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パワハラ上司に裁判で勝訴して、慰謝料110万勝ち取って会社を辞めた。――これが俺の人生最高の瞬間だと思っていた。  作者: 品川太朗


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8/10

第8話「勝利」

ついにこの日がやってきました。

孤独な戦いを続けてきた宮坂君に、裁判所が下した判断は「全面勝訴」。


正義は証明され、悪は裁かれる。

完璧なまでの成功体験に酔いしれる彼の姿をご覧ください。


 東京地方裁判所、民事部法廷。


 張り詰めた空気の中、裁判官の声が朗々と響き渡った。


「主文。被告らは、原告に対し、連帯して金110万円及びこれに対する……」


 その瞬間、俺の脳内でファンファーレが鳴り響いた。


 勝った。

 俺は、勝ったのだ。


「……被告三浦による『今後三ヶ月間、ミスをゼロにせよ』との業務命令は、社会通念上、達成困難な過大要求に該当し、パワーハラスメントの範疇を逸脱するものであると認められる。また、指導の過程における言動も、原告の人格権を侵害する違法なものであり――」


 裁判官が読み上げる判決理由は、まるで俺への賛美歌のようだった。


 俺がこれまで訴えてきたこと――「無理難題を押し付けられた」「不当に傷つけられた」という主張が、国家権力によって「真実」であると証明されたのだ。


 俺は横目で被告席を見た。


 三浦課長は、じっと手元の資料を見つめ、微動だにしない。

 人事部長の高瀬も、能面のような表情を崩していない。


 ざまあみろ。


 内心では悔しさで腸が煮えくり返っているはずだ。

 会社の看板に泥を塗られ、金までむしり取られるのだから。


 閉廷後、俺は弁護士と握手を交わした。


「おめでとうございます、宮坂さん。全面勝訴と言っていい内容ですよ」


「ありがとうございます。先生のおかげです」


 俺は高揚感で顔が歪むのを抑えられなかった。


 そこへ、高瀬部長と三浦課長が歩み寄ってきた。


 ついに謝罪か? 土下座でもするか?


「宮坂君」


 高瀬部長の声は、拍子抜けするほど平坦だった。


「判決の内容、真摯に受け止めるよ。……三浦」


「……はい」


 促された三浦課長が、俺に向かって深々と頭を下げた。


「この度は、私の指導における不適切な言動で、宮坂君を深く傷つけてしまい、申し訳ありませんでした」


 その声には、感情が一切乗っていなかった。


 まるで、用意された台本を読み上げるような、機械的な謝罪。

 顔を上げた彼女の目は、俺を見ていなかった。

 俺の後ろにある壁か何かを見ているような、虚ろな瞳。


(なんだ、その目は……)


 もっとこう、あるだろう。

「私が間違っていました」と涙ながらに悔いるとか、「許してください」と懇願するとか。


 これではまるで、事務処理の一つが終わっただけみたいじゃないか。


「賠償金については、速やかに指定の口座へ振り込む手続きをとる。控訴はしない」


「……え?」


 俺は耳を疑った。


 控訴しない? 一発で認めるのか?


「会社として、司法の判断を尊重するということだ。それでは」


 高瀬部長はそれだけ言うと、踵を返した。

 三浦課長も、もう俺には一瞥もくれず、その後ろをついていく。


 背中が遠ざかる。


 俺は慌てて声を張り上げた。


「お、おい! それだけかよ! 俺は勝ったんだぞ! あんたたちの負けなんだぞ!」


 彼らは一度も振り返らなかった。

 ただ淡々と、法廷の出口へと消えていった。


 ……まあいい。負け惜しみだろう。


 あんなに惨めな敗北を喫したのだ。

 早くこの場から立ち去りたかったに違いない。


 俺の手元には、確かな勝利の証がある。


 110万円。


 金額の問題ではない。これは、俺の価値の証明だ。


 俺はスマートフォンを取り出し、判決文の表紙(個人名は隠して)を撮影した。

 震える指でSNSに投稿する。


『完全勝利。裁判所が俺の正しさを認めてくれた。会社とパワハラ上司に、正義の鉄槌を下してやったぞ!』


 瞬く間に「いいね」がついた。


『おめでとうございます!』

『勇気ある行動、尊敬します』

『悪い奴らが裁かれてスッキリしました』


 画面の中で弾ける称賛の嵐。

 これだ。俺が求めていたのは、この瞬間だ。


 俺は間違っていなかった。

 無能なのは会社の方だったのだ。


 俺は法廷のロビーで、天井を仰いだ。

 今までで一番、空気がうまく感じる。


 俺の人生の第2章は、ここから輝かしく始まるのだ。


 ――あんな会社、もう用済みだ。


 こんなに優秀な俺が、いつまでもあんな掃き溜めにいる必要はない。

 勝者の凱旋として、最後にあっさりと辞めてやるのが一番の復讐だろう。


 俺は勝ち誇った笑顔のまま、次の行動を決めた。

お読みいただきありがとうございました。


110万円の賠償金と、上司の謝罪。

SNSでの熱狂的な祝福を受け、宮坂君の人生は絶頂を迎えます。


しかし、一発も反撃してこない会社の「潔すぎる敗北」に、どこか違和感を覚えなかったでしょうか。

彼が「勝った」と確信したその瞬間、本当の幕引きが始まります。


次回、勝者の凱旋。

第9話「完全勝利の代償」


泥舟から脱出するヒーローのつもりで出した辞表。

その先に待っているのは、青空か、それとも――。


最後まで見届けたい方は、ぜひ【☆☆☆☆☆】の評価で応援をお願いします!

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