1 中央大神殿へ
「…来ちゃったわ」
王都セバドの往来に立って、ジニアはまだ信じられないような心地でいた。建物に挟まれてあまり広くはない道を、たくさんの人が通り過ぎて行く。それを眺めながらため息をついた。
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罰金と聞いて震え上がったジニアは神殿から屋敷に戻るとすぐ兄と共に王都へ向かう支度を始めた。罰金がどのくらいするのか知らないが、旅の資金よりは安いと思いたいし、何よりお上に逆らうのは不味すぎる。
事情を聞いた弟妹が寂しそうな顔を見せるので宥めながらバタバタしていると、おじちゃん神官さまが中央大神殿への紹介状を書いてわざわざ持ってきて下さった。
「ありがとうございます、神官さま」
「よいよい。わしにはこれくらいしか役に立たなくてすまなんだわ。あれから経典を読み直してみたが、やはり文字はなかったのぅ。だが、考えてみたんじゃが、一文字だけどこかで見たことがあるような気もしてきたんじゃ。恐らく中央大神殿にいた時のことじゃ」
「えっ、そうなんですか?」
「もう何十年も前の話じゃから、どこでどう見たのかまではわからんがの。それと…そうじゃ、旅のお供に飴をあげようかの」
袖から飴をいっぱいだして、ジニアに押し付けるとおじちゃん神官さまは去っていった。
それからすぐジニアは兄と愛馬のステラと共に屋敷を発った。デイジーあたりはまた泣くかもと思ったが、意外やしっかりした顔を見せてヒースの方が泣きそうだった。ダリアは弟の肩を抱きながら、
「姉さん、留守の間はまかせて!なんならちょっと王都でゆっくりしてきなさいよ!」
となんとも頼もしいことを言いながら見送ってくれた。ジニアのほうが泣きたいような寂しい気持ちになってしまったくらいだった。
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兄エルムの今回の帰郷が「任務ついでの一時帰宅」とは聞いていたが、元々王都に定期報告へ行く予定だったらしい。兄が所属しているのは北の辺境騎士団で、騎士団と王都を結ぶ行程はちょうどうちの領を通過するものだ。
ダリアの儀式もあったので、任務と共に家に寄る許可をわざわざもらって来てくれたのである。
そんな兄はジニアを馬に乗せ、自分は手綱を握り徒歩で王都へ向かった。二人で乗ればいいのにと言ったら、歩ける時は歩くと言う。
兄の『羽根』は、『疲れ知らずの足』だ。
その名の通り、どれだけ歩いても疲れないし、浮腫むこともないという。試しに三日三晩歩き続けてもピンピンしてたとかしないとか。
兄曰く騎士として馬にも乗るのも好きだが、のんびり自分の足で進むのも好きなのだと。
穏やかな兄らしいなぁと思いながら、王都への道のりは何事もなく三日ほどで終わりを迎えた。
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「ジニア、ここで宿がとれたよ。オレはこれから騎士団の詰所へ行くから神殿へ行ってくるといい。遅くなりそうなら迎えに行くから」
庶民向けの安宿を兄が見つけてくれ、そこで別れてジニアは大神殿へと向かった。
初めての土地でちゃんと行けるのか不安だったが、北にそびえる山の麓にあるらしく目印にはこと欠かない。王都を縦断するように山から湾に向かってセワ川が流れており、川沿いに北上すれば辿り着くらしい。神殿を訪ねる人が多いのかよく見ればあちこちに案内看板も立っている。
こうして大して苦労もせずに「女神の翼教会」総本山、中央大神殿へと辿り着いた。
「はぁ、紹介状を。はぁ、…神聖文字がわからない?はぁ、そんなことあるんですね。経典を見たい?それは一般の方には無理ですよ。ですが、今日ならレオン様の相談日ですから、そこで待っていれば見てもらえるかもしれませんよ」
入り口横の詰所にいた男の人に声を掛けて紹介状を渡したら、なんだかやる気のない声音で返された。
「レオン様?」
「待合室はあちらでーす、お待ち下さぁい。今日はこれで受付終了です。」
それ以上話す気はないようで斜向かいの部屋を指さされた。渋々そちらに向かうと狭い部屋の中は人でごった返してた。
え?なんだろう?三十人はいそう。
困ったジニアは傍にいた人の良さそうな老婦人に声を掛けた。
「すいません。あの、これは何の集まりなんですか?」
「んん?何って、レオン様の相談待ちだよ」
「レオン様…?」
「おやおや。知らないで来たのかい?レオン様は特別な『羽根』、『神の眼』をお持ちの第二王子殿下のことだよ。名前は聞いたことあるだろ?大神殿では毎週赤の曜日に庶民向けの面談をしてくれるのさ。有り難いことだよ」
そう言えばおじちゃん神官さまも経典か王子に聞けみたいなことを言っていたっけ。
老婦人は嫌がる様子もなく教えてくれるのでジニアは質問を重ねた。
「相談日?面談?っていうのはなんですか?」
「そのままだよ、色んな相談に乗ってくれるのさ。王子さまが直接ね!なんでもお見えになるらしいからどんなことでも答えてくれるのさ。旦那がね、浮気してるかどうかとか、ヘソクリの場所とかね!」
老婦人は楽しそうにくくっと笑いをこらえる。
そんなことまで王子さまに聞くのか。不敬とか怒られないのかな。
ジニアの考えていたことが伝わったのか知らないが、老婦人はジニアの顔を見てにっこり笑った。
「どんなことでも真面目に答えてくださるから相談日はいつも混むのさ。お嬢さんも困り事ならちょっと待つかもしれないが、相談してるみといいよ。損はしないはずさ。」
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他に方法もなさそうなので、仕方なくジニアは待った。午前中から昼の鐘を挟んで午後までずっと。おじちゃん神官さまから貰った飴でお腹が空いたのを誤魔化しながら。
待合室に残るのはもう一人、二人だ。
もうすぐだろう。すると、にわかに緊張してきた。
老婦人は気軽な相談のように言っていたが、相手はこの国の第二王子殿下だよね?自分が遠くからでもお目に掛かるチャンスがあるかどうかもわからない相手にいきなり面談するの?そんなことある?
いけない、心臓がバクバクしてきた。
「最後の方、そこ女性の方。隣の部屋へどうぞ」
ジニアに声が掛けられたのはそんなタイミングだった。
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そうして、ジニアは世にも美しい怒れる王子殿下と対面を果たしたのである。