表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

9:境界に立つ者

施設への侵入を決意した七海。しかし、決行は今すぐというわけにもいかない。マサトと俊之を残し、ひとり図書館を出た。日課をこなすために。早朝から村井のもとを訪ねたこんな日でも、給水所に行かなければ体が持たない。


(水なしで生きられたらいいのに…)


七海は、やるせなさで胸が締めつけられた。しかし、そんなことは願うだけ無駄だと、とうに分かっている。だからこそ、現状を変える"何か"を探しに村井のところへ行ったのだ。


門を出たところで、人の気配を感じた。


「久しぶりね。」


姿を現したのは、七海が知っている…いや、知っているはずなのにそうとは見えない人物だった。


「歩美!?」


前園歩美。


七海のことを"小川みたい"と例えた、元同期の歩美である。七海が研究所で志を同じくしていた頃、歩美の笑顔は"太陽みたい"だった。それが今は──すべての感情を忘れてしまったかのような無表情だ。


「久しぶり。…なぜ、ここに?」


七海は、緊張した声で尋ねた。


「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない?そうね…いろいろ省略して言うと、今は私、あの造水施設の人間よ。」


「えっ…」


七海は、一瞬驚いたが、すぐに歩美が省略した部分を推しはかることができた。


「それじゃ、今は村井さんと…」


「そうね…"上司"というのが近いかしら。雇い主というわけでもないし。」


歩美は、そこで言葉を切った。そして、身につけていた小さなポーチから、何かのリモコンのようにも見える小型のデバイスを取りだした。


「ごめんなさい、あまり時間は無いの。これだけ、七海に渡したくて…」


言葉が終わるか終わらないかのうちに、既にそれは、七海の手に握らされていた。


「…これは?」


「"ホットライン"よ。直接、私に繋がる。いらないなら石か何かで叩き潰しておいて。判断は、あなたに任せる。」


七海は、どうリアクションを取っていいのか分からず、ただじっと歩美を見つめた。歩美は、その視線を避けるように目を伏せ、言った。


「この町の秩序は、"血水"で保たれている。装置を止めようとすれば、当然…分かるわよね?」


小さく頷く七海。それが分からないほど、七海も平穏な人生を歩んできたわけではない。


「歩美は…味方なの?それとも…」


「それは、私が決めることじゃない。」


そう答える歩美の無表情は変わらない。


「忠告はしたわ。でも、それ以上は…」


何か言いたそうにして言葉を飲みこむ歩美。不意にアラーム音が鳴る。


「リミットね…。じゃ、行くわ。」


歩美は、足早にその場を去った。あまり自由の無い身であることが、行動から、そして言葉からも滲みでている。歩美の真意は分からなくても、リスクを負ってまでここに来たということの重みだけは、七海の心にずっしりと響いていた。


七海は、手の中にある"ホットライン"を握りしめた。これを繋ぐのは何が起きた時なのか、また、繋がったら何が起きるのか、今はまだ分からない。しかし、自分のひとつひとつの選択がその答えを作っていくことを、七海は強烈に自覚せざるを得なかった。


そして、給水所へと歩きだす。たとえ同じ場所でも、昨日とはまったく意味の変わったその場所へ。歩美が自分に託した"ホットライン"は、自分の選ぶ"未来"へと繋がっている──そんな思いを胸に抱きながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