語源
むかしむかし。
ある長屋に、たいそう仲のよい女房が三人おりまして。
亭主の愚痴を言い合うのが、毎朝の日課でございました。
「うちの亭主は、まったく役に立たないよ」
「うちもだよ。肝心なときに限ってねぇ」
「うちはもう、期待するのをやめたよ」
三人は顔を見合わせ、ため息をつきました。
そこへ、通りがかった八百屋の若旦那。
「なんだい、朝っぱらから亭主の悪口かい」
「悪口じゃないよ。事実だよ」
「へぇ。何がそんなに役に立たねぇんだ?」
女房たちは黙りました。
ひとりが頬を赤らめ
ひとりが空を見上げ
もうひとりが小さく笑いました。
「まあ、あんたも男なら、そのうちわかるよ」
八百屋は首をかしげて帰っていきました。
*
その日の夕方。
八百屋は魚屋に言いました。
「おい、聞いたか。あそこの長屋の亭主たちは、みんな役立たずらしいぞ」
「何の役だい?」
「それがわからねぇんだ」
翌日には町中に広まりました。
大工も、左官も、呉服屋も。
男たちは互いの顔を見ては、妙に気まずそうにするのでございます。
やがて町内の寄り合いで、ご隠居が言いました。
「そもそも、役立たずとは何のことじゃ?」
誰も答えません。
「仕事のできぬ男のことでしょうか」
「いや、そうとも限らん」
「力のない男でしょうか」
「それも違うらしい」
「では、いったい何の役なんです?」
ご隠居は長いこと考え、ぽつりと言いました。
「わしにもわからん。ただひとつ、確かなことがある」
「何でしょう」
「女房に聞く勇気のある男が、ひとりもおらん」
一同、うなだれました。
*
さて、聞けないとなると、男というものは妙な方へ走ります。
大工は夜な夜な、金槌の素振りを始めました。
左官は壁に向かって、ひたすら何かを塗り込んでおります。
呉服屋は鰻を食べすぎて、鼻血を出しました。
そこへ、商売っ気の強い八百屋の若旦那。
「役に立たねぇ男にゃ、これが一番だ。うちの大根を食いな」
「大根が効くのか?」
「効くとも。大根は昔から、何を食っても当たらねぇっていうじゃねぇか」
「当たらねぇのが、いいのか?」
「そりゃあ、悪いよりいいだろう」
男たちは顔を見合わせ、頷き合いました。
その夜、町中の大根が売り切れました。
*
翌朝。
長屋の亭主たちは、大根を抱えて井戸端に勢ぞろい。
真剣な顔で、大根をにらんでおります。
女房たちは呆れ顔。
「あんたたち、大根なんか抱えて何してるんだい」
「役に立ちたいんだよ」
「だったら、まずその大根をおろしておくれ」
「おろせば効くのか?」
「夕飯の支度ができるんだよ」
女房たちは腹を抱えて笑いました。
そこへ、ご隠居が杖をついてやってまいりました。
片手には、半分ほどかじった大根。
「何を騒いでおる?」
「ご隠居まで大根を?」
「いや、これはその……歯の鍛錬じゃ」
女房たちは顔を見合わせました。
「ご隠居、昨日は何もわからんとおっしゃってましたねぇ」
「うむ。じゃが、一晩考えて、ひとつわかったことがある」
「何でしょう?」
「大根は、何を食っても当たらぬという。芝居でも、当たらぬ役者を大根役者と呼ぶそうじゃ。諸説あるがの」
「じゃあ、うちの亭主も大根役者かい?」
「そういうことになるかのう」
すると、ひとりの女房がにっこり笑いました。
「いいえ、ご隠居。大根役者なんて、もったいない」
「なぜじゃ?」
「大根は、おろせば役に立ちますから」
「では、亭主は?」
「毎朝おろしてますが、さっぱり役に立ちません」
おあとがよろしいようで。




