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夢の延長線へ  作者: 暁文空
EPISODE01――Third Golden Time
15/15

14:ジャンクション5 英雄の証


 秋穂真吾の三球三振。手も足も出ず、ベンチでただ悔しがる事しかできない。

 港星北の一年生ピッチャー、荒城庄助からホームランを放ち、意図せずムードメイカーとなっていた彼の凡退は、白龍高等学校野球部には目に見えないダメージとなって残り、そのダメージがなかったとしても打てないであろうというほどの実力を、新垣大輔は見せた。

 140km/h超のストレートを安定して投球し、縦のスライダーはキレている。時折緩急を混ぜてくる事もあり、ただでさえ打てない球はより打てなくなり、投げるほどに調子を上げ、奪三振数を稼いでいた。


 結果、試合は投手戦となる。両エースはともに最高球速140km/m超であり、打つのは容易ではない。ヒット自体は確かに出るものの、連打を許さず、失点はお互いに一点のみ。それも、白龍高等学校はヒットとエラーで一点をもぎ取り、港星北は一年生である新條毅による予想外な一発によって一点を加える、というもの。互いに相手投手を打ち崩せず、貧打戦とも言い換えることができるような展開であった。


 そして迎えた九回表。

 延長戦はない。これが勝ち越すための最後の攻撃。


 一死で迎えた天才、松井秀幸の打順。ここで、白龍高等学校野球部監督、藤森誠は動く。

 代打を告げ、バッターボックスへ向かうはレギュラー落ちしたかつての背番号6――松川和洋。


 彼はそっと目を閉じ、真剣な表情のままバッターボックスに立ち、かっと目を開く。

 そんな様子にミットを構える斉藤敦とマウンドに立つ大輔は彼を警戒しつつも対戦するのが楽しみだったと言わんばかりに口元をにい、と歪ませた。


 九回表

 白龍2-2港星北

 白龍攻撃中

 打者、松川和洋








 14:ジャンクション5 英雄の証








「ところで、松川先輩って公式戦での成績ってどういった感じなんです?」

 ベンチに座る真吾は、泰助に和洋の事を聞くことにした。レギュラーショートストップの座を彼から奪取した真吾であるが、彼の事はあまり良く知らなかった。無論、守備練習では助言をもらう事もあり、ある程度のコミュニケーションはとっていたのだが、そうは言っても知らないことの方が多いのは事実だ。

「どういった感じ、と言われてもな……真吾みたいなムードメイカーではないのは確かだね」

「ムードメイカー……?」

「いや、そこはいいや。とりあえず、和洋のバッティングスタイルってのは単純で、スピードボールにめっぽう強い。それだけだ」

「……って事は、新垣大輔相手なら有効なバッターと、そういう事ですか?」

 という真吾の問いに対して、泰助は首を横に振った。

「そういう訳にもいかないのがエースってヤツだよ真吾。大輔の持ち球は意外にも厄介なもの揃いだ。まず普通にフォーシームファスト。これはノビる。調子がいい時のものならストライクゾーンなら間違いなく当てても内野フライ、そうでなくても空振りだ。そして、縦スラ。回転数があるからかキレもいいしよく落ちる。そして、一番手の荒城庄助が投げたフォーシームジャイロもある。感覚的に打ちづらいのは理解できていると思う。そして、最後にツーシームジャイロ。減速していく球故にタイミングがとりづらい。要はよくできたチェンジアップってヤツだ。……スピードボールだけが大輔じゃあない」

「って事はツーシームジャイロが来てしまうと、勝ち目がないって事ですか……?」

「そういう単純な話ではないが、打てないと見るのが妥当ってヤツだよ。が、スピードボールならなんでもホイホイ簡単にホームランにできるほど凄いヤツでもない。まー、もしもそういうヤツだったなら、真吾はレギュラーじゃあなかったと言えばそれまでなんだが」

 その話を聞いて、真吾は一応納得する。確かに、そこまで打てるバッターだったのなら、自らがレギュラーに入っているわけがない。

「だが、目が慣れさえすれば、スピードボールキラーな和洋は打てる可能性が高い。少なくとも――」

 ――秀幸よりは。

 そんな一言はとても小さく、目の前にいる真吾は勿論、口を開いていた泰助本人も口に出した意識がなく、心の内でのみつぶやいたと同義となっていた。


 一球、二球と大輔はストレートを放つ。

 強烈な、だが確かに綺麗な回転軸のバックスピンをかけたストレートは打者にとっては凶器だ。もしもタイミングを合わせ、ヒッティングをしたとしても、予想以上にノビるボールというのは、ジャストミートできずにフライとなってしまう。良い投手というのは、そういったストレートを投げれるかどうかで決まっているようなものだ。プロ野球で速球派を自称するのであれば、こういったストレートを投げる事が前提となるのは間違いない。投げれないのであれば、いくら150km/hであろうと、凶器とはならない。

