03:テイスティング1 幕開け
前に『夢の延長線へ』を投稿していたサイトの小説板が復活したようなので、そちらでの同時連載を決めました。
『Colors of the World』というサイトにてこの作品を見つけても、盗作などそういった事ではないという事をここで名言しておきます。
一応、この部分は注意書きに付け足しておきます。
では。本編をどうぞ。
実力を見極める事。それは戦力の確認である。
最善の面子で大会に臨む事が、甲子園出場という夢には必須なのだ。
そのためには、やはり個々の実力を知る必要がある。
それは新入部員も例外ではない。
実力を試され、将来性を測られる。
それはまさしく、ワインの試飲のよう。
数々の試験を乗り越え、夢への一歩を踏み出すには、
相応の実力と努力が求められる。
03:テイスティング1 ――幕開け
二、三年生による紅白戦から数日。
最初は見学だった一年生も、練習に参加し、グラウンドは活気に溢れている。
十八人の一年生はもう既に十五人と数を減らしていたものの、数は十分。
残っている面子の実力は一年生と考えれば合格点、と藤森が評価しているだけあり、練習にきっちりとくらいついている。
勿論、全員が二、三年生に通用するわけではない。野球というのは経験が大事なのである。
速球や変化球。守備力の高さ。打球速度。当然ながらそのどれもが高校野球は中学と比べて上だ。
だがしかし、それでもレギュラーの座を諦めない者こそが、レギュラーの座を奪取できる。
それが、勝負の世界だ。
だからこそ、真吾は必死に打球にくらいついていた。
実戦形式のノック。しかし、他校と違う点は、打球に飛びつく事を禁止している、という事だろうか。
打球に飛びつき、捕球する――所謂ダイビングキャッチは、ファインプレーとも呼ばれる守備の花形プレイである。
別にアウトカウントが通常よりも多いわけではないが、アウトではなかったものをアウトにできた、という点では間違いないのかもしれない。
だが、ダイビングキャッチには穴がある。
飛びつく、という行為は確実性がないうえに、ケガのリスクがある。
故に、藤森誠はダイビングキャッチを常人よりも嫌悪している。ヘッドスライディングもまた然り。
上記の二つのプレーは高校野球の象徴とも言えるものであり、新入部員は首を傾げるも、主将の健助は「試合中は黙認されるし、問題ない」と言い張る。
むしろ、「試合中、それで結果がよくなるならやるべきだね」と副主将の泰助は言う。
そして、たまたまその会話を聞いていた藤森が口を開き、ダイビングキャッチ及びヘッドスライディング禁止の真意を語った。
「リスクのある行為を練習中にやるのは論外だ。試合前にケガされても困る。それに、基礎の守備範囲が狭いヤツがダイビングキャッチしたところで守備範囲は狭いんだ。飛びつかずに捕球、セーフになる、という足がなきゃダイビングキャッチもヘッドスライディングも意味をなさない」
つまり、ダイビングキャッチ禁止のノックには、基礎の守備範囲を広げるという意味があるのだ。
無論、それを実践する事で守備範囲がどれほど広くなるか、というデータはまだないのだが。
閑話休題。
とにかく、真吾はレギュラーの座を掴むべく、飛びつくことなく打球にくらいついていたのだった。
中学三年間で鍛え抜かれた下半身は超高校級のそれには及ばぬものの、二、三年生に劣らない。
それでいて、正確。守備範囲がとても広いわけでもないが、正確な守備というのはそれだけで武器である。
勿論、守備範囲は広い方がいい。だが、正確性を欠けばそれは意味がない。
出来る限りの両立を果たした真吾の守備は、二、三年生の同守備位置の選手を焦らせるのには十分だった。
――同程度の実力なら、経験を積ませるためにも下級生を優先する。
これは、藤森誠が年度始めに必ず明言している。
実戦経験は多い方が後に活かせる。将来的には上級生を超える実力をつけ、チームに貢献する。
そういった意味での発言である。故に、上級生は下級生よりも上である事を証明し続けなければならない。
紅白戦はあくまでも紅白戦。
最終的には全体で比較され、レギュラーとベンチ入り、そして、スタンドが決まる。
故に、誰もが必死で打球にくらいつく。
レギュラーの座を掴むために。
一方、打撃練習で輝きを放っていたのは和哉と紀彦。
強豪ボーイズ出身の実力をいかんなく発揮しヒット性の当たりを量産する和哉。
対して中学最強クリーンナップの4番を勤めた紀彦はホームラン性のあたりを何本か出している。
打撃投手をしているのが控え投手とはいえ、高校レベルにくらいついているのは事実。
そのような活きのいい新入部員を見てしまえば、年功序列でメンバーを決めるわけにはいかない。
いや、そういった事があるからこそ、藤森誠は試験をするのである。
「集合!」
