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夢の延長線へ  作者: 暁文空
EPISODE01――Third Golden Time
14/15

13:ジャンクション4 意思を持つ球


 四回表

 白龍1-1港星北

 白龍攻撃中

 打者、松居秀幸。


 庄助との対戦をベンチから見ていた大輔は冷静に松居秀幸という打者について考えていた。

 東京都大会での成績も試合前に見ていたし、そう言った意味では、今回の練習試合で最も警戒すべき打者の一人であった。しかしながら、大輔と淳は同じ結論にたどり着き、警戒するに値しないという評価を下すこととなった。

 無論、そんな事ができるのはマウンドに立っているのが大輔だからである。庄助ならばまだ打たれただろうし、彩太であっても打たれただろう。大輔だからこそ、そういった評価を下す事ができるのだ。

 だからといって、大輔が秀幸を見下しているというわけではない。秀幸は確かに優れたバッターであると評価はしていた。だが、大輔を相手にするのは不可能――そう思えるような要素が見え隠れしている。

 この推測が正しいのであれば――そう思いつつ、大輔は敦からのサインを待つ。

 そして、敦が大輔に向けてサインを出す。


 ――了解、敦。


 心の中でそう呟きながら、大きく振りかぶり、松居秀幸に対する初球を放つ――。








 13:ジャンクション4 意思を持つ球








 見えない。

 秀幸はただそう思った。普段なら見ているはずのボールが、目の前にいるこの投手、新垣大輔のボールに限って、なぜか見えない。そう感じたのだ。――否、似たような感覚なら一人目のピッチャーの時にもあった。

 知らない挙動。こんな球を、秀幸は知らない。知らないからこそ、困惑する。こんな球が存在するわけがないと頭のなかで否定してしまう。この困惑の度合いは、和哉が大輔の球を見て感じた時の比ではない。とにかく、秀幸はどうすればいいのかがわからなかった。

 スイングが間に合わないなんて事もこれまではなかったのだ。やっと見えたと思ってスイングした時にはもう見えなくなる。ワンテンポ違う。じゃあ、ワンテンポ速くすれば――否、ボールが見えていないうちから振るなんてこと、それは不確実すぎて秀幸にはできない。

 打撃は確実でなければならない――秀幸はそう思っていたからだ。


 秀幸のバッティングの基本は、しっかりとボールを見て、高いバットコントロールできっちりと芯にあてるというものだ。シンプルだが難しい打撃であり、このバットコントロールのよさがバットの真芯にボールを当て、コンパクトな長打力の感じさせないスイングでも長打を放つ。普段打てない打者がバットをただ振って、それがたまたま真芯にあたってホームランになった、というのを彼は意図的にやっていると言っていい。

 だが、ここに問題が生じる。果たして、じっくりと見ることのできない球だったらどうなるのかと。

 例えば、剛速球。これならば見る時間は短い。だが、ただ速いだけならば、別に秀幸にとって、然程苦にはならない。泰助の球であれば、毎回というワケではないにしろ、きっちりと打ち返せるあたり、剛速球程度じゃ秀幸を攻略できない。

 だというのに、大輔はストレートを投げ、秀幸はそれに対応できずに無様な振り遅れの空振りをした。それを見て、一年生たちは驚きの声をあげる。そんな空振りをする秀幸など、彼らは見た事がなかったからだ。

「やはりか……」

 そんな事を呟きながら、監督の藤岡誠が口を開いた。

「秀幸はとにかく経験が足りないんだ。アイツのバッティングってのは基本的にはバッティングセンターが育てたと言っていい。だからといって簡単にスタメンに入れないのが普通のヤツだが、その努力でスタメンに入ってしまうあたりがアイツの天才たる所以といえば所以なんだが、それだけじゃどうしようもならないものがある。それが、生きた球ってやつだ。

 生きた球ってのは……まあ、ノビがあるストレートだとかキレのある変化球の事を指すことが多いが――まあ、とにかく、この生きた球ってのは数字には出てこない。球速がある球や変化の大きい球がそのまま生きた球かっていうとそうじゃないんだ。そして、こういう球に出会うにはやっぱり長い経験っていうのが必要になってくる。そして、投手も生きた球を投げるには相当な修練が必要だ。その点、泰助の球は十分に生きた球だと言える。球速表示だけじゃない。十分に綺麗な回転がかかっているからこそ、球速もノビもいいんだ。

 それに対し、新垣大輔の球はとにかく生きた球とかそういうレベルではない。泰助のを生きた球というのなら、新垣の球は恐らく、球自身が意思を持ち、バットを回避するようにミットへと向かうように見える――なんて事を言ったのは、去年のお前だったよな、健助?」

