2 真実へ ●ジニア
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王城の馬車で神殿まで送ってもらうと、中の雰囲気が異様だった。いつもは夜通し焚かれている篝火はないし、王子の離宮まで誰にも会わなかった。それなのにどこかでたくさんの人間がいる気配だけはする。
何なのだろう?
離宮まで着くといつもの癖で「ただいま戻りました」と言ってしまった。すると小さな声で「ジニア?」と呼ぶ声がする。居間まで行くと真っ暗なその部屋にホリィがいた。
「ホリィ、ここにいたの?。ねぇ、なんだか神殿の様子がおかしくない?何かあった?」
月明かりの元でもホリィの顔色は悪く見えた。ジニアは嫌な予感が増す。
「それが…何があったのかわたしにもよく分からないの…ただ誰かがこの神殿に乗り込んできたみたいだわ」
「乗り込んできた?」
「ええ…。わたしがここで後片付けをしていたらたくさんの声が聞こえて。『おやめください』とか『フロックスさま』とか。そのまま奥の宝物庫の方へ行ったわ。わたしはなんだか怖くてここに隠れていたのよ」
「フロックス様ですって?」
なんであの候爵が今このタイミングで神殿の宝物庫へ?あの昏い目をした人が…
そこまで考えた時、背中に痛みが走った。
「いたっ…」
「ジニア?どうしたの、大丈夫?」
「ああうん、ちょっとさっき背中をぶつけちゃって…」
「え、背中を?大丈夫なの?見てあげるわ」
木から落ちた時に打ち付けたところだろう。
ホリィがジニアの襟ぐりから背中を覗いてくれた。
「大丈夫よ、ホリィ。少し痛んだだけだから…」
「あ……、」
「ホリィ?」
ホリィが何か言いかけたと思ったら、遠くでドカンとかガシャンとかただならぬ音がした。二人はそろって同じ方向を向く。
「宝物庫のほうから?」
何だろう、様子を見てこうようか。いや、王子に知らせるべきか。
「ねぇ、ホリィ。私が様子を見てくるわ。ホリィはレオン様に知らせてくれるかしら」
「えっジニア、危ないわよ。ここでじっとしてた方がいいわ」
「でも嫌な予感がするのよ。私なら一応候爵さまとも面識があるから大丈夫よ。待ってね、急いで手紙を書くから…」
「ちょっと待った。手紙じゃなくてそれなら私がやるわ。ジニアにはわたしの『羽根』、教えてなかったわね。『伝書の猫』っていうのよ」
「でんしょのねこ?」
ホリィは念じると『猫』を出せて、そこに自分の声で伝言を託せるという。ただし悪魔で猫なので行動範囲は狭く、おまけにその猫を出している間ホリィは眠ったようになるならしい。
「ここから王城くらいならギリギリ行けるわ。ローニーの匂いも辿れるだろうし」
「凄い!猫ちゃん!」
「ちょっとはしゃいでる場合じゃないわよ、ジニア」
ジニアは安全にホリィが寝ていられる場所として自分の部屋を貸した。ここなら鍵もついてるし他よりは安心である。
「それじゃあ、行ってくるわ」
そういうとベッドに眠るホリィの上に赤毛の猫が現れた。あらかじめ言われていた通り窓を開けると、猫はそこから音もなくするりと外へ駆け出して行った。
「猫ちゃん…」
撫で回したかったがそれどころではない。部屋の戸締りを完璧にしてから離宮の扉も施錠して、宝物庫の方へ向かう。
その途中で何人もの神官が倒れているのを見つけて驚愕した。傍によって安否を確認するが、外傷は見当たらず皆ただ眠っているだけのように見えた。揺すって起こすが全く起きる気配はない。
———何が起こっているというのか。
ジニアの背中は冷や汗が伝った。一人でここまで来てしまったのは早計だったか。しかし、見つけてしまった以上倒れている神官たちも何とかしないと、今は真冬である。放っておいたら最悪凍死してしまう。
誰か起きて無事な人間はいないのかと探しながら来たが、倒れている人ばかりで誰もおらずとうとう宝物庫に来てしまった。
宝物庫の鍵は教皇しか持っていないと言うことだったが、扉はどうやら無理に開けられたようである。重厚な扉は真ん中から不自然に歪み、取っ手の部分が滅茶苦茶に壊されていた。
やはり何か不味いことが起こっている。フロックス候爵がこんな手荒な真似をして宝物庫に侵入するなんて。扉の中から微かに光が漏れているので、それを覗いてみようかと決心したとき——
きいっという音と共に扉が開いて、ジニアの心臓は縮み上がった。
「お前は…レオンハルトについていた娘」
逆光を背に現れたのはフロックス候爵だ。
「あ…」
驚いてしまってまともに声が出なかった。候爵は何の感情も浮かんでないような黒い瞳をすうっと細めた。
「…お前がいるということは、レオンハルトが戻ってきたのか?」
「あ…、う…」
ジニアは恐怖で何も言えなかったが反射的に首を振った。
「…まぁいい。お前の記憶も消せばいいだけだ」
候爵はジニアの右腕を素早く掴むとそのまま力を込めようとした。しかしその瞬間、小さな雷でも起きたかのようにバチリと候爵の手は弾かれた。
「痛ぅっ…」
候爵が呻く。
何、何が起きたのだろうか。ジニアの心臓はドクドク言いっ放しで息が上がってきた。
「…そうか、貴様。『神』の神聖文字を持っているんだったな」
「…えっ、ど、どうして…」
何で候爵がそのことを?王子とローニーしか知らないはずだ。
「ふん、愚かな。ご丁寧に紹介状を携えてやって来たのは貴様だろう。…しかし、厄介だな」
…紹介状を携えて…?あ、おじいちゃん神官さまがくれたやつ!?あの紹介状にひょっとして文字の写しでもあったのだろうか。どういう経路で候爵の元へいったか知らないが、そこから漏れたのか。
「仕方ない。どうやらお前に力は振るえないようだ。お前たち、この娘を捕縛してみろ。『羽根』は使うな」
「きゃあっ!」
候爵がそう叫ぶと扉から何人か出てきてジニアは床に押さえつけられた。ただの物理的な攻撃にはジニアの『羽根』の力は働かなかった。
「腕力は効くか、それならばいい。…娘、おまえはレオンハルトと中々親しげだったな?それはそれで使えそうだ」
フロックス候爵が昏い目を歪ませて楽しげに嗤った。ジニアは押さえつけられたまま息も上がって悪寒も止まらない。
候爵の部下がどこかから取り出した縄でジニアの手足を素早く縛り上げた。別の部下が走ってきて言う。
「閣下、見張りからの報告です。どうやらこの娘は王城の馬車で一人で帰ってきた模様です」
「そうか、レオンハルトはまだ城ということか。ならば今の内に出発だ」
出発?どこへ?ジニアは猿轡を噛まされたのでもう喋ることすら出来なかった。




