表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢の延長線へ  作者: 暁文空
EPISODE01――Third Golden Time
13/15

12:ジャンクション3 現実

 二回表

 白龍0-1港星北

 白龍攻撃中

 打者、秋穂真吾。


 勝負どころで打てる、というのは得点圏打率が高いという事と必ずしも一致しない。

 例えば、チャンスで打てたとしても、それが得点に結びつかなかったら意味がなく、得点圏にランナーがいなくても、一塁ランナーを還せば打点となる。また、、チームに勝利を呼び込む打撃、というのはソロホームランでもできる。打てないと思っていた投手を、ソロホームランで打てる、と味方に錯覚させること。その錯覚が、チームメイトの調子を底上げするのだ。そして、それがキッカケとなって勝利となる、といったケースは少なくない。また、確実に得点に結びつける、走者二塁における右打ちも大事になってくるだろう。

 故に、敦はそのようなバッターを目指していた。別に、勝負どころ以外で手を抜いているというわけではない。だが、小さい頃から勝負どころで打てるバッターになりたい、と思っていたからか、得点圏にランナーがいるときは普段よりも不思議と集中でき、自然と得点圏に強いバッターとしてクリーンナップを任されるようになったのだ。

 それが、斉藤敦の始まり。だからか、敦はバッターボックスに立つ高校一年生――秋穂真吾を見て、「あ、こいつは同類だ」と小さく呟いた。別に、確信なんてなかった。単なる、直感。当たるかどうかもわからない――当たらないことが前提のもの。だが、それでも敦は何かを感じ取っていた。第六感ってヤツなのかもしれない、などと敦は心の内で呟く。

 ――とはいえ、そんなものを感じ取ったからといって、打たせるわけには行かない。否、そんなものを感じ取ってしまった以上、このバッターに打たせることは敗北につながるだろうという直感と同義だ。打たせるわけには、いかなかった。


 ――投手が、大輔だったらよかったんだけどな……。


 確実に抑えられるであろう港星北のエース、新垣大輔。彼がマウンドにいたのなら――そんな事を感じずに済んだかもしれない、とまだベンチでウォーミングアップをしている彼を視界の隅に捉え、それを視界から消すように目を瞑り、マウンド上の投手、庄助を視界に捉えるように目を開く。


 ――今は庄助しかいない。なら、庄助が抑えられるようにするのが、俺の役目だ……!!


 そう自らを鼓舞して。ミットを叩く。


 ――さあ、勝負の始まりだ。








 12:ジャンクション3 現実








 庄助は、ミットをただ凝視していた。中学時代から庄助は常にエースとなるべく努力を重ねてきた。バックスピンを綺麗にかけたストレートだって投げる事ができた。だが、やはり希少性という意味で、ジャイロボールの方が上で、打たれないだろうと思ったから、彼は努力を重ね、ジャイロボールを手に入れ、打者を翻弄し、エースとなった。

 だからこそ、庄助は自らのボールに自信を持っている。よほどの事がなければ、初見じゃまず打たれないだろうという自信が。今でこそ、絶対エース新垣大輔がいるから二番手、三番手以降に甘んじているが、彼さえ引退すれば、エースまたは二番手が確定しているという立場だ。別に、その地位に満足しているわけではないが、そういう立場になるだろう、という自覚があり、そのためにもしっかりとした実力をつけ、実績が欲しい彼は思っていた。そのためにも、ここでは3イニングス無失点こそが大事だと彼は考えている。

 だが、だがそれでも、目の前にいるバッターから、特に恐怖は感じなかった。否、彼はバッターから恐怖を感じ取ったことはなく、感じ取ることなどできない。いい球をキャッチャーの指示した通りに投げる――それこそが、彼にとっての勝負だ。彼にとって、これは投手と打者の勝負ではないと考えていた。打者にとって打たれにくいであろう球を正確に投げる――それこそが、優秀な投手の証だと考えていた。


 ――故に、この場において庄助は場違いだ。


 エースの新垣大輔とともに戦ってきた守備陣のうち何人かはバッターから何かを感じ取り、そうでない選手もなんとなく空気が変わったことを感じ取っていた。――庄助だけが、取り残されている。それに気づかず、庄助は初球を放つ。

