5 約束
「いやぁ、レオンハルト!嬉しいよまさか君の方から会いに来てくれるなんて!」
アデルバードはニコニコと満面の笑みを浮かべている。先程の恐いような笑顔とは違う、本当に喜んでいるかのような顔だ。
逆にレオンハルト——王子の方は顔色が明らかに悪かった。
「なんでジニアがアデルバードといる?ここで何をしていたんだ。何故そんなに葉がくっついている?」
王子はジニアを質問攻めにしながらジニアの髪や肩についた葉っぱを払ってくれた。
「あの、違うんです。殿下は関係なくて…、たまたまヴォルペ様に用事を頼まれただけです」
「ヴォルペ?ローズか?用事ってなんだ。何でそんなことになった」
「それは私にもよくわかりません。何故か私の特技が知られてまして…」
「は?特技?」
「ぶはっ」
アデルバードがまた笑い出した。
ホントになんなの!?
「と、とにかく何でもないです。ヴォルペ様はお帰りになりました!大丈夫です!」
「よくわからんが…、まあいい。それより本当に…アデルバードなんだな?」
王子とジニアは悠然と佇む金髪の男に向かい合う。この場で一番身分の低いローニーは黙ったまま王子の後ろに控えた。
「ふふ、ホントにいいねジニアちゃんは。王都にはいないタイプだ」
「は、はぁ…。あの、本当に貴方がアデルバード殿下…なんですよね?」
「そうだよ。この間もその前も名乗れなくて騙すような真似しちゃってゴメンね?」
「い、いえそれは別にいいんです」
街中で出会った親切な男の人がまさかアデルバード殿下だったなんて。王子に負けないくらいの美形だなとは思っていたけれど。
二人のやり取りに食い付いたのは王子だ。
「何?お前会ったことがあるのか?どういうことだ
?」
「え…、どういうことなんでしょう。私にも何が何やら…」
そこでアデルバードが話に水を差した。
「恋のお悩み相談とかしたんだよね?そういえば無事に解決したかな?」
「は?」
ちょっ、ちょっと大砲を投げ込むような発言をやめて欲しい!王子が明らかにキレる前の顔をしてる!
「恋愛の相談…?アデルバードに…?意味が分からなすぎるぞ。おいジニア、どういうことだ!」
「え、えぇっ!私もどういうことだかわかりませんよぉ」
ジニアは情けない声をあげることしかできない。
アデルバードはニヤニヤとして明らかにこのやり取りを楽しんでいる。
何なのこの人、ひょっとしてわざと言ってるの!?
王子はまだ問い詰めたそうな顔をしたが、それどころではないと思い直したらしい。深呼吸して話を切り替えた。
「…まぁいい。…そこの王太子殿。折り入って話がある。二人きりで話せないか」
「話?それはもちろん大歓迎さ。でも二人きりというのは無理だね。少なくともこちら側は」
それを聞いた王子が眉間にしわを寄せる。後ろに控えるローニーもどこかピリついた空気を出した。
「…わかった。そちらは何人いても構わない。話だけはきちんとさせろ」
「レオン様っ!」
ローニーが小声で王子を呼ぶ声は必死さが含まれていた。敵対している相手の懐に飛び込むことを心配しているのだろう。
でもジニアは街中で出会った親切な青年と、弟を執拗に暗殺しようとする冷酷な王太子のイメージがどうしても重ならなくて混乱していた。
本当に、レオン様を亡き者にしようとしているの?この人が?
「案ずるなローニー。大丈夫だ。」
「アデル?ここにいたの?」
王子がローニーを安心させるように言ったその時、軽やかな声が響いた。誰かが石畳の上を歩いてこちらに来る気配がする。
「サフィ。君がわざわざ探しに来たのかい?」
現れたのは白いドレスに金糸の刺繍が美しいドレスを着た女性だった。銀色の髪は美しく結い上げられ、紫の双眸は理知的に輝いている。美しさと落ち着いた雰囲気を兼ね備えた貴婦人だ。しっとりとした声が響く。
「だって、弟に会いに行くと言い残してたでしょ?あなたと弟の会話に割り込める人なんてそうそういないわ。だから私が来たのよ」
貴婦人はごく自然にアデルバードの隣に並んだ。
ひょっとしてこの美しい人が婚約者なのだろうか。その人は王子に向き直ると丁寧に挨拶してきた。
「レオンハルト殿下におかれましては、お初お目に掛かります。アデルバード王太子殿下と婚約しておりますサフィレット・オールディントンと申します。お目に掛かれまして大変光栄ですわ」
お手本のようなカーテシーだ。あまりの美しさと気品にジニアは感動してしまう。
「…ああ、レオンハルトだ。宜しく頼む」
対する王子の態度は固い。敵対している人の婚約者なので無理もないことではあるが。サフィレットは礼を解くとアデルバードに声を掛ける。
「アデル、話したいことは山とあるでしょうけど、そろそろ会場に戻らないと。主役の私たちがいなければどうしようもないわよ」
「ああ、そうだね。仕方ないか」
アデルバードは肩を竦めると、弟を見やった。
「悪いんだけど、話はこのパーティーが一段落した後かな。時間を取るからゆっくり語らおうじゃないか。人をやって落ち着いて話せる部屋に案内させよう」
「…わかった。俺はもうほとんど目的を果たせたから会場へは戻らない。その部屋で先に待っている」
「そうなの?まぁいいけど。それじゃあ僕たちは会場に戻るよ。ここに人を寄越すから待ってて」
アデルバードはそういうと、自分の婚約者をエスコートしながら優雅に去って行った。
ジニアは低頭しながらそれを見送る。
王子はそっとジニアの肩に手をおいて告げた。
「…ジニア。ご苦労だった。お前は先に神殿に帰るといい」
「えっ」
ここで帰れと言われるとは予想外だった。
「でも…、私…」
「後の話し合いは俺がちゃんと決着をつける。それにまたお前が妙なことに巻き込まれたら大変だろ。神殿に帰ったほうが俺も安心できる」
それには言い返せない。早くも王子に迷惑を掛けたのだから。
「…本当に大丈夫ですか?」
不安になって王子を見つめると、左手首をブレスレットと一緒に優しく握られた。
「大丈夫だ、約束したろ。信じて待っててくれ。馬車を手配させよう。それに多分遅くなるから、先に寝ていていいぞ」
王子はジニアの心配ばかりだ。これ以上こちらの心配をせず自分のことを考えて欲しいと思った。息を吸うと、決心して返事をした。
「…わかりました。必ず、帰ってきて下さいね。それに私寝ないで待ってます。それくらいは許してください」
「…仕方ない、わかった。また神殿で会おう」
そう約束して二人は別れた。
しかし、その約束が守られることはなかった。