ある日の練習中、ウォーミングアップを終了した全部員が藤森によって呼び出される。
藤森の周りに集まる部員たち。全員が集まったことを確認すると、藤森が口を開く。
「これより、有望株の一年生を含めて紅白戦を行おうと思う。ベンチ入りは今から発表する。呼ばれなかったものは公式大会のベンチ入り候補にすら入ってない、という事だ」
そう言って、手元の紙――ベンチ入り候補の部員たちの名前が書かれている紙を読み上げる。
「まずは、白組。松岡、――、秋穂、――、松居、――、――以上だ」
そこで一度藤森は口を止める。呼ばれた部員たちは気合を入れ、呼ばれていないものは呼ばれるのを待つ。
「そして、紅組。――、城志摩、澤田、――、鈴本、――、――以上だ」
ここまでで呼ばれたのは全三十人。
都大会でのベンチ入りメンバーの総数は二十。つまり、ここからさらに十人が脱落する。
「さて、この紅白戦の成績でベンチ入りメンバーを決める。まぁ、勿論。二、三年生は過去の実績を加味した上での査定だから、有利だが――胡坐をかけば、食われるぞお前ら」
そんな事は三年生の誰もが理解していた。
事実、松岡と城志摩は一年の時に胡坐をかいていた二、三年生からレギュラーの座を奪い、以後レギュラーに定着し、主軸として活躍している。
故に、胡坐をかいて下級生にレギュラーの座を奪われるというものは三年生からすれば見慣れたものである。だからこそ、三年生はもとから入れている気合をさらに入れなおす。
三年生にとっては最後の夏。
一年生にレギュラーの座を奪われて終わる、などという夏にだけはしたくない。
だから、三年生には結果が求められる。過去の実績が加味されるとはいえ、それを当てにしていると捉えられれば、一年生に座を奪われる。
だから、一つだけ決まっているのがある。
――生き残れ――
たった、それだけだ。
白組と紅組にそれぞれわかれ、どちらにも属せなかった者たちは観戦スポットへと移る。
その中には三年生もおり、三年生の部員は涙を流す。それを二年生が慰めるという光景は、選ばれなかった一年生の目を曇らせるには十分過ぎた。
高校野球は弱肉強食なのである。
――さて。現時点で食われていない強者たちは試合の準備を開始していた。
それぞれのスターティングメンバーは全て監督である藤森誠が決め、途中交代も藤森が指示する事となっている。
全員の実力を試す――そうでなければ試験の意味がないからだ。
「それにしても、副主将。俺がスタメンで本当にいいんですか?」
白組のベンチで真吾は泰助に言った。一年生ながら紅白戦に出場できた彼だが、それでいいのかと思っていた。
自身の実力に自信がないわけではない。だが、それで本当にいいのか、と思わざるをえなかった。
紅白戦にすら出れなかった三年生。彼らに出番があってもよかったのではないか――と、真吾は考えてしまった。
泰助はそれを感じたのか、真吾の問いに答えた。
「それでいいんだよ。僕が一年生の頃、大体の三年生が涙を飲むどころか監督に詰め寄ったからね。僕らはそんな人たちよりもみんな上にいた。――だからこそ。ああなってはいけない、って僕ら三年生はみんな知っているんだ」
肩をぐるぐると回し、ストレッチをしながら、泰助はさらに口を開く。
「見苦しい先輩にだけはなりたくない――それが、僕らの目標だった。だから、後輩に追い抜かれても僕らはみんな文句を言わない。まぁ、僕は一度たりともここ白龍じゃ誰にも負けたことがないけどね」
はは、と笑いながら泰助は真吾の傍を離れ、今回、一時的に相方となる二年生の捕手とのキャッチボールを開始した。
「……見苦しくない先輩、か……」
真吾は泰助の言葉を呟いてみた。その言葉を聞いて、真吾は中学時代を思い出した。
先輩からベンチ入り、あるいはスタメンを奪取する事。
その事に対してあまりいい思い出は真吾にはない。
だが、それでも。ここでならそんな事はない、と。真吾は思った。
――だからかもしれない。
――真吾が、ここで口元をニヤリと歪ませ、紅白戦に臨めたのは。
「俺がスタメンマスク! 俺の時代来た! これで勝つる!」
「どうせ、途中までだぞ。お前は一年だし。そもそも、本来のスタメンキャッチャーは俺、城志摩健助だからな。忘れるんじゃないぞ、一年の坊主」
藤森誠によって決められた紅組のスタメンの中に、6番キャッチャーで紀彦の名が刻まれていた。
本来のスタメンマスクである城志摩健助は4番ファーストでの出場。途中交代も藤森誠によって行われるが、恐らくは途中から健助がマスクを被るのだろう、というのは誰にでも予想できた。
「でも、最後にマスクの座を勝ち取るのは俺ですよ、主将!」
「……面白い。勝ちは俺の決定だけど、見せてもらおうじゃんよ、澤田!」
健助はそう言いながら、張り切って素振りをしている紀彦に視線を注ぐ。
――俺がいるうちは無理だろうが、そのうちは白龍のスタメンマスクかもな。
