3 過去へ ◎レオン●ジニア
※暗いです
◎
「フロックスが…、俺に言ったんだ。アデルバードが俺の命を狙っていると…」
レオンが力無く囁くと、目の前の三人から息をのむ気配がした。
フロックス候爵が、レオンを騙していたというのか?一体何故そんなことを?
国王が悄然と呟いた。
「フロックス…やはり恨んでいるのか。当然ではあるが…しかしどういうつもりで…」
「あなた…」
王妃がアデルバードを挟んで労るように国王を見つめている。
「陛下、どういう意味です?」
レオンは震える声で噛み付いた。今、信じていたものが足元でグラグラと揺れているのをレオンは感じている。
国王は腕を組んで重たい溜め息をつくと、覚悟を決めたように話し始めた。
「折を見て伝えるつもりではいたが、それが今なのだな。…レオンに謝らなくては。今まで黙っていてすまなかった……わたしはお前の本当の父親ではないのだ。」
「「えっ」」
アデルバードとレオンは二人揃って声を上げた。アデルバードも初耳らしい。
レオンは自分の心臓がドクドクと嫌に音を立てているのが聞こえた。
——これは足元が完全に崩壊する時の音だ。
国王の顔色も血の気が失せている。
「レオンハルト…お前はわたしの父、先代国王クリストファーと、リリィ・フロックスとの間に産まれた子なのだ」
●
「慰みに、昔話をしてやろうか」
ジニアは荷物のように担がれて候爵の馬車に乗せられた。その後すぐ候爵が乗り込むと夜中だと言うのに火がついたような速さで馬車は走り出した。
一体どこに向かっているのか、手足を縛られて猿轡を噛まされたジニアには見当もつかない。
走り出してしばらくたった後、揺れる車内でジニアの向かいの席に座る候爵が話し始めた。
——昔話?
「とある男の恨みつらみの物語だ。何、今のわたしは気分がいい。特別に貴様にも語ってやろう」
✩
バーチ・フロックスは両親が早逝したため若くして爵位を継いだ青年だった。彼には年の離れた妹リリィがいた。兄妹仲は良く、青年はたった一人の家族であるこの妹を殊の外可愛いがった。周囲から結婚を勧められても妹が嫁にいくまではと拒み続けたほどだ。
妹も立派な候爵である兄を尊敬していた。兄や家人たちに慈しまれて育ったリリィはそれは美しい娘へ成長し、年頃になった妹を心配した候爵はあまり社交界へ妹を出さなかった。そのためリリィは『フロックスの秘宝』などと大層な渾名を付けられてしまった。
「お兄様、私このままじゃいかず後家になってしまいます。一生ここに閉じ込めておく気ですか?」
「ああ、それでいい。わたしの傍にいればいいさ」
「もぅ、お兄様ってば」
そうやってクスクス花のように笑う妹を、候爵は尚一層愛しんだ。
候爵は妹のためにこれはと思う青年を見つけてきた。子爵家の長男で、特に目立った処のある男ではなかったが、何よりも誠実な性格を候爵は気に入った。同時にその清らかさは貴族に向かない男だったが、そこは候爵がいくらでもカバーできた。
リリィも兄が見つけてきた優しい青年をいたく気に入り、若い二人の婚約は順調だった。
そんな時に、悲劇は起きた。
婚約者と同伴だからと許可していったパーティーで、リリィはおかしくなった。部屋に閉じこもって出てこなくなった。婚約者の青年に聞いても、顔を青くして何故か答えない。候爵は青年をきつく問い質した。
「候爵さま…リリィは…リリィは…」
「何があったと言うんだ?はっきりと言いなさい」
いっそ哀れなほど顔色を失くした青年は、震えながらポツポツと驚愕の事実を語りだした。
リリィは、国王クリストファーに見初められたという。たまたま青年が席を外していた時で、リリィは一人でふらりと庭園に赴いた。そこに偶然国王が居合わせたという。
