6 東へ ◎レオン✩アデルバード
「ジニア?東の地?なんだ今のはどういう意味だ?」
謎掛けのような言葉を残してサフィレットは本当に眠ってしまったようだ。アデルバードは侍女に人を呼ばせてそんな彼女を寝室に運ぶように指示する。それからアデルバードは考え込むようにレオンに言った。
「待てよ…。フロックス候爵の領地はここから東にあったな。嫌な予感がするぞ」
「何?」
「仕方がない。これは一度しか使えないんだけど、僕の力を全力で使ってみるよ」
「何の話だ」
早く神殿へ行かなくてもいいものか、レオンは焦る。しかしアデルバードが待ったを掛けた。
「候爵が今どこにいるのか確認するだけだよ。僕ってば実は『羽根』が二つあってね。王族特典さ。目や髪色を変えたりする『変身』と、『気配』。これは誰がどこにいるのか気配を探れて便利なんだよ」
「あ」
ローニーが何故か声を上げた。「そうか『変身』…、あの時の黒髪、黒目の。そういうことですか」と一人納得している。何の話だ?
「そうそう、弟に近づく女の子とか探るのに便利なんだよ。ジニアちゃんには効かなかったけどね。…冗談はさておき、『気配』で候爵とジニアちゃんを探ってみよう。広範囲過ぎると反動でしばらく力が使えなくなるのが難点だけどね」
そう言うとアデルバードは黙って目を瞑る。落ち着かないが、仕方なしにレオンは待った。
しばらくしてからアデルバードが「…あ」と溢した。
「うん、この方角はやっぱり二人揃って領地に向かってるね。間違いない。ああ、ジニアちゃんは捕まっちゃたのかな?」
軽い言葉とは裏腹にアデルバードは顔を曇らせている。
レオンはもうじっとしていられなかった。
「フロックスの領地に向かうぞ!馬を貸せ!」
「もちろんいいよ。僕は神殿に行く。宝物庫が荒らされてるって言ってたし、あっちも心配だ」
こうしてレオンはローニーと共にジニアと候爵を追いかけて王城を飛び出した。
✩
一方アデルバードは供を連れて馬で神殿へと向かった。時刻はとっくに夜半を過ぎているが今夜はまだまだ眠れそうにない。
神殿に着くと、馬車がたくさん停められていて騎士や神官たちなどかなりの人数が動いているのが見て取れた。アデルバードの侍従がすかさず事情を聞きにいったところ、通報を受けて出動してきた騎士と、先程旅から帰ってきたばかりの教皇たちが一気に押し寄せてごった返しているという。
「教皇さまが帰ってきたのか?このタイミングで?」
アデルバードはとりあえず神殿の奥に向かった。宝物庫がそこにあるのを知っていたからだ。
宝物庫の前にもたくさんの人がいたが、一際目立つ白い髭をフサフサと揺らす教皇が途方に暮れたように立っていた。
「教皇さま!」
「おお、これはこれはアデルバード殿下ですかな」
「お久しぶりです。報せを受けたのですが、フロックス候爵が宝物庫を襲ったというのは本当ですか?」
「どうやら、そのようです。儂も報せを受けて急いで帰ってきましたが、遅きに過ぎました。まさか『風切羽根』が盗まれるとは…女神さまがその身から落としたたった一つの至宝が…」
「『風切羽根』ですって?」
がっくりと肩を落とす教皇を尻目にアデルバードは辺りを見渡す。と、そこにどこかで見たような赤毛の少女が訴えかけるようにこちらを見ていた。
「ああ殿下、彼女はホリィ。最初に騎士団に通報してくれたのは彼女ですよ。何故か神官どもは皆眠っていまして、起きていたのは彼女だけです」
気づいた教皇が紹介してくれると、アデルバードはピンときた。レオンの従者が言っていた「ホリィの猫」か。彼女の顔色は夜目でも分かるほど真っ青だったが、意を決したように恐る恐る二人に話し掛けてきた。
「あの…お話中すみません。あと、王太子殿下に声を掛ける無礼をお許しください。わたしの友人のジニアもいたはずなんですけど…どこにも姿が見当たらないんです」
「ああ。それなら見当はついているよ。大丈夫、レオンが救出に向かってるから」
アデルバードは安心させるように言ったが、ホリィは少し躊躇った後、また思い切ったように聞いてきた。
「あの…、あの、ジニアって何者なんです?レオン殿下はご存知なんでしょうか?」
「え?どういう意味?」
アデルバードはいきなりの質問に面食らったが、ホリィという少女は怖いくらいに真剣である。何か余程の衝撃があったようで、他のことには気がつかないといった風情だ。
「わたし…さっき偶然見てしまったんです。ジニアの背中。あの子、自分でも知ってるんでしょうか?わかってなさそうな感じでしたけど…」
「…何の話?」
アデルバードは困惑しただけだが礼儀として聞いてみた。ホリィはそれにも気づかずに懸命に訴える。
「背中、あれはたぶん背中一面に羽根の紋様がありました。あんなに大きな紋様があるだなんて話、聞いたことありません」
「なんと、まことか?」
反応したのは教皇だった。ホリィは得たりと頷く。
「それだけじゃないんです、こちらに来て頂けますか」
少女は宝物庫の中へと案内する。教皇は迷いなくついていったが、アデルバードは少し躊躇してから後に続いた。
「先程神殿内に誰かいないか探したときに見つけたんですが、これ、ジニアの絵ですよね?なんで宝物庫にジニアの肖像画があるんです?」
古そうな額縁に納められていたのは栗色の髪に緑の瞳の少女の絵だった。確かにジニアそっくりである。アデルバードもこれには驚いた。
「わっ、ほんとだ。これジニアちゃん?」
「なっ、なんじゃと!この絵にそっくりな少女が存在するのか!?」
しかし、教皇の衝撃はアデルバードの比ではなかった。腰を抜かさんばかり驚いたらしく、二、三歩よろけてたたらを踏んだ。
「教皇さま?」
「この絵のモデルが誰だかわかっておるのか!?この絵に描かれているのはかつての聖女さまであるぞ!」
「えっ、聖女!?」
アデルバードも思わず声が大きくなった。
聖女とは、初代国王と共に国を興した人である。しかし聖女がかつて存在したということは有名だが、実際どういう人間で何をした人なのか詳しく知る者はいなかった。この国の子供たち定番の絵本にも題名に名前が入っているが、添え物同然で出番はほとんどないのである。
「な、ななんと…聖女さまに瓜二つの少女が…背中一面に羽根の紋様だと!?…それは…まずい…いや喜ばしいのだが…」
教皇は焦ったり喜んだり大忙しだ。
「その少女は今どこに!?」
教皇の問いに、アデルバードは簡単に答える。
「フロックス候爵と一緒ですよ」
「今すぐそこに向かうぞ!!!」
教皇は大声で吼えた。




