四球目を放った。

「――なっ……!?」

 そう声を漏らしたのは誰だったか。どこからともなく、そんな声が漏れた。

 緩いカーブ。

 初心者が見ても『遅い』とわかるそのボール。


「アイツは、どんな表情もできる。あんなに気合が入って、速いボールを投げそうな表情であっても、緩いボールを投げれるヤツだ。制球力、球速――今じゃ泰助に劣るそれらをカバーするのがこれだ」

 バットが空を切り、ボールがミットに納まったその瞬間、健助は再び口を開いた。

「確かに、自力じゃ既に泰助に劣るし、エースの座は確かに泰助のものさ。けどな、アイツだって二番手エースだ。……そんじょそこらの投手に負けるようなヤツじゃないんだよ」

 にい、と笑いながら、健助はベンチへと戻ってゆく。それを見ながら、真吾もベンチへと戻る。


 1回裏の攻防は、このアウトをもってスリーアウト、終わりである。




 そんな試合を見る者がいた。

 この野球部グラウンドの観戦スポットは案外広い。故に、野球部の練習を部外者が見学するのも容易となっている。

 勿論、部外者――他校の生徒などは入れはしないが、白龍高校の生徒の見学は自由だ。

 だからこそ、彼女――水野奏はそこにいた。

 奏は、白龍高校吹奏楽部の一員である。本来ならば此処にはいるはずがないのだが、そこにいるのはただ単に、音楽室が諸事情で使えなくなったために部活動が休みになったからだ。

 中学三年間は吹奏楽部。高校でも吹奏楽部に入部したばかりで、部活動に燃え、さあこれからという場面で突然の休み。そんな空振りに彼女は少し落胆していた。

 だが、休み自体は嫌いではない。とっとと帰り、今後の練習のために体力を回復させよう――そう思っていたのだ。

 しかしながら、彼女は友人にここまで引っ張られた。「野球部にイケメンがいる」といいながら、彼女の手首を引っ張られた。

 別に、振りほどいてもよかったのに、そうしなかったのは彼女も一応はイケメンが気になったからだが――

 閑話休題。

 とにかく、彼女はここにいた。


 そして、見た。

 上級生相手に物怖じせずに挑み、勝利をもぎ取ったクラスメートを。


「ね、イケメン、いるでし! 。ほら、あのベンチに居る人! 背番号1をつけてるあの人! 白龍高校のエースの松岡泰助さんだ! イヤッフゥ! 生で見れたよ生で!」

「……よく知っているのね。何で?」

 あまりに饒舌に語る友人に、彼女は思わず質問をする。中学三年間を吹奏楽部に費やしている彼女には、そういう知識は一切ない。

 とはいえ、その友人も中学時代は吹奏楽部。なぜ、友人は知っているのか――それが知りたくなったのだ。

「いや、だって白龍高校だよ? この辺住んでいれば誰だって知ってるよ。と、いうか。私は白龍高校野球部の応援がしたくて、ここに進学したんだし」

「……そうなの?」

「うん。と、いうか、松岡さん目当ての人って多いと思うよ。ほら、私たち以外にも女子いるでしょ?」

「――確かに」

 見渡してみると、彼女の視界には女子が数名ほどいた。よく見れば、彼女の所属する吹奏楽部の先輩すらもいる。その事実に彼女は驚く。

 ――とはいえ、彼女が気になったのは先程から友人が語っている人物ではない。

「ところで、さっきヒットを打ってた人って知ってる?」

「え? あ、うん。知ってるよ。秋穂真吾。私、野球やってた知り合いがいるんだけど、ソイツによれば、『勝負所じゃ必ずアイツの名前が出てくる』――だってさ。けど、何で聞いたの?」

「なんでもない」

 そう言いながら、彼女は彼――真吾を目で追いかけた。

「え、何々。気になったの? ねぇねぇ!? うっわ。あの吹奏楽マシーンについに春ですかぁ!?」

「だから、何でもないって」


 ――友人の追及を受けながら、だが。



 何はともあれ。

 一回の攻防の後は投手が踏ん張り、無得点で二回を終える。

 そして迎えるは三回裏。

 再び秀幸は巧みなバットコントロールで出塁し、三番バッターが四球を選び出塁。続く勲はアウトになるも、ツーアウトながらバッターは秋穂真吾。


「……今度は、打たせない」

 直人はそう呟きながら、紀彦のサインを確認する。

 そして、一球目を放った――


 紅組vs白組

 三回裏

 0-0

 二死二塁一塁

 打者、秋穂真吾







To be continued...

今年最後の更新となります。

そして、更新停止前最後の更新です。

諸所の事情により、後書きはこのあたりで終わりにします。

では。

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