表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パワハラ上司に裁判で勝訴して、慰謝料110万勝ち取って会社を辞めた。――これが俺の人生最高の瞬間だと思っていた。  作者: 品川太朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

第4話「誰のせいだ」

正当な評価を求めた直談判。

そこで突きつけられたのは、あまりにも現実的で、あまりにも「普通」の条件でした。


ですが、プライドを拗らせた宮坂君には、それが自分を抹殺するための「呪い」に見えてしまいます。

ついに彼は、超えてはならない一線を踏み越えます。


「三浦課長、お時間よろしいでしょうか」


 定時後、人がまばらになったオフィスで、俺は三浦課長のデスクの前に立った。


 声が少し震えていたかもしれない。

 だが、これは恐怖ではない。武者震いだ。


「宮坂君。……いいわよ、第二会議室に行きましょう」


 課長はパソコンの画面から目を離し、眼鏡の位置を直すと、面倒くさそうに立ち上がった。


 その態度がすでに気に入らない。

 部下の相談に乗るのが上司の務めだろうに、まるで時間を浪費させられると言わんばかりだ。


 会議室に入り、向かい合って座る。

 無機質な白い壁に囲まれた空間は、今の俺の閉塞感そのものだった。


「で、話ってなに? 業務日報の件?」


「違います」


 俺は強く否定した。


「今後のキャリアについてです。俺が入社して三年が経ちました。ですが、任されている仕事はずっとデータ入力や資料のコピー、電話番といった雑務ばかりです」


「それで?」


「『それで』じゃないです! 俺はもっと責任ある仕事がしたいんです。例えば、今の佐藤がやっている新規プロジェクトのアシスタント、俺にやらせてください。今の雑用より、俺の発想力が活かせるはずです」


 俺は一気にまくし立てた。

 ずっと腹の中で煮えくり返っていた言葉だ。


 課長はしばらく無言で俺を見ていた。

 その目は、感情が読めないほど冷ややかだ。


 やがて、彼女は手元の手帳を開き、淡々と言葉を紡ぎ始めた。


「宮坂君。意欲があるのは結構だけど、今の君にそれは任せられない」


「……どうしてですか。俺の能力が低いとでも?」


「能力以前の問題よ」


 課長は手帳の一ページを指差した。


「先週のデータ入力、ミスが十二件あったわね。漢字の間違い、数値の桁ズレ。その前の週は、配布資料のページ順がバラバラだった。……全部、佐藤君や他のメンバーが事後処理をしているのを知ってる?」


「それは……」


 またその話か。

 俺は苛立ちを隠さずに言った。


「些細なミスじゃないですか。人間誰だってミスはします。そんな細かい箱の隅をつつくようなことばかり言って、俺の本質的な価値を見ようとしないのはおかしいですよ」


「些細なミス、ね」


 課長がため息をついた。

 その顔には、失望すら浮かんでいない。ただの「徒労感」だけがあった。


「あのね、宮坂君。その『些細なミス』すらなくせない人間に、数千万円が動くプロジェクトの管理なんて任せられないの。基礎ができていないのに、応用をやらせろと言われても困るわ」


「だから! その基礎っていうのが、俺には合わないって言ってるんです!」


 俺は机を叩きそうになるのを堪えた。


「俺は、もっと大きな枠組みで動くのが得意なタイプなんです。細かい作業は苦手でも、企画や交渉なら結果を出せる自信がある。適材適所って言葉を知らないんですか?」


「適材適所……そうね」


 課長は眼鏡を外し、疲れたように目をこすった。


「じゃあ、こうしましょう。今後三ヶ月間、今の担当業務でミスをゼロにして。一度も遅刻せず、報告・連絡・相談を完璧にこなすこと。それができたら、新しい業務への配置転換を部長に掛け合ってもいいわ」


 出た。

 無理難題だ。


 人間がやることだぞ?

 三ヶ月間ミスゼロなんて、機械じゃないんだから不可能に決まっている。


 それを条件にするということは、つまり「一生飼い殺しにする」という宣言と同じだ。


「……それが、課長の答えですか」


「ええ。今の仕事を確実にこなすこと。それが社会人の最低条件よ」


 課長は話を打ち切るように立ち上がった。

 彼女は俺の返事も待たずに会議室を出て行った。


 一人残された俺は、拳を握りしめ、歯を食いしばった。


(ふざけるな……!)


 今の仕事を確実に? 社会人の最低条件?

 よくもまあ、そんな綺麗事を。


 あいつは俺が憎いんだ。

 俺のような才能ある人間が、自分の地位を脅かすのが怖いんだ。

 だから、絶対に達成できない条件を突きつけて、俺を今のポジションに封じ込めようとしている。


 パワハラだ。

 これは明確なパワハラであり、才能の圧殺だ。


「誰のせいで……誰のせいでこんな惨めな思いをしてると思ってるんだ」


 俺の心の中で、何かが音を立てて壊れた。

 いや、壊れたのではない。「覚悟」が決まったのだ。


 会社という組織の中で、まっとうな努力や直談判は通用しないことがわかった。

 ならば、別の手段で戦うしかない。


 俺はポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面には、匿名のアカウントが表示されている。


 ここには、俺と同じように理不尽な上司に苦しめられている「同志」がたくさんいるはずだ。


 俺は震える指で、入力を始めた。


 もう我慢しない。

 この会社の腐った実態を、世の中に晒してやる。


『大手商社勤務だけど、上司からのパワハラが酷すぎる。まともな仕事をさせてもらえない……』


 送信ボタンを押した瞬間、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。

お読みいただきありがとうございました。


「ミスをゼロにしろ」という上司の言葉。

本来は成長を促すための最終試験だったのかもしれませんが、宮坂君はこれを「パワハラの証拠」として受け取りました。


スマホの画面越しに、彼は自らの正義を叫び始めます。

無責任な「ネットの同志」たちの声が、彼をどこへ導くのか。


次回、SNSの魔力に溺れる宮坂。

第5話「SNSという鏡」


現実の評価を失った男が、ネットの称賛という偽物の輝きを手に入れた時、悲劇は加速します。


引き続き応援いただける方は、ぜひ【☆☆☆☆☆】の評価やブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