3 その文字
「へあっ!?」
麗しいご尊顔でなにか凄いことを言われた気がする。ジニアの顔は一瞬で赤く染まった。
そ、そそ傍にいろ!?とか!?
「レオン様、レオン様。その言い方はちょっと」
「あん?」
王子は何を言ったのか自覚無しだ。ローニーは再び王子をジニアから引き剥がした。
「ちゃんと順を追って説明しましょう、変な言い方はやめて下さい」
「変なことなんか言ってないぞ、命令しただけだろ。この女は俺の傍にいるべきだ」
「もういいです黙っててください」
ローニーは王子をぞんざいに椅子に座らせるとまだ赤くなっているジニアにも椅子をすすめた。自身は立ったまま、こほんと咳払いすると話し始める。
「えーっと、貴女お名前は?今日はどこから」
ジニアはまだ熱い頬を手でパタパタ仰ぎながら答える。
「あっ、えと私はシダー男爵家のジニアといいます。えーっと、王都から北に歩いて三日程の自領から来ました。」
「男爵家?貴族だったのか」
王子はチラリとジニアの服装に視線を投げた。
一般市民と変わらない装いの上に旅の汚れを落とさずに来たので意外だったのだろう。
ジニア自身も貴族の自覚はほとんどないのだが。
「はぁ、まぁ一応」
「そうか。平民ならば下働きがいいかと思ったが。貴族ならば名目は見習い神官でいいだろう。今すぐ荷物をまとめてこい」
「へっ?」
「ですから、端折らないでくださいってば。ジニア嬢、貴女を神殿で保護します」
「ホゴ?」
ホゴ、保護?守るとかそういう意味の?どうしてそんな話になるの?
疑問が顔いっぱいに浮かぶジニアを見て、王子は仕方がないという雰囲気を隠しもせず話し始めた。
「それがなんであれ、『神』の文字を含むのならば危険だからだ。『神』とはすなわち女神さま自身と変わらない力を秘めているからだ。この俺のようにな」
王子は親指で鎖骨の間にある自分自身の『羽根』を指す。ジニアの腕にある文字と同じ神聖文字がそこにはある。
女神さまと変わらない力…?私にもあるの?
実感がわかないので他人事のように思えた。そんな力の片鱗もないし。
王子はそこでふっと笑った。自信たっぷりに続ける。
「俺はいいさ、産まれは高貴なる身代だからな。元々が護られて然るべき存在だ。ここで奉仕活動として一般庶民と戯れているように見えるかもしれんが、警護に抜かりはない。まぁ当然の話だ。この俺に何かあったら国家の損失だからな」
…。事実なんだけど、なんか癪に障るかもしれない。
それがまた顔に出ていたのか、ローニーが話を引き継ぐ。
「まあなんですか、つまり貴女には強力な後ろ盾がない。それなのに、女神さまと同等の力を秘めている可能性がある。これは危険ですよ。このことが広まったら貴族たちはこぞってあなたに会おうとするでしょうし、それだけならばいいですが強引に誘拐される可能性だってある。それだけ魅力的なものなのです」
「えっ」
誘拐!?なんだか物騒な話になってきた。
「でっ、でも私まだ自分がなんの力を持っているかわかりません。儀式をして変わったところもありませんし。それなのにそんなことになりますか…?」
「その文字を持っているというだけで充分だ。『神』の文字を持つ者が有史以来かつて何人いたと思う?初代国王、聖女、そしてその文字を持っていたが故に教皇にまでなった者が三人。俺。そして今日見つかったお前だ。」
「……」
「このことは誰にも言うな。まず、お前の持つ文字を早急に確認せねば。何故俺の『神の眼』には見えないのかも謎だな。…やれやれ、仕事が増えそうだ」
ローニーがうんうんと頷く。
これはひょっとして、自分の想像を遥かに超える事態なのでは?ようやくそれに気づいたジニアの顔色は青を通り越して真っ白になった。指先も冷えていく。
そんなジニアの内面を知ってか知らずか、王子は美しい顔に力強い瞳できっぱりと言った。
「お前ジニアと言ったか。だから、俺の傍を離れるな。」