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パワハラ上司に裁判で勝訴して、慰謝料110万勝ち取って会社を辞めた。――これが俺の人生最高の瞬間だと思っていた。  作者: 品川太朗


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第7話「静かな日常」

訴訟中のオフィス。

怒号が飛び交う修羅場を想像されるかもしれませんが、現実はもっと「静か」でした。


誰も叱らない、誰も注意しない。

宮坂君が手に入れた、ストレスフリーな楽園の正体とは……。


 訴訟が始まってから、会社は劇的に変わった。


 いや、正確には「俺の周りの世界」だけが、凪のように静まり返ったのだ。


「おはようございます」


 俺が出社して挨拶をすると、周囲の社員たちは一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らす。


 以前のような陰口や、嘲笑めいた視線はない。

 ただ、小さく会釈をして、それぞれの業務に戻っていくだけだ。


(ふん、大人しくなったな)


 俺は心の中で勝ち誇った。


 やはり、法という正義の鉄槌を下した効果は絶大だ。

 彼らは俺を恐れている。

 下手に刺激して、第二、第三の訴訟を起こされるのが怖いのだ。


 俺は悠々と自席に座り、パソコンを立ち上げた。

 仕事は変わらずデータ入力だ。


 だが、以前とは決定的に違うことが一つある。

 誰も、俺の仕事に文句を言わなくなったのだ。


 俺は今日も、マニュアルを無視した自己流のフォーマットでデータを打ち込んでいく。

 以前なら三浦課長が飛んできて、「やり直し」を命じた場面だ。


 しかし今は、誰も何も言わない。


 完成したデータを共有サーバーに上げ、報告メールを送る。


「……お疲れ様です。確認しました」


 返信は定型文のみ。修正指示はゼロ。


 当然だ。最初から俺のやり方が効率的だったのだ。

 それをようやく、彼らも認めざるを得なくなったのだろう。


 俺は、自分の才能が組織の旧態依然としたルールをねじ伏せたことに、強烈な全能感を覚えていた。


 昼休み。

 俺はデスクで一人、コンビニ弁当を食べながらSNSをチェックする。


『会社側は沈黙を貫いているようですね。図星だから反論できないんですよ』

『裁判所が動けば、彼らもパワハラを認めざるを得ない。応援してます!』

『自分を貫く姿勢、かっこいいです』


 スマートフォンの画面の中で、俺は英雄だった。


 会社では誰も俺に話しかけてこないが、ここには数えきれないほどの「理解者」がいる。


 孤独? まさか。

 俺は孤高なのだ。

 群れて傷を舐め合う社畜たちとは違う、高みにいる存在なのだ。


 午後、コピー機の近くで後輩の佐藤と鉢合わせた。

 以前なら軽口を叩いてきた彼も、今は俺を見るとサッと道を譲る。


「あ、どうぞ。宮坂さん」


「ああ、悪いな」


 俺は鷹揚に頷いて通り過ぎる。

 佐藤の顔は引きつっているように見えた。恐怖に怯える小動物のようだ。


 かつて俺を見下していた人間が、俺に道を譲る。

 この逆転劇こそが、戦いの醍醐味だ。


 ふと、視界の端に三浦課長の姿が入った。

 彼女は電話対応に追われているようで、眉間に深い皺を刻んでいる。やつれたようにも見える。


 俺と目が合うことは一度もなかった。

 まるで、そこには空気しかないかのように、俺の存在を無視して通り過ぎていく。


(逃げているんだな)


 俺はそう解釈した。

 かつての部下に訴えられ、合わせる顔がないのだろう。


 哀れな人だ。

 最初から俺の能力を認め、敬意を払っていれば、こんなことにはならないのに。


 定時になった瞬間、俺はパソコンを閉じた。

 残業などしない。

 俺には、次の裁判に向けて弁護士と打ち合わせをするという重要な任務がある。


「お先に失礼します」


 俺の声がオフィスに響く。

「お疲れ様でした」という返事が、数人から機械的に返ってくる。


 誰一人として、「飲みに行こう」とも「手伝ってくれ」とも言わない。


 俺は完全に、この会社のしがらみから自由になったのだ。


 エレベーターホールに向かう途中、ふとガラスに映った自分の顔を見た。

 充実した、いい顔をしている。


 これから裁判で勝ち、慰謝料を手にし、会社に謝罪させる。

 そして、その実績を引っ提げて、俺を正当に評価してくれる新しいステージへと飛び立つのだ。


 この時の俺は、気づいていなかった。


 誰も俺を叱らないのは、俺を認めたからではない。

 腐ったミカンを箱から取り出すまでの間、他のミカンに触れさせないように隔離しているだけだということに。


 修正指示がないのは、俺のデータが使われているからではない。

 俺がアップロードしたデータの横で、佐藤たちが一から全て入力し直していることに。


 俺は「腫れ物」として、丁重に、かつ徹底的に、組織から切り離されていた。


 静かな日常。


 それは平和などではなく、終わりの始まりだった。

お読みいただきありがとうございました。


自分のミスがスルーされ、後輩が道を譲る。

これを「実力の勝利」と信じ込める宮坂君のポジティブさは、もはや才能かもしれません。


しかし、組織という生き物は、不要な異物を排除する際、まずは「無菌室」に閉じ込めるものです。

静寂の裏で着々と進む、彼のいない「正しい仕事」。


次回、運命の判決。

第8話「勝利」


ついに宮坂君に、勝利の女神が微笑みます。

……そう、彼は確かに「勝つ」のです。


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