4 村の神殿その2
忘れてたわ。私も儀式するんだった。
女神像の前でひざまずきながらジニアは内省する。
しかしながら、今まで『羽根』が無くて困ったこともないし、両親が亡くなってからはこんな力があったらいいなぁという希望を考えたこともなかった。
うーん、強いていうなら編み物をしていても疲れない目かしら。冬が来る前に、ヒースとデイジーの上着を編みたいわ…あの子たちまた大きくなったし…。
取り留めのないことを考えていたら目の前に聖杯が現れた。知らぬ間に自分の儀式がどんどん進んでいく。ジニアは慌てて聖水を飲み干した。
「天上におわします我らが女神よ、どうかこの者に慈悲を。あなたさまの御羽がトアトル王国を照らす光の一助となりますように」
神官さまが先程と同じ文言を唱え終わる。
すると、天窓が突然激しく光った。
「きゃっ!」
「なんじゃっ!」
目も開けられないような眩しい光だ。ジニアは思わずその場に頭を伏せると、光が当たって背中がカッと熱くなった。
何々!?眩しい熱い!
「ジニア!」
「姉さん!」
兄と妹の声がする。
どのくらいたっただろうか、もう眩しくなさそうだと思ってそろそろと頭を上げる。
目をパチパチと瞬かせるおじちゃん神官さまが近くに立っていた。
「なんじゃ今のは…、ジニア大丈夫かの」
「は、はい。あの、なんだったんでしょうか…今の光…」
「うむ、儀式の順番的には女神さまの『羽根』が降ってきた光なんじゃが…『羽根』は降りたのかの?」
どうなのだろうか。ジニアは先程のダリアのように左手首を見た。何もない。
「腕周りを探してみなさい。手首に現れることが多いというだけで、そこと決まっている訳ではないのじゃ」
そうなんだ、初めて知ったわ。
右手首にもないのを確認してから、左袖を引っ張りあげると左肘の辺りに紋様が現れた。
「あっ!ありました!文字みたいなものも…三つあります。」
「どれどれ…うん?」
おじちゃん神官さまはジニアの左肘に顔を近づけたり遠ざけたりしながらじっと見つめる。
ドキドキしながら答えを待ったが、神官さまは難しい顔をしたまま何も言わない。
重苦しい沈黙の後、ようやく口を開いたかと思えば絞り出すような苦々しい声音だった。
「これは…見たことも無い文字じゃ」
「へ?」
「わしにはこの三つの文字がわからぬ」
「えっ、わからないってどういうことですか?」
いつの間にかジニアの隣に来ていた兄が言う。ジニアはただぽかんとしていた。
「そのままの意味じゃ。わしの長い神官人生…50年余年の中で初めてお目にかかる。数えきれないほど儀式をこなしてきたが、こんなことは初めてじゃ。この神聖文字をわしは知らん」
「そんな、姉は、どうしたらいいんですか?」
未だ膝をついている姉の肩を抱いて、ダリアが困惑したように聞く。
「王都の中央大神殿に行けば何かわかるかもしれぬ。普通の神官に渡されるのは『一の翼』の経典までじゃが、あそこには女神さまの『一の翼』から『十の翼』までの原本全てがある。そこに行き文字を探したなら、あるいはわかるかもしれぬ」
経典。神官さまが手に持っている本のことか。
「えっと、神官さまがさっき調べてらしたその経典には、姉の『羽根』の文字は載っていないのですか?」
「ない。わしはここに載ってる神聖文字を全て覚えておる。『一の翼』には載っておらんと断言できる」
ない。
そんな、どういうことなの?そんなことありえるの?
「それに、中央大神殿には今『神の眼』もつ王子殿下がおるでの。そやつに見てもらってもよかろう。とにかくジニア、王都へ行くことをお勧めする」
おうとへいく。
だれが?
ーわたしが?
そこでようやくジニアは息を吹き返した。
「そんな、行けません!王都へなんて!妹たちもいるし…、何より旅だなんてそんなお金が掛かりそうなこと!絶対行かないわ!」
「姉さん」
「別にこの『羽根』がなんなのかわからなくたって、今までと変わらないから何の不便もないですし。私はこのままでいいです!」
「ジニア、王都ならオレと一緒に向かえばいい。オレが送ってやるよ」
「いいのよ兄さん私は、このままで…」
ジニアはすっかり頑なになってしまった。今は秋だから、これから冬支度で忙しいのに家を離れるなんてとんでもない。しかもどれだけ切り詰めたら冬を越せるのか毎年頭が痛いのに、余計な出費などしてられない。
そんなジニアに、おじちゃん神官さまがどこか残念そうに声を掛けた。
「しかし、ジニア。『羽根』には報告義務があっての。儀式が行われたらわしら神官は中央大神殿と国に報告せにゃならんのじゃ。誰がどの『羽根』を授かったのか管理する必要があるでの。儀式を受けた形跡があるのに、『羽根』の名称が申告されなかったら義務違反じゃ。それ相応の罰金が課せられるが大丈夫かの?」
「何をおっしゃってるんですか神官さま。今すぐ王都に向かいますわ。」
ジニアは秒で折れた。