タイトル未定2026/02/03 21:12
入社から三年。
本来なら中心戦力として活躍しているはずの時期ですが、宮坂君の時計は止まったままです。
「自分は悪くない、環境が悪い」
その思考が極まった時、人はどんな行動に出るのか。
彼の「反撃」がここから始まります。
第3話「評価されない三年間」
コピー機の駆動音が、規則的なリズムで排出トレイに紙を吐き出している。
ウィーン、ガシャ。ウィーン、ガシャ。
俺が入社してから、三度目の春が過ぎようとしていた。
「……なんで俺が、まだこんなことを」
俺は小さく毒づいた。
手元にあるのは、来週の会議で使う配布資料だ。
部数を揃え、ホッチキスで止める。入社一ヶ月目の新人がやるような雑用だ。
周囲を見渡せば、同期の連中はとっくに一人立ちし、顧客を回ったり、プロジェクトのリーダーを任されたりしている。
それなのに、俺だけが時が止まったように、三年前と同じデスクで、同じような事務作業をさせられていた。
「あ、宮坂さん。コピー中すみません」
声をかけてきたのは、去年入社した後輩の佐藤だ。
爽やかな笑顔が鼻につく。
彼は入社一年ですでに大きな契約を取り、課内でも「有望株」扱いされている。
俺から見れば、単に要領がいいだけの軽薄な男だが。
「これ、以前宮坂さんにお願いしたデータ入力の件なんですけど……」
「ん? ああ、あのリストね。完璧に仕上げといたよ」
「えっと、それがですね……また顧客名の漢字がいくつか間違っていまして。『斉藤』が『斎藤』になっていたり、『渡辺』が『渡邊』だったり」
「なんだ、そんなことか」
俺は鼻で笑った。
「細かいな、佐藤は。読みは一緒だろ? 郵便物は届くんだから問題ないよ」
「いえ、請求書の発行に関わるので、正確じゃないと経理から突き返されるんですよ。……すみません、こっちで直しておくんで、データだけ共有サーバーに戻しておいてもらえますか?」
佐藤は「またか」というような顔を一瞬見せ、すぐに営業用のスマイルを貼り付けて去っていった。
なんなんだ、あいつは。先輩に対する敬意が足りない。
大体、そんな細かいミスをいちいち指摘する暇があったら、自分で直せばいいだろう。
俺はもっと大局的な仕事をするべき人間なんだ。
(三浦課長のせいだ……)
俺はコピー機を睨みつけた。
俺がこうして雑用に縛り付けられているのは、全て教育係だった三浦課長(昨年昇進した)のせいだ。
彼女は最初から俺を目の敵にし、簡単な仕事しか与えなかった。
俺がミスをすると、まるで鬼の首を取ったようにねちねちと指摘し、俺の自信を削ぎ落としてきた。
「教育係ガチャ」に外れた。それが俺の不遇の全ての原因だ。
昼休み。
食堂の喧騒を避け、俺は自動販売機コーナーの裏にある喫煙室へ向かった(俺は吸わないが、缶コーヒーを飲むのにちょうどいい死角がある)。
そこへ、話し声が近づいてきた。
さっきの佐藤と、今年入ったばかりの新人女子だ。
「……でさ、また宮坂さんがやらかしてて」
「えー、またですか? 佐藤先輩も大変ですね」
俺の心臓が跳ねた。
聞き耳を立てるつもりはなかったが、足が止まる。
「本当だよ。簡単な入力作業なんだけどさ、なんでか毎回オリジナルのルールで作っちゃうんだよな。マニュアル通りやってくださいって何度言っても、『こっちの方が効率的だ』って聞かなくて」
「うわぁ……。私、絶対一緒に仕事したくないです」
「三浦課長も仏だよな。普通ならとっくに総務行きか、リストラ候補だぜ? 『彼にも良いところはあるから』って庇い続けてるけど、正直、俺たちの負担になってるっていうか……」
「三年目であれって、ヤバくないですか?」
「シッ、声が大きいって。……まあ、関わらないのが一番だよ」
二人の笑い声が遠ざかっていく。
俺は缶コーヒーを握りしめたまま、震えていた。
悔しさ? いや、違う。
怒りだ。
(あいつら、何も分かってない……!)
佐藤は、俺の仕事を横取りして点数を稼いでいるだけのハイエナだ。
新人は、何も知らないくせに先輩の尻馬に乗って陰口を叩く世間知らずだ。
そして三浦課長。
「庇っている」だと? ふざけるな。
俺をこんな雑用係に押し込めて、成長の機会を奪ったのは彼女だ。
その罪滅ぼしのためにクビにできないだけだろう。
それを「仏」だなんて、よくもまあ印象操作ができたものだ。
俺の評価が低いのは、俺の能力のせいじゃない。
周囲が俺の「扱い方」を間違えているからだ。
あるいは、俺の才能に嫉妬して、よってたかって足を引っ張っているに違いない。
「……許さない」
冷めきったコーヒーを一気に飲み干す。
苦い味が口いっぱいに広がった。
会社という組織は腐っている。
まともな人間が馬鹿を見て、要領のいい人間や、無能な上司に媚びる人間だけが得をする。
三年も我慢した。もう十分だろう。
俺は決意した。
このまま飼い殺しにされてたまるか。
近いうちに、三浦課長に直談判してやる。
俺の実力に見合った仕事を寄越せと。
もしそれが叶わないなら――俺にも考えがある。
ゴミ箱に空き缶を投げ入れる音だけが、虚しく響いた。
お読みいただきありがとうございました。
後輩からの冷ややかな視線、そして「庇われている」という残酷な真実。
普通ならここで自分を振り返るところですが、宮坂君の鋼のメンタル(と歪んだプライド)は、それを「自分への嫉妬」へと変換してしまいました。
怒りに震える彼が選ぶ、次なる一手とは。
次回、いよいよ上司への直談判。
第4話「誰のせいだ」
決裂。そして物語は、ビジネスの枠を超えた泥沼へと突き進みます。
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