 そして、この新垣大輔という投手は、凶器となりうるストレートを投げることのできる投手だ。最高球速は140km/h半ば。しかしながら、プロ野球の速球派とされる投手と比較してもトップクラス、あるいはそれ以上かもしれないバックスピン、最適な回転軸の角度はプロ野球屈指の速球派の投げるストレートと同等の凶器だ。

 そんな凶器を、和洋は二球目でファールゾーンへと転がす。

 バットの先。そこでボールをギリギリで捉える。見苦しいファールだ。狙ってファールにする、カットしたようには見えない。全力でスイングしてファールになった。そういう見苦しいもの。だが、そこに大輔は威圧感を覚える。それは僅かに一瞬。だが、確かに、目の前にいる打者が強者であると本能で理解した。

 それはミットを構えていた敦も同様だった。むしろ、大輔以上に和洋に威圧されたと感じただろう。ミットに収まると思っていたストレートが、ファールゾーンに転がった――それは、敦にとって驚くべき事だった。

 別に、打たれること自体は珍しいことではない。

 そもそも、打たれない、というのはありえないのだ。何球も投げている以上、打たれる時というのはいつかは来る。だからこそ、むしって無被安打試合であるノーヒットノーランや四球や失策すらも許されない完全試合は非常に価値のある事なのだ。むしろ、失点を許さない完封すらも十分に価値がある。そう考えると、打たれないという事がどれだけすすごいかがわかる。

 だが、今の球を打たれることが、敦には理解できなかった。

 というのも、この一、二球は明らかに敦の知る中で、大輔の投げた球のなかでもトップクラスの球なのだ。確認こそしていないが、最高球速に近いストレートに、感覚的には今日一番の綺麗なバックスピン。この球が81球ストライクゾーンにコントロールできるのであれば、そのどれもが絶対に敦のミットに収まり、9回27奪三振の完全試合ができるだろう――そう敦が考えるくらいには優れた球だった。

 だというのに、その球を、この松川和洋という打者は、ファールではあるものの空振りせずにボールをバットにきちんと当てていたのだ。

 ――やばい。これは打たれるかもしれない。

 そういう考えが、一瞬ながら思い浮かんでしまう。

 そんな事実に、それではいけないと首を振って、そんな考えを振り払う。

 ――大輔の親友で、相棒たる自分が、大輔の打たれるシーンを考えちゃいけない。

 心の内でそう呟きながら、次の配球を考える。

 もう一球ストレートを試すか。あるいは、縦スライダーにするか。ツーシームジャイロでタイミングを外すのもいい。フォーシームジャイロは彼に対してはまだ投げてない。それで相手の様子を見るのもいいかもしれない。そんな事を考えつつ、大輔からのサインも見る。

 基本的には捕手である敦がサインを出す。しかしながら、時折大輔がどうしても投げたい球、というものがある時のために、大輔からサインが出ることもある。――そして、それが今、出ていた。


 ――オーケイ、大輔。俺はお前と心中するぜ。


 にい、と口元に笑みを浮かべながら、ミットを構える。

 ワインドアップ、そこから大きな、ダイナミックな投球フォームが始まり、そして、長い右腕から球が放たれる。


 ――ストレート。

 そう直感的に感じた和洋はスイングを始動させる。スピードボールにめっぽう強い彼だ。スイングスピードには自信がある。さきほど振り遅れになりつつも強引にファールにした事もあって、今回に関してはタイミングはバッチリ――そう感じていた。

 捉えた。そう和洋は思った。――だが、バットは空を切る。

 ――気づけば、目の前にボールはなかった。

 消えていた。

 ああ、これは新垣大輔の勝利(victory)、打者の視界から消滅する(vanish) ――そういう二つのVを含んでいるV()スライダーなのだな、と和洋はなんとなくそう思った。


