4:密閉された命
「これを私に見せる目的は何なんですか?」
一向に答えの返ってこないその問いを、七海は少し苛立ちながら再びぶつけた。
村井は、やはり答えない。
「さっきも言っただろう?君に現実を知ってもらいたい、と。」
だから、それがいったい何のためなのか…解決しない問いを抱えたまま、七海は、歩きだす村井の後ろに続くしかなかった。
案内されたのは、施設のさらに奥。不自然なほどに冷んやりとした地下通路を抜ける。七海が村井に連れられ辿りついたのは、この施設の中枢であり、ごく限られた者だけが立ち入ることを許された一室だった。
「この扉の先に、君が見るべきものがある」
村井の言葉に、七海は無言で頷いた。
中に入ると、巨大な装置が静かに稼働していた。壁一面に金属のパイプが走り、いかにも複雑なものを"作って"いるということが見て取れる。
金属臭とも少し違うような、嫌なニオイが鼻をつく。磨かれすぎた清潔な空間なのに、その空気の悪さが不気味だった。
パイプが繋ぐのは、いくつもの銀色のタンクだ。それぞれのタンクの中に、村井の研究の成果が詰まっているのだろう。中でもひときわ目を引くのが、人の大きさほどもあるタンク。パイプが走る壁とは反対側の壁際に、そのタンクがずらりと並ぶ。
目を引く理由は、一目瞭然である。大きさや並べ方のせいではない。そのタンクだけが、完全な銀色ではなく透明な部分があり、中身が見えているのだ。
七海は、固まっていた。
タンクの中は液体で満たされ、そこに浮かぶのは──
「これが、いま人類を支えている"水源"だ」
村井の声には誇りすら滲んでいた。
「個人差はあるが、一人分の血液から概ね1リットルほどの血水精製を実現できている。効率は悪くない。」
目を閉じ、息をしている様子もなく、タンクの中を漂う血液提供者たち。その体からは、幾筋ものチューブが伸びており、それらによって生命維持だけはされている模様だ。しかしそれは、あくまで身体上の生存でしかなかった。彼らはきっと、自らの血がどう使われているのかも知らぬままだろう。
「なぜこんなことを!」
七海は目を背けた。人がまるで"部品"のように扱われる光景には、激しい嫌悪感しか湧かなかった。
「落ち着きなさい。感情論では、人類を救えない。」
村井は、冷静に話しつづけた。
「ここまで来るのに、私は多くを捨てた。そしてようやく、この装置を完成させたんだ。君のような理想主義者と共に研究を続けていては、成し得なかったことだろう。」
七海は言葉を失った。
かつて自分がいた研究所の信じた"水"の未来が、目の前のこの光景だとするならば、それは、七海の信じた理想とはまったくの別物だった。
室内には、装置から発せられる単調な機械音だけが響いている。何かを叫びたい心とは裏腹に、七海の口からは、何の言葉も出てこなかった。その沈黙こそ、この世界が直面する、あまりにも静かな"現実"だった。