青年がこつ然と消えた婚約者を探していたとき、国王の侍従がやってきてそっと耳打ちしたことに驚愕して、次いで絶望した。
候爵もその話を聞いて雷に打たれたような衝撃に見舞われた。
あの国王が、よりによってリリィを。
当代の国王クリストファーは、三十年程前の北の隣国との戦争を勝利に導き、国民に絶大な人気を誇る偉大な王だ。しかし、偉大な王には欠点があった。それは東の大国から嫁いできた王妃である。
戦争の援助をしてもらう約束と引き換えに嫁いできた王妃は、激しい悋気持ちだった。見目の良い国王を大変気に入り、近づく女に容赦なかった。また少しでも王妃を蔑ろにする素振りを見せようものなら、大国の皇帝である兄に言いつけようとする。一族の娘である王妃が不自由な生活を強いられていないか、皇帝は目を見張らせていた。そんな歪な夫婦関係が約三十年も続いている。
クリストファーは圧倒的な名声と絶大な人気を保ちながら、嫉妬深く激しい性格の妻に常に悩まされ続けていたのだ。
そうした中で国王は密かな遊びを始める。
後継ぎの長男が産まれた後は、王妃に見つからないようにこっそりと若い女に手を出すようになったのだ。それも黙って泣き寝入りするしかないような身分の低い、且つ十代の未婚の乙女ばかりをターゲットにして。
家臣たちは王の行いに対してあまり強くも言えなかった。あの王妃の性格には城中の皆が手を焼いていたし、未婚の乙女に手を出すことは褒められたことではないが、そもそも国王は側室を持つことを正式に認められている立場だ。ひとえに今の王妃が許さないだけである。
王に近い重臣たちの中で王の火遊びは公然の秘密となった。相手の娘たちには十分な褒賞を与えたし、その後の縁談を整えたり裏で手を回した。王自身も子を成さないように気をつけていたはずだった。
だが、過ちが起こってしまった。
リリィ・フロックスは候爵家の箱入り娘で、しかも結婚を控えた身である。火遊びには全く適さない。
尚悪いことにたった一度の過ちで子が宿っていることがわかった。
「お兄様…私…私…あああ…」
リリィは恐慌状態に陥った。無体を働いた国王も恐ろしければ、このことが苛烈な王妃に知られたらどんなことになるか、その恐怖がリリィの精神をどんどん追い詰めていった。
美しく溌剌としていた頃の面影は最早どこにもない。大きくなる腹に反比例して、頬はこけ腕はみるみる細くなっていく。婚約者の青年はそんなリリィを実に根気よく支えていたが、候爵は我慢ならなかった。
こんな、こんな形で自分の宝物とも呼ぶべき妹が手折られるとは。
候爵は密かに王家にこの状況を陳情しに行くことにした。婚約者の青年も一緒に行きたいと言ったので、候爵は了承した。
王太子のローレンスが直ぐさま面会に応じてくれた。
まだ二十そこそこの王太子は昨年長男が産まれたばかりで、もうすぐ譲位されるのではと噂されている。
「なんと、父上はまだそのようなことを…。しかも候爵家の令嬢だと?流石に許されることではない」
静かな怒りを漲らせる王太子は話のわかる男だった。婚約者の青年にも「謝って済むことではないが、誠に申し訳ない」とわざわざ謝罪してくれた。
王太子は候爵に向き直って問い掛ける。
「候爵は産まれてくる子をどうするおつもりか?」
「それなんですが、今の妹の状態を見る限りこちらで育てることは不可能かと思われます。王家の血を引く子ですから、城で育てるのが最善かと思われますが…」
あの王妃が、気づいてしまったら。言葉にはできなかったが王太子は聡かった。
「母か。あの人にも困ったものだ…」
溜め息をついた王太子は腕を組んでしばらく考え込んでから、徐ろにこう切り出した。
「ならば、私の子とするのはどうだろう」




