3 告白
第9章(4話)とエピローグの全5話分を一気に投稿してます。
読む順番にお気をつけください。
「へー、とうとう殿下の婚約が決まったんだ」
聞こえてきた声にジニアは思わず足を止める。
「らしいね。今回の騒動の責任を取って教皇さまは引退なさるらしいよ。で、新しい教皇としてレオンハルト殿下が任命されて、その時に婚約者が…」
最後まで聞いていられなくてジニアはその場を早足で立ち去った。
レオン様に——婚約者が?
ジニアの心臓がドクドクと音を立て始めた。
●
神官たちの噂話を聞く少し前。
教皇様とアデルバード殿下が帰り、動き回れるくらいの元気を取り戻したジニアは、悩みの一つを解決させるべく動き出した。
レオン様から貰ったブレスレット…失くしちゃった!!
あの、余りにも色々あり過ぎた日。候爵(もう候爵じゃないけど)に森に追い込まれた時には確かあったような気がする。ギュッと握った記憶もあるが…
その後で森の中に落としたかもしれないし、神殿に帰ってきて意識が朦朧としてた時に落としたのかもしれない。とにかく、虱潰しに探してみようと決意して部屋を出た。
まだまだ寒い日が続くので厚着をしたが、袖口から入り込む空気が冷たい。手を擦り合わせるようにして神殿内をウロウロしていたら、噂話をする神官たちに出くわした。
レオン様が教皇になるし、婚約も決まった。らしい。
そんな話は全く知らなかった。毎日会っているローニーやホリィはもちろん、教皇さまもアデルバード殿下も何も言っていなかった。王子本人にはちゃんと会えてすらいない。ジニアだけが何も知らないのだろうか。
なんだか、除け者みたいで寂しい。
そしてそれ以上に、苦しい。
はーっと息を吐くと、真っ白だった。
いつの間にか離宮の庭に来ていた。二人で焼き芋をしたことが遠い昔のことのようだ。
——私、たぶん、あの頃からずっとレオン様の事が好きだったんだ。
その事実はすとんと胸に落ちて、妙に納得できた。
同時に、馬車の中で候爵に言われたことも思い出す。「半端な気持ち」とか「覚悟」とか。
レオン様の傍にいたいと思うなら、私も覚悟しなくちゃいけなかったんだ。身分は低いし、教養も足りないけど。レオン様の隣に堂々といられるような自分にならなくちゃいけなかったんだ。私なんて、っていう考えは捨てなくちゃいけなかった。
今更かもしれないけど、覚悟を決めたいと思った。
そして同時に、レオン様が正式に婚約する前にせめて気持ちを伝えて、その後今度こそ故郷に帰ろうと考えた。レオン様のことを好きな女がその周りにいるのはよくないことだろう。気持ちを告げて、振られたらすっぱりと家に帰れるだろう。
そう決心したら少しだけ苦しさが消えていくのを感じた。
「ジニア?」
その声に心臓が跳ねる。
「レオン様…」
振り返ると、ずっと会いたかった人がいた。どうやらちょうど離宮から出てきた所らしい。
「一人か?体調はもう大丈夫なのか?」
「はい…」
決意したはいいものの、いきなりの邂逅は心の準備ができなくて思わず下を向いてしまった。それをどう受け取ったのか、王子は素早くジニアに寄るとその手を取った。
「いや、冷えてるじゃないか。体を冷やすな。こっちに来い」
そのまま手を引っ張られて離宮の中に連れ込まれる。どこに行くのかと思ったら、そのまま王子の私室に直行して赤々と火が燃える暖炉の前に連れてこられた。王子は素早く椅子を用意してそこにジニアを座らせる。
「せっかく起き上がれるようになったのに、風邪でも引いたら台無しだぞ」
王子も椅子を持ってきて二人で暖炉の前に並ぶ。さらにジニアには膝掛けを掛けて、王子は満足したように頷いた。その優しさにジニアは嬉しい反面複雑な気持ちになった。
どう話を切り出していいかわからず会話を探して、ふと殿下に聞いた話を思い出した。
「あの…、アデルバード殿下に聞きました。レオン様がフロックス様の減刑を願い出たと」
「ああ」
王子も王子で何か考え込むように黙っていたが、ジニアに話し掛けられてハッとしたように返事をした。
「…そうだ。フロックスを許せないのは確かだが、でも奴も酷い目にあったのもまた事実だ。…本音を言うとな、何が正解かわらかなくてな」
いつもの自信満々な態度とは違って、王子の瞳は炎に照らされてゆらゆら揺れている。
「正解?」
「ああ。何の罰を与えるのが正解か。俺の中に、絶対に許せない気持ちと、同情と、微かな感謝のような、そういう矛盾する気持ちがごちゃごちゃになってな。正解が分からないのに、答えを出さなければいけない。…でもフロックスが死んでしまったら、永遠に答えが出ない気がしてな」
暖炉の薪がぱきっと音を立てて燃える。ジニアも王子もそれを見つめながら続ける。
「だから、減刑を?」
「そうだな。とりあえず奴が生きている。その内にいつか、気持ちも整理できるだろう、と思ってる」
「…はい」
王子はそこまで言うと居住まいを正して、肘掛けにあるジニアの手に自らの手を重ねてきた。ジニアはドキッとする。手は指先まで暖まり、王子の手も同じくらいの熱があった。
「…その、だな。お前がずっと傍にいてくれれば、俺も気持ちの整理が早くつく、と思ってる。…だからジニア、…ずっと俺の傍にいてくれないか」
王子は暖炉を見つめたままこちらを見ずにボソボソと告げた。ジニアは王子の言葉にときめいて嬉しくなったが、その後急速に悲しくなった。泣きたくなるのをぐっと堪える。
「…ごめんなさい、レオン様。それはできません」
えっ、と掠れた声で囁いて王子がこちらに振り向く。その顔を見れなくてジニアは俯いた。
「私…、わたし、レオン様の事が好きだから…、もう傍にはいられません…」




