2 公爵令嬢ローズ・ヴォルペその1
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ヴォルペ公爵家の末娘、ローズの好きなものは富、権力、美しいものである。ヴォルペ公爵家は富と権力を持ち、ローズ自身はその名が示す通り薔薇のように美しいと自負している。今の自分自身には大変満足しているが、結婚相手となるとその三つを兼ね備えた者はなかなかいなかった。
第一候補は王太子アデルバードであったが、オールディントン公爵家の娘が貴重な『羽根』持ちだったらしくそちらに決まってしまった。これにローズは歯噛みした。ローズは『羽根』にあまり価値を見出していなかったので、オールディントン家の娘を卑怯だとさえ思った。
その次に見込めそうなものとして、第二王子のレオンハルトに目をつけた。今はただの神官であるが、将来教皇になったら権力は持てるだろう。お金は最悪自分の実家を頼ればいい。そして、何より美しさ。これが一番ローズの心を捉えた。
今まで見た男性の中で一番の美貌だと思った。この薔薇のような自分の隣に立つ資格のある者だと思った。
肝心のレオンハルトが中々こちらになびかないのは多少イライラしたが、最終的には自分を選ぶだろうと思っていた。自分以上に富と権力と美しさを持っている女はいない。
なのに、レオンハルトは傍に女を置いていた。
神殿にいる内通者からの情報によると、シダー男爵家の娘だという。聞いたこともない家だ。少し調べてみたら田舎の弱小貴族だということが分かった。
貧乏で、一応貴族ではあるが権力などないに等しく、美しさだって自分には遠く及ばない芋臭い娘を選んだというの?この自分を差し置いて?
ローズのプライドはズタズタにされた。たかだか田舎の弱小貴族の芋娘に。
その娘を、アデルバードの結婚記念パーティーで見つけた。
姿を滅多に見せない第二王子がパーティーに来ることは噂されていた。ローズもそれがどうやら本当らしいと掴んでいたから、今日は特にめかし込んできた。主役であるオールディントン家の娘より美しくなってしまったなんて思いながら、これならレオンハルトが今度こそ選んでくれるだろう、そう思っていた。
ところが隠れて待ち伏せをしていたローズは衝撃を受けた。王子は馬車から降りると、次に現れた侍女服を着たその芋娘をエスコートしてやり、おまけに娘に向けて笑ったのである。
それは美しい微笑みで。ローズには冷たい一瞥しか見せたことはないのに、レオンハルトの眼差しは温かく蕩けるようだ。はっきりとその瞳に愛しい者を見つめる熱が籠もっていた。
————許せない。許せないわ、あの女。
激しい怒りで手に持つ扇がミシミシと悲鳴を上げた。
あの女、どこまでもわたくしをコケにするのかしら。わたくしの邪魔をして…、わたくしの居場所を奪って。許すわけにはいかないわ。
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惜しげ無く灯されるランプの灯りが会場を彩る美しい生花たちを照らしている。色とりどりのドレスを着た貴婦人たちから漂う香水と花の薫りが合わさって、むせ返るような蠱惑的な匂いが広い会場に満ち満ちている。
そこかしこから人々の話し声がさざ波のように押し寄せてきた。どこか興奮したような声が多い。会話の内容は、社交界に姿を見せたことがない第二王子が今夜突如現れたことだ。
「本当に?レオンハルト殿下が?」
「ええ、ええ、わたくし見ましたよ。いつもは神殿での厳しい修行のせいで社交界にはお見えになれないけど、今夜は兄君のために馳せ参じたそうですわ」
「まぁ、麗しい兄弟愛ですわ」
なるほど、社交界では兄弟の不仲は知られていないのかとジニアは察した。厳しい修行に、麗しい兄弟愛か。現実との乖離にジニアはちょっぴり顔をしかめた。
王子は少し離れた所で人に囲まれている。皆王子に顔を繋げたいのだろう。ローニーは王子の傍にいるはずだが、侍女がピタリと張り付いていたら不自然なので壁際に控えているフリをして不審な人間がいないか見張っていた。
それにしても、お城のパーティーって凄いわ。
ジニアも社交界には出たことがなかったので、実はさっきから圧倒されていた。会場内の手間を掛けた装飾も、夜なのに昼間のような明るさも、人々の豪華な衣装も。今目の前を通り過ぎた貴婦人の大振りの首飾りはジニアの知らない宝石でピカピカしていた。
——本当に、自分とは縁のない世界だわ。
そしてここが、本来王子のいる世界なのだ。社交界に出れば王子はたくさんの人に迎えられる。寂しくないよう傍にいたいなんてジニアの願いは独りよがりで不相応な願いだったろうかと思ってしまう。ジニアは今の王子には近づけない。近づけいてはならない。それが本来の距離だとまざまざと突き付けられた気がした。
俯きそうになるのを耐えていたら、ジニアと同じ年頃くらいの令嬢に声を掛けられた。
「そこの侍女、ちょっといいかしら?」
「え?」
淡い水色のドレスを着た令嬢はこちらへ来いと手招きをしている。お城の侍女だと思われたのだろうか。自分は王子付きであると断ろうとしたが、どこからともなく現れたもう一人の令嬢に腕を掴まれて引っ張られる。
「困ってるんです、早く」
「あ、ちょっ…」
せめて王子に一声掛けたかったが、人垣で姿が見えなかった。大声を出すわけにもいかずにジニアは少女二人に引きずられるまま連れて行かれた。
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やってきたのは城の中庭だった。客人が休憩したり夜の庭を見学できるよう灯りが設置され所々にベンチが開放されている。しかしまだパーティー開幕の挨拶はされていないので人々はホールに集まり、そこは無人だった。
「あの、何用でしょうか」
こうなったら用を済ませて早く戻るしかないとジニアは二人の令嬢に声を掛ける。すると、居丈高な声がした。
「お前に用があるのはわたくしよ」
声のした方に振り向くと、そこには以前王子に突撃をしていた公爵家の令嬢が何人もの供を引き連れて立っていた。確か、ローズという名前だったか。
ローズの金髪は高く複雑に結い上げられ生花の薔薇が何本も飾られている。真っ赤なドレスを身に纏っていて、化粧もこの前より濃くなり唇もドレスに負けないくらい赤い。少し離れた所にいるのに薔薇の香水がつんと匂った。
「私に…ですか?」
王子ならわかるが、何故自分に?ジニアは内心首を傾げたが態度はしおらしく問い掛けた。
「ええ、お前に頼みたいことがあるのです」
令嬢の猫のような目がにんまりと笑った。




