第1話「期待の新人」
皆さんの周りに「自分は有能だ」と信じ込み、独自のルールで周囲を振り回す新人さんはいないでしょうか?
これは、そんな「期待の新人」が、組織という巨大なシステムにどう向き合い、そしてどう「解決」されていくのかを描いた物語です。
どこにでもいそうな、けれど一番関わりたくない男の末路を、最後まで見届けていただければ幸いです。
春の日差しが、真新しいオフィスの窓ガラスに反射して眩しく輝いている。
俺、宮坂恒一は、今日から大手商社「東栄トレーディング」の一員としての歩みを始める。
パリッとした新品のスーツに袖を通し、鏡の前でネクタイを締め直した時、俺は確信した。
ここが、俺のステージだ。
大学時代、ゼミの教授にも言われたことがある。
「宮坂君は、型にはまらない発想力があるね」と。
日本の古臭い年功序列企業には染まりたくないが、東栄トレーディングなら、実力主義の風潮があると聞いている。
俺のような、自分で考えて動ける人間こそが求められているはずだ。
「――では、宮坂君。君の教育係を担当する三浦だ。よろしく頼む」
配属された営業三課で紹介されたのは、三浦望という女性社員だった。
年は俺の四つ上。
キリッとした眉に、無駄のない動き。
いかにも「仕事ができます」というオーラを出しているが、少し堅苦しそうなタイプだ。
正直、こういうマニュアル人間っぽい先輩が教育係というのは、俺の自由な発想を殺されそうで少し不安になる。
「よろしくお願いします、三浦先輩! 早く戦力になれるよう、なんでもやりますから!」
俺は元気よく挨拶をした。第一印象は完璧だろう。
三浦先輩は淡々とした表情で頷くと、デスクに積まれた分厚いファイルを指差した。
「やる気があるのはいいことだわ。まずは、この顧客データの入力を頼みたいの。マニュアルはこれ。独自の略語が多いから、必ずこの通りに入力して」
「はい、分かりました!」
データ入力か。
正直、俺のような人間にやらせる仕事としては単純すぎる気もする。
もっとこう、企画会議に参加させるとか、現場の空気を吸わせるとかあるだろう。
だがまあ、最初の一歩だ。
下積みを経験するのも、のちに成功した時のエピソードトークとしては悪くない。
俺はパソコンに向かい、入力を始めた。
マニュアルを開く。
細かい字でびっしりとルールが書かれている。
『(株)は使用不可、株式会社と正式名称で記述』
『担当者名は苗字と名前の間に全角スペース』
『電話番号はハイフンなし』
(細かいな……)
いちいち確認しながら打つのは効率が悪い。
要は、データとして登録されていればいいのだ。
電話番号なんてハイフンがあった方が見やすいに決まっているし、株式会社なんて(株)で通じる。
俺は自分なりに効率化を図ることにした。
マニュアルを一言一句追うのではなく、直感的に見やすい形式でサクサクと進めていく。
俺のタイピング速度は速い。
周囲の社員たちが電話対応や打ち合わせに追われる中、俺のキーボードを叩く音だけが軽快に響いていた。
「よし、終わりました!」
昼休憩の少し前。
俺は予想以上の早さで仕事を終え、三浦先輩に報告した。
先輩は目を丸くしている。
「もう? 早いわね。ちょっと確認するから待っていて」
ほら見ろ。俺はできる男なのだ。
普通の新人なら一日かかる仕事を、半日で終わらせた。
これで俺の評価も「単なる新人」から「期待のルーキー」へと変わるはずだ。
俺は誇らしげに胸を張り、次の指示を待った。
しかし、画面をスクロールしていた三浦先輩の眉間には、徐々に深い皺が刻まれていった。
「……宮坂君」
「はい! 次はどんな仕事ですか?」
「これ、マニュアル読んだ?」
「ええ、一通り目を通しましたけど」
嘘ではない。ざっと見た。
その上で、俺なりの最適解を出したのだ。
「電話番号にハイフンが入っているし、社名も略称のまま。これだと、基幹システムに取り込んだ時にエラーが出るのよ。全部やり直し」
「えっ?」
俺は思わず声を上げた。
やり直し? 全部?
「いや、でも先輩。こっちの方が見やすくないですか? システム側でハイフンを除去する設定にすればいい話で、入力の段階で人間が気を使うのは非効率だと思うんですが」
俺は論理的に反論した。
会社のシステムが古いのが悪いのであって、俺の入力ミスではないはずだ。
だが、三浦先輩は冷ややかな目で俺を見つめ返した。
「システムの改修議論は今の君の仕事じゃないわ。君の仕事は、決められたルール通りにデータを入力すること。違う?」
「……はあ。すみません」
俺は不承不承、頭を下げた。
正論かもしれないが、融通が利かない。
これだから頭の固い人間は困る。
俺のポテンシャルを見ようともせず、些細な形式ミスで全否定か。
「次は気をつけて。期待しているんだから」
三浦先輩はため息混じりにそう言った。
期待している。その言葉だけは受け取っておこう。
彼女も、俺のスピード自体には驚いていたはずだ。ただ、形式にうるさい性格なだけだろう。
俺は席に戻り、データを修正し始めた。
面倒くさい作業だ。
こんな誰にでもできる仕事、さっさと終わらせて、もっと俺の才能が活きる仕事を見つけなくては。
窓の外には、どこまでも広がる青空が見える。
俺の未来も、この空のように明るいはずだ。
まだ初日。
これから俺の実力を見せつければ、三浦先輩も、会社も、俺を認めざるを得なくなる。
俺はそう信じて疑わなかった。
この時の俺は、自分が「間違えている」可能性なんて、これっぽっちも考えていなかったのだ。
第1話をお読みいただきありがとうございました。
「マニュアルよりも効率を重視する俺、かっこいい」
そんな宮坂君の自信満々な姿、いかがでしたでしょうか。
次回、入社から一ヶ月。
彼はさらに「自分のスタイル」を貫き、教育係の三浦先輩を追い詰めていきます。
第2話「聞いていない男」
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