「……死にたい。中二病すぎる」

「おい。今はそんな話じゃないだろ。……まぁ、いい。とにかく、新垣大輔の球はとにかく回転数があるんだ。綺麗な回転数の多いストレートは重力に逆らう浮力を得て、一般的なストレートよりも最短距離を進んでゆく。ミットへの到達時間は同じ球速だろうと若干ながら短く、そのうえ、思ったよりも上を通過する。そう、バットの上を通過していくんだ。

 そこに、新垣大輔の長い腕が加わって、この性質をさらに厄介なものへと変貌させる。ミットに近い地点でのリリースという事は、リリースポイントからミットまでが他の投手よりも短い。つまり、最短距離はさらに短くなる。極限的なまでに短い距離を速く進むストレートってわけだ。

 スピードガンには現れない性質ではあるが、その厄介さは結果として数字に出てくる。とにかく、打てない。そんなストレートを持っていながらキレのある縦のスライダーやフォーシームジャイロ、ツーシームジャイロも混ぜてくるんだ。制球力が高くないなんていうのはどうでもよくなってくる。

 ここで問題となるのが、秀幸が経験不足だという事だ。生きた球なんて泰助のストレートが限界だ。バッティングセンターやこれまでの公式戦では新垣のようなピッチャーはいなかった。つまり、これが初体験ってわけだ。ついでにいえば、秀幸のスイングスピードは打率の割に速くない。純粋なスイングスピードだけを見ると、一年生の平均程度だろう。それでも長打を打てるあたり秀幸のバットコントロールが優れていると言えるが……それだけじゃ打てないのが生きた球ってやつだ。井の中の蛙に大海を見せてやるしかないんだ。

 この試合には確かに勝ちたい。それを考えれば、生きた球を見たことのあるベンチの三年生を起用すべきなんだろう。だが、目先の勝利の事だけを考えて、公式戦で負けてはいけないんだ。俺達野球部ってのはみんなの期待を背負っている。結果を出す事を求められている。そのためには、勝つべき試合のために、いくつか負けることを覚悟しなきゃならない。

 甲子園っていう夢がお前たちにはあるだろう? 俺だってお前たちを甲子園に行かせるのが夢だ。俺だって現役時代は行きたかったしな。だから、俺は甲子園に出場させる事を考えて、秀幸を交代させずに、生きた球に慣れさせる。その縛りのなかで、この試合に勝つ――この試合は、そういうハンデを背負った上でどう勝つか。それが今回の練習試合の最大のテーマなんだ」

 誠がそう言い終えると、ミットに快音が響き、「ストライク! バッターアウト」という球審の声が聞こえた。


 この後、健助が大輔の球をうまく逆らわずに流して長打を放ちチャンスを作ったものの、続く五番サードの泰岡勲がピッチャーフライに倒れ、スリーアウトチェンジとなる。しっかりとヒットを放つあたりに、城志摩健助という男の意地、そしてバッティングセンスが見える。

 だが、それでも冊を超えないあたりが生きた球というものだった。健助の思ったよりも上を通るストレートは芯を外し、重いストレートとなって健助を襲い、結果、打球が伸びなかったのだ。


 そして、ここから始まるのは四回裏。白龍高等学校野球部が誇るエース、泰助のピッチングショーだ。

 得点圏にランナーがいないがために本来の力を出せない敦をあっという間に三球三振に討ち取ると、続く五番打者は真吾が堅実な守備を見せてショートゴロに倒れる。

 そうして打席にたった一年生ながらスタメンに抜擢された新條毅はいい当たりを放つもセンター和茂の守備範囲内。きっちりと三者凡退に抑え、順調な滑り出し。予め投球練習を多く行ってからマウンドにたった今、不安材料はスタミナのみ。その不安材料も残り5イニングスともなれば然程気にするレベルではない。

 ――いける。

 そんな事を泰助は心のうちで呟いた。


 五回表。試合は折り返し地点を迎えようとしていた。そんななか、秋穂真吾は六番打者としてバッターボックスへと向かう。

 マウンドに立つのは相手のエース。百戦錬磨の格上な投手だ。そう簡単には打てない。否、簡単に打てないからこそ、新垣大輔という相手のエースは一流なのだ。だが、ここで打たなければ流れなど引き寄せられない。打てないと知りつつ打つしかない。そんな状況に立たされる。無論、真吾が打つ可能性が低いなんてこと、誰もがわかっていた。期待はしていない。だが、もしも打てば流れはかわるだろう――そんなナニカを感じさせるものを真吾は持っている。