そう思いながら、健助は紀彦に視線を注いでいたのだった。
――そして、準備は整った。
白組。紅組。双方がホームベース周辺に集まる。
そして、藤森誠は宣言する。
「これより、紅白戦を行う。両者、礼!」
「――よろしくお願いします!!」
気合は十分。準備も十分。
さあ、始めよう。 試験を。
白組は守備につき、紅組の先頭バッターがバッターボックスへと立つ。
紅組の先頭バッターは、三年生外野手の皆川和茂。
彼もまた泰助や健助とともに一年生の頃からベンチ入りを果たし、二年生の頃からはスタメンに定着している白龍高等学校が誇るリードオフマン。
優れたバッティングを持つわけではない。勿論、長打力があるわけじゃない。
故に、認知度は低い。――だが、彼は実力者である。
マウンドに立つのはエース松岡――ではなく、二年生。次期エースの座を虎視眈々と狙っている森黒智基。
一年生の夏はベンチ入りを果たせなかったものの秋の試合でついにベンチ入りを果たし、勢いに乗っていると言ってもいい。
ただ、絶対的エースである松岡泰助と比べりと見劣りするのは必然だった。
経験不足。
実力不足。
この二つが大きかった。――だが、智基には負けるつもりなど、ない。
――三年生を倒し、エースの座を得る。それこそが彼の目標。
そして、智基と捕手がサインを交わし、前準備は終了。
後は、投げるだけ。
ワインドアップから投球モーションは始まり、リフトアップ、テイクバック。
――そして、リリース。
智基の手から――いや、指からボールは放たれてゆく。
指からも力を受けたボールはキレイなバックスピンを描き、ストライクゾーンへと向かってゆく。
外角低め。セオリーでは打たれにくいコースの定番。まず痛打はされないだろうという推測から捕手が要求したコース。
間違いなんてない。智基もそう思ってボールを放った。
しかも、そのボールは智基の得意球でもあった。
だから、そう簡単には打たれないだろう。――そう思っていた。
――確かに、そのボールをキレイに捉えるのは難しい。だが、キレイに打つ事とヒットにする事は別なのだ。
和茂はスイングを始動させる。外角低めのいいコースに来るストレートにも物怖じせず、鋭いスイングがボールを襲う。
だが、ただのストレートであるわけがない。これは智基の得意球、動く速球ことツーシームファストボールなのだから。
主にストレートと呼ばれるフォーシームファストボールとの違いは縫い目の方向のみ。だが、これにより、空気抵抗が変わり、ツーシームファストは従来のストレートとは違う軌道を見せる。
空気抵抗により、手元で若干失速しながらシュート回転がかかる。だが、通常のシュート回転したストレート、ナチュラルシュートと比べると切れがよく、鋭い。
通常のストレートが空気抵抗を減らしスピードにより空振りを狙う球であるなら、ツーシームは逆に少しずらす事で凡打を狙う球なのだ。
つまり、和茂がスイングをし、ボールに当てたところでよほどの事がなければ痛打はない。
故に、智基の口元がにい、と歪む。
事実、バットがボールを捉えるも、鈍い金属音が響き渡る。
――だが、勝負はこれからだ。
和茂は打ったと同時に走り始める。
打球は勢いがなく、遊撃手方向へと転がってゆく。智基が捕球しようとするも届かない。故に、遊撃手が捕りに行く。そして、白組の遊撃手は――秋穂真吾だ。
守備範囲が広いわけではないものの、狭いわけではない。ダッシュでボールへと迫り、捕球する。
そして、送球の姿勢へと入るが既に和茂は一塁ベースへと迫りつつある。――だが、負けるつもりはさらさらない。正確に、だが力を込めて真吾は一塁へボールを放る。
ボールは空気を切り裂き、そして一塁手のグローブへと収まる。
それとほぼ同時に和茂が一塁ベースを踏み、通過する。
「セーフ!」
紅白戦メンバー外の三年生によるジャッジにより、セーフ。つまり和茂の内野安打が記録される。
なんという俊足。なんというスピード。
それでこそ、白龍高等学校が誇るリードオフマンであり、エース松岡泰助とスラッガー城志摩健助と並ぶ白龍高等学校の柱なのだ。
紅組vs白組
一回表
0-0
無死一塁
そして試合は、まだ始まったばかりである。
To be continued...
皆川和茂や森黒智基など、リメイク前はこの時点では名前つきモブキャラでした。にも関わらずこの目立ちっぷりは何だろうか。
ただ、リメイク前と違って第三者視点なのが救いかも。変にストーリーを付け加えないで済むから、主人公空気という事態は防げそうだ。
とりあえず、この作品は中二病野球小説なので、変なルビが多いのは使用なのであしからず。
誤字の指摘や感想はいつでも待ってます。
では。
追記
2011.10.29
ルビを追加。
2011.11.01
紅白戦における鈴本と松居のチームを訂正。
(鈴本,松居)=(白,紅)→(鈴本,松居)=(紅,白)