 敦の感覚で今日一番の調子となっている大輔はこの後も敦の心を満たす優れた球を放ち続けた。

 白龍高等学校随一のスラッガーたる城志摩健助もその球には手も足も出ず、この回は終わってしまう。

 この時点で、白龍高等学校野球部の勝利はなくなった。


 そして、迎えるは港星北高等学校野球部の攻撃。

 マウンドには白龍高等学校野球部の誇る絶対的なエース、東京都屈指の技巧派投手松岡泰助。

 ミットを構えるのは、東京都屈指のキャッチャー、攻守の要の城志摩健助。

 そんな東京都屈指のバッテリーを相手にするは、一番バッター鈴谷和巳、二番バッター奥川隼人、そして三番エース新垣大輔。

 打順を頭の中で思い出しつつ、健助は要警戒バッターは和巳と大輔と決める。二番は送りバントを得意とする所謂バンターであり、打撃そのものを警戒する理由はあまりない。しかし一番の鈴谷はここまでの公式戦でもきっちりと打撃成績を残している実力のあるバッターだ。

 そして、三番に居座るエース新垣大輔も脅威であると健助は知っている。確かに、所謂怪物級のバッターではないのは確かだ。しかしながら、全国でも通用するバッティングセンスを持った、二刀流に挑戦できるだろう才能を持っているユーティリティプレイヤーだ。

 しかも、それでいて理由はわからないが、サヨナラ本塁打の本数が多い。多いといっても、高校通算成績だ。数字の偏りと言ってしまえばその通りだ。とはいえ、健助はそれを無視する事ができなかった。とはいえ、警戒のしようがない。それこそ、敬遠くらいだ。

 だが、大輔は足も速い。となると、得点圏にランナーをおいて得点圏打率の鬼、斉藤敦を迎えなければならない。そこでもさらに敬遠すればいいのかもしれないが、練習試合でそこまでやるのも練習にならないだろう、と思い、ここは勝負しかないと結論付ける。

 そして、泰助が球を放つ。

 コーナーにきちんと決める制球力。それこそが泰助の武器だ。大輔が球のパワーで抑えるのならば、泰助はボールを打ちづらいところにきちんと投げ入れる事で抑えるのだ。二人とも140km/h半ばのストレートを武器にしているものの、そういった方向性の違いが、二人を速球派か技巧派かを分ける要因となっていた。無論、大輔にも技術があるわけで、大輔に技術がない、というわけではないが。それでも、所謂一般的に言うコントロールがいい、制球力のある投手というのは間違いなく泰助の方だ。

 大輔のようにあっと言わせるようなものすごい球はない。だが、打ちにくいと思わせる事はできる。それを彼は制球力をもって証明する。

 一人目の鈴谷和巳はきっちりと三振にきってとった。ストライクゾーンギリギリにストレート、変化球がきちんと決まり、和巳は首をかしげながらベンチへと戻っていく。そんな姿に、泰助は快感を覚える。

 ――そう、それが僕の見たいものだ。

 ストライクという事に納得がいかないままベンチへと引き下がる打者。それを見る度に泰助は何とも言えない快感を覚え、それを糧にして日々努力している。無論、甲子園に出たい、プロになりたいという願望の元努力しているのであるが、そんななかで見つけたかの性癖が、判定に納得のいかないまま、ベンチへと引き下がる打者だった。それを見る事が、彼にとっての快感。

 だから、というわけではないが、次の打者も見逃し三振。首を傾げながらベンチへと向かってゆく。


 そんな打者と入れ違いにバッターボックスに立つはエース新垣大輔。

 油断はない。泰助とて、東京都屈指の投手だ。こういう場面で油断しないからこそのエース。故に、きちんと球をコントロールして、球を放つ。そこにミスは存在しない。だが、ミスはなくともそこに綻びは存在する。人間である以上、完璧である事は不可能といっていい。

 ストライクゾーンギリギリではあった。だが、ボール半個分。ほんとわずかだがストライクゾーンの内側だった。だが、そんな球でも普段なら問題ない。それだけの球を投げられるのであれば、十分に見逃しを狙える。そして、ストライクのコールさえあれば、泰助にとっては心地よい瞬間が訪れる。


 ――そう、普段であれば、だ。


 バッターボックスに立つのはエース新垣大輔。幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた猛者だ。この程度の場面なら何度も経験し、ほどよい緊張でバットを握り、バッターボックスに立ち、構えていた。

 そして、スイングを始動させる。ストライクゾーンの球であるという根拠のない直感に身を任せ、バットが回ってゆく。バットの芯へとボールは徐々に吸い寄せられていく。

 そんな様を健助は目の前で見ることになった。


 ――なるほど、これが、これこそが英雄エースの証か。


 英雄は勝負どころでちゃんと結果を出せる。だから、勝負のキーマンになる。それが英雄なのだ。

 だから、ここでサヨナラホームランを打つ三番ピッチャー新垣大輔は、間違いなく英雄エースと呼ばれるべき人材なのだ


 試合終了

 ●白龍2-3×港星北○




To be continued...

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