 故に、敦の身体に電流が走る。そして、それを感じ取った大輔はより集中を高める。

 ――さて、どうするか。

 冷静に大輔は考える。目の前にいる秋穂真吾という打者はどう厄介なのかを。

 庄助のジャイロボールを初見でホームランにするあたり、バッティングセンスはそれなりにあるのだろう、という推測はできた。しかし、だからといって、その一言で済ましたくないというのが本音である。故に、大輔はまだ思索をやめない。

 感覚を信じるのであれば、目の前にいる打者は確かに強そうに見える。だが、考えれば考えるほどそれは虚像に見えてくる。どうすればいいか、大輔は少し悩んでいた。……だが、一つの結論に落ち着く。

 ――悪い方悪い方に予想しておけばいい。相手は強い。それだけで十分だ。

 考えることを放棄した。だが、決して勝利を放棄したわけじゃない。データがない以上、相手は打てる打者だと想定して対処する。油断はしない。単に本気のピッチングをする。そんなシンプルな勝負に出るのだ。

 ギャンブルともとれるこの作戦、だが、そんなものは大輔からすれば常だ。勝負は時の運が絡むし、実力だけで勝敗が決まるだなんてことが常識だとすれば、大輔はこれまで何度も破ってきた。そのうえで、大輔は実力もつけてきた。故に、実力で下だと思っている打者相手だろうと打ってくるという事を経験的に知っていた。本能でも理解していた。

 敦も同じ結論に至ったのか、サインはかなり真剣なものだった。とはいえ、そこにきっちりとコントロールできるかといえば、そういうわけではないが、少なくとも失投だけは大輔はしない。制球力を唯一の苦手分野とする大輔だが、被弾が少ないのは失投が少ないからだ。少なくとも、ストレートはしっかりと回転をかけて棒球は投げないし、変化球の変化しぞこないは絶対に投げない。簡単なようで難しいこれらを実現したからこそ、大輔はエースとして甲子園のマウンドに立ったのだ。

 故に――これから放つ球は全力の球。油断や慢心などそこには存在しない。

 大きく振りかぶって、身体全体の力を球に込め、それを放ち――


 ――そして、それがミットへと突き刺さる。これでもか、と球が言わんばかりに快音を響かせて。

 その音を聞いて、真吾は勝てない、と自覚した。無理だ、勝てっこないと心の内にそう思った。庄助とはわけが違う。庄助はどことなく真吾を過小評価していた。そのあたりが庄助の格を小さく見せ、真吾は臆せず打撃ができた。それがホームランへとつながり、一時的に流れを白龍高等学校野球部に運んだのだが、大輔はそんな簡単に打てる相手ではない。油断せず、本気の球を放つその姿は、打者に威圧感を感じさせる。真吾はその威圧感にただただ臆することしかできない。

 大輔を打てなくたって、恥ずべきことではない。それは大輔の持つ輝かしい戦績が証明してくれる。

 だが、それを打者としての意識が認めない。打てなくてもいい、だなんて考えたくない――真吾はそんな思いをスイングにのせる。

 ――でも、それでも。大輔の球はそれをも超えてゆく。否、真吾には届かない高みに既にいたのだ。

「ストライクゥッ!」

 審判が、綺麗な卍の字をその身体で描きながらそう叫んだ。


 ――勝てないのか。


 そして、真吾はついに、そう思ってしまった。その直後に三球目が放たれ、三球三振。手も足も出ずに、ベンチへと帰ることとなった。

 勝てない、と諦めてしまったことに、真吾はベンチに座ってから気づいた。そして、「くそっ!」と吐き捨てる。誰も打てなかった事を責めたりはしない。ここで悔しがっていることについても何かを言うつもりもない。――ただ、将来のチームの主軸になるであろう一年生レギュラーが悔しがっている事自体は将来の白龍高等学校にとってはプラスなはずだ、と藤森誠は思った。

 もとより、そのための秋穂真吾のレギュラー入りなのだ。レギュラー落ちし、ベンチメンバーとなった三年生は、真吾と実力はそう変わらず――否、確かに真吾よりも上である面が幾つかある。だというのに真吾をレギュラー入りさせたのは、二年後も、白龍高等学校野球部が強者であるためだ。今年勝てればいい、というものではない。数年間持続して強くあってこそ強者と初めて言える。

 そう言う意味では、白龍高等学校野球部は一度たりとも強者になっていない。だからこそ、誠は強者を目指していた。

 そんな誠にとって、真吾が大輔を打てずに悔しがっているのを見ると同時に、二年後の勝利を幻視した。




To be continued...

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