 投げるのは当然、ジャイロボール。シニアリーグで彼が『幻術使い』と呼ばれるようになった所以。進行方向を回転軸としたジャイロ回転をするこのボールは銃弾と呼ぶことができるだろう。そんな球が、ストライクゾーンを襲う。ストライクゾーンという名の壁を貫通し、ミットに着弾すべく、放たれたのだ。

 無論、そんな球を打ったことがある打者は少ない。見たことがある打者も少ない。まさしく初見殺し。そんな球を秋穂慎吾が打てるだろうか。当然、打てない可能性が高い。故に、庄助は自信満々にそんな弾を放ったのだ。

 そんな事は、誰だってわかっている。真吾を警戒している敦とて、打てるとは思っていない。――だが、結果としてヒットとなる、あるいはホームランとなってしまう可能性を捨てる事はできない。庄助には、それがない。


――だから、だからこそ。庄助には、目の前で起きた事を理解できない。認識できない。


 初見であるはずの、それも一年生に、ジャイロボールがジャストミートされてしまうなど、そんな事実を認めるのに時間が必要だった。

 真吾のスイングを認識できず、打球が背後へ飛んでいった事を把握してから、ようやく真吾がスイングしたのだ、と認識できた。

 少しずつズレている感覚。そうして、ボールが冊を超えて、すこん、という乾いた音を立てた。


 ――ホームラン。


「――えっ……!?」

 その音で、ようやく庄助は現実を知る。ホームラン。失点。その事実に、ようやく気づく。

「――そん……なっ……ッ!?」

 そして、崩れ落ちる。

 心が、折れる。折れてしまう。それをただなんとなく感じ取っていた。

 打たれたことがない、というわけではない。ジャイロボールだってカンペキではない。打たれる事だってある。だというのに、この場面、この打者に打たれたことが庄助の精神という名の柱を折った――否、粉砕したのだ。


「……庄助、庄助! ……チッ……ダメか……」

「投手交代だ! 大輔はまだ出せないから、松村っ! 肩はできているか!?」


 そんな声を、庄助は聞いていた。……が、その後のことを、彼ははっきりと覚えていない。

 覚えているのは一つ。秋穂真吾にホームランを打たれ、その一発だけで自分がノックアウトされた事――ただ、それだけだった。


 そして、庄助はベンチへと下がり、港星北高校の二番手、松村彩太がマウンドへと向かう。

 左の軟投派エースとして神奈川県内では名の知れた投手であるが、新垣大輔と比べると当然ながら見劣りする。ストレートは最速で125km/hをマークするも平均すると115km/hと言ったところか。大きく曲がる変化球はカーブだが、キレで空振りを狙うというよりもタイミングを外すのが目的と言え、傍目で見るとその凄さがよくわからない。

 だが、彼の実力は高い。多彩な変化球で的を絞らせない。相手に読ませない。そういうピッチングができる投手なのだ。

 ――故に、このあと、あっという間に七番ファーストの紀彦、八番セカンドの佐藤の二人が内野ゴロに倒れ、スリーアウトを迎える。超一流と言わないまでも一流の仕事をする。

 秋穂真吾のホームランで白龍高等学校に傾きかけた流れを、リセットする。――まさしく、リリーフエースと言える仕事。それを、彼は確実にこなしたのだ。


 そして、ここから三回が終わるまでは零行進が続く。智基が二回裏で意地を見せ、三回表は松村が引き続き無失点で抑え、三回裏を直人がピンチを招くもなんとか無失点で切り抜ける。

 迎える四回。ついに、両チームのエースが姿を現す。


「……さて、と。大輔! 今日もいい音を頼むぜえ!」

「だから、俺のストレートはオメエの楽器じゃないっての!」

 そんな会話をしつつ、マウンドで話し合う大輔と敦。一流同士の会話というものは、遠くから見るものに、その格の高さを見せるものである。そんな意図はないにしろ、周囲の者は二人がそうやっているだけで、威圧感を覚えるのだ。


 ――目の前にいるこの二人は、自分たちよりも遥か上にいるのではないか――そんな錯覚を生み出す。


 だが、そう簡単に屈しないからこそ、白龍高等学校のスタメン。バッターボックスに向かう和哉は、冷静に大輔を見る。

 データではどのような投球をするかは知っていた。テレビでも取り上げられたことがある。140km/hオーバーのストレートに落差ある縦の高速スライダー。典型的速球本格派で、奪三振を多く獲る投手。警戒すべきはストレートと縦スライダー。コントロールがいいわけではないから、甘い球を狙い打つか際どい球を見逃していくのが定石だろうと和哉は踏み、軽く作戦を立てる。

