1 準備万端
「うわぁ…」
正装した王子を見たジニアは感嘆の声を漏らしたきり何も言えなくなってしまった。
白を基調とした上下揃いの衣装は光沢があって王子の髪色によく似合っていた。
襟元や袖の刺繍は二週間で仕上げたとは思えないほど複雑な模様を描いている。お針子たちの苦労が偲ばれる一級品だ。カフスボタンやタイピンには宝石があしらわれ、総額で一体いくらしたのかと聞くのが怖いくらいである。
そしてそれに負けないくらい王子の美貌が輝いていた。いつもは適当に下ろされている前髪は綺麗に撫でつけられ、露わになった額まで形が良い。瞳の輝きまで二割増しになっている気がして、ジニアは眩し過ぎてクラクラしそうだと思った。
「ローニーさん、こちらも終わりましたよ」
そう告げたのはジニアの後ろにいたホリィだ。
ジニアはお仕着せの侍女服を一人で着ることは可