表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パワハラ上司に裁判で勝訴して、慰謝料110万勝ち取って会社を辞めた。――これが俺の人生最高の瞬間だと思っていた。  作者: 品川太朗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

第2話「聞いていない男」

仕事において「言った・言わない」の論争ほど不毛なものはありません。

ですが、もし相手が「本気で言われていないと信じ込んでいる」としたら……?


自信過剰が招く、新人類(?)の恐るべき仕事術(笑)をご覧ください。


 入社から一ヶ月が経った。


 会社の雰囲気にも慣れ、俺は順調に仕事をこなしている――と、自分では思っている。


 だが、教育係の三浦先輩はそうでもないらしい。

 最近、彼女の小言が増えてきたように感じるのだ。


「宮坂君、ちょっといい?」


 午後のけだるい時間帯、三浦先輩がデスクのパーティション越しに声をかけてきた。


 またか、と俺は内心で溜息をつく。


「はい、何でしょうか」


「来週の会議資料の作成をお願いしたいの。これ、前回の議事録と、必要なデータのリスト。締め切りは金曜日の午前中まで」


 三浦先輩は手際よく指示を出し、いくつかのファイルを俺のデスクに置いた。


 会議資料作成。また地味な裏方仕事だ。

 そろそろ俺を営業の前線に出してくれてもいいと思うのだが。


「分かりました。金曜の午前ですね」


「あと、今回の会議は役員も出席するから、数字の単位は『千円』じゃなくて『百万円』で統一して。それと、グラフはモノクロ印刷でも見分けがつくパターンを使ってね。これ重要だから」


「はい、了解です」


 俺は元気よく返事をした。


 数字の単位と、グラフの色。簡単なことだ。

 わざわざメモを取るまでもない。


 三浦先輩は俺の手元をチラリと見た。

 俺がペンを持っていないことに気づいたのだろう。


「……メモ、取らなくて大丈夫?」


「あ、大丈夫です。頭に入ってますから」


 俺は自分の記憶力を指差して見せた。


 いちいちメモを取る時間があったら、すぐに作業に取り掛かった方が効率的だ。

 それに、メモを取る姿というのは、どこか「覚えが悪い人間」のように見えてカッコ悪い。


 できるビジネスマンは、要点を瞬時に把握して動くものだ。


「そう……。ならいいけど、間違えないでね」


 先輩は少し不服そうな顔をして戻っていった。

 心配性すぎる。俺を信用していない証拠だ。


 ***


 金曜日の朝。


 俺は完成した資料を自信満々で三浦先輩に提出した。


 デザインにも凝ったし、見栄えは完璧だ。

 これなら役員たちの目にも留まるだろう。


「先輩、資料できました! 確認お願いします」


「ありがとう。早かったわね」


 先輩は資料を受け取り、パラパラとページをめくった。


 しかし、数秒もしないうちに、その手が止まる。


「……宮坂君」


「はい! どうですか? 今回はレイアウトも工夫して――」


「これ、単位が『千円』のままになってる」


「え?」


 俺は覗き込んだ。

 確かに、表の右上の単位には(単位:千円)と書かれている。


「あれ? おかしいな。前の議事録と同じフォーマットを使ったんですけど」


「だから、今回は役員が出るから『百万円』にしてって言ったわよね?」


 三浦先輩の声のトーンが、少しだけ下がった気がした。


「えっと……そうでしたっけ?」


 俺は記憶を辿る。


 確かに「数字に気をつけて」とは言われた気がする。

 でも、「単位を変えろ」なんて具体的な指示があっただろうか?


 いや、ないはずだ。もし言われていれば、俺が忘れるはずがない。


「言ったわよ。グラフもそう。これ、カラーで見れば分かるけど、モノクロコピーしたら青と緑の区別がつかなくなるわよ。パターンを変えてって言ったはず」


「いや、先輩。そこまでは聞いてないですよ」


 俺は思わず反論した。


「『重要だから気をつけて』とは言われましたけど、具体的な指定までは……。もしそうなら、最初に指示書か何かで渡してくれないと困ります」


「口頭で伝えたし、念を押したわ。『メモ取らなくて大丈夫?』って聞いた時に、君は『頭に入ってる』って言ったじゃない」


 三浦先輩の目が、冷たい光を帯びて俺を射抜く。


 なんだ、その言い方は。まるで俺が嘘つきみたいじゃないか。


「先輩、記憶違いじゃないですか? 俺、言われたことはちゃんとやる主義なんで」


「……はあ」


 三浦先輩は、諦めのような、深いため息をついた。


 その態度に、俺の中でカチンとくるものがあった。

 自分の指示漏れを部下のせいにするなんて、上司としてどうなんだ。


「もういいわ。私が直すから、君は別の仕事をしていて」


「いや、俺がやりますよ。指示さえちゃんとしてくれれば、すぐに直せますから」


「いいの。時間がないから」


 先輩は俺から資料を取り上げると、自分のデスクで猛烈な勢いで修正を始めた。


 俺は手持ち無沙汰に立ち尽くすしかなかった。


(なんだよ、あの態度……)


 俺は自席に戻り、ドカッと椅子に座った。


 理不尽だ。


 きっと先輩は忙しくて、自分が何を言ったか忘れているんだ。

 それなのに、俺の「聞いていない」という主張を一蹴して、自分が被害者のような顔をする。


「宮坂君、ちょっと」


 今度は、奥の席に座っていた課長が顔を上げた。

 三浦先輩の上司にあたる人だ。


「君ね、三浦君の話はちゃんと聞きなさい。彼女、君の指導計画書を作るのに毎日残業してるんだぞ」


「はあ……すみません」


 課長までグルか。


 組織というのは恐ろしい。

 先輩が課長に俺の悪口を吹き込んでいるに違いない。

「宮坂君は話を聞かない」とか、あることないこと報告しているのだろう。


 俺は悪くない。


 悪いのは、曖昧な指示しか出せない先輩と、それを鵜呑みにする上司だ。


 俺の優秀さが正当に評価される日は、まだ遠そうだ。


 俺はふてくされたようにパソコンの画面に向かった。


 しかし、俺の記憶の中では、本当に三浦先輩の口から「百万円」という言葉は発せられていなかったのだ。


 俺の脳が、都合の悪い情報を無意識に削除していることになど、気づく由もなかった。

お読みいただきありがとうございました。


メモを取らずに「頭に入ってますから」と豪語し、ミスをすれば「聞いていない」と逆ギレ。

宮坂君のモンスター新戦力ぶりが加速してきましたね。


彼の主観では「自分は被害者」ですが、周囲から見れば「話の通じない厄介者」。

このすれ違いが、数年後、とんでもない事態を引き起こします。


次回、時は流れて入社三年。

第3話「評価されない三年間」


まだ「新人だから」で済まされていた彼の周囲に、いよいよ冷たい風が吹き始めます。


続きが気になる方は、ぜひ【ブックマーク】や評価での応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