 打てない投手じゃない。いくら一流とはいえ、全部の打者を完全に抑えることなどできないのだから。


 ――だが、その程度じゃない。和哉はこの時点で大きなミスを犯していた。


 敦がミットを構え、大輔は振りかぶる。それを見て、和哉は集中力を高める。打つ、そう心に決めてバットを構える。

 大きい投球フォーム。大きいテイクバック。それは無駄が多いようにも見えるが、そう言う意味ではない。より球に力を加えるための手段であり、無駄というわけではない。そして、大輔は大きく左足を踏み出し、長い腕をしならせて球を放つ。

 最速145km/hをマークするストレートか、あるいは落差ある縦スライダーか。この時点ではわからない。

 だが、ここで和哉はストレートと読んだ。故に、ストレートのタイミングでスイングを始動させる。

 打ってみせる、そう思ってスイングをした。タイミングもバッチリだとそう思っていた。


 ――思って、いたのだ。


 球は和哉の思っていたよりもミット寄りにあった。しまったと思っても、もう間に合わない。

 しかし、そこで当ててこそバッターというもの。打ってみせると決めていた和哉は当てに行こうと少し無理な体勢でのスイングに切り替える。――だが、そんなことは無意味だった。

 球はそのバットの上を通過してゆく。タイミングだけではない。上下にもズレが生じている。ここで、和哉は始めて打てないかもしれないと感じた。


 響き渡るミットに球が入った際の快音。敦はその音に酔いながらも、背後の球審の宣言を確かに聞いた。

「ストライクッ!」

「いやあ……やっぱりいい音だぜ……これでこそピッチャーってやつだぜ……わかるか? この音が?」

 そんな事を呟きつつ、敦は大輔に球を返す。その呟きに何も返答はなく、和哉はただ先程の球に驚くしかできなかった。


「新垣大輔の厄介なところは、リリースポイントが打者寄りだって事だ。長身の選手はよく高いところから投げ下ろすと言われているが、理論上、そんなに差はないはずなんだ。投手とミットの間は18メートルも離れているんだ。高さが10センチメートル変わるぐらいで、角度は然程変わりゃしないんだ」

 和哉が三球三振に討ち取られてベンチに戻ってきた時に、健助は説明を始めた。そんな健助に、そうなる前に説明しろ、と言わんばかりにベンチにいた泰助の彼女であるマネージャーが健助の頭を下敷きで叩いた。快音が響き渡り、健助はあいたたた、という声を漏らしつつも説明を始めた。

「じゃあ、何が違うかと言えば、リーチの長さによってリリースポイントが他の投手よりも打者に近いという事だ。これの何がヤバイかと言えば、到達時間が違うってことだ。同じ球速、球威だとしても、打者に近いリリースポイントだった場合、より球速が速く、球威があるように感じるんだ。これは、ストレートにも変化球に言える……それがヤバイ。そして、わかりやすい対策がない。ただ打撃能力に優れた選手でなければ打てない――そういうタイプのピッチャーなんだよ、あいつは」

 そう言って、健助はバッターボックスに立つ秀幸を見た。

「……松居は……多分、打てないかもしれない」

 その一言に、一、二年生は首をかしげる。だが、その一言に納得が言ったのか、泰助は頷いた。

「そうだね。確かに、松居君はいいバッターだ。東京都随一のバットコントロールがある。だけど、彼には弱点がある」

「弱点、ですか……?」

 泰助の一言に、真吾はそう問うた。

 真吾にはどうも納得がいかなった。否、一年生と二年生の誰もが泰助の一言に対して疑問を抱いていた。なぜ、そんな事が言えるのか、と。

 秀幸は優れたバッターだ。バットコントロールに優れ、長短打を打ち分けることのできる万能選手。ここまでの通算打率からして、彼ほど安定感あふれるバッターはいない、と三年生と監督を除く全員が思っていた。確信していた。

「……松居はいいバッターだ。それは間違いない。だけど、松居の弱点は、アイツを相手にするにはあまりに致命的なんだ……」

 そんな健助の言葉。

 健助がその一言を言い終えた直後、大輔がおおきく振りかぶって、秀幸への初球を放つ――


 四回表

 白龍1-1港星北

 白龍攻撃中

 打者、松居秀幸。





To be continued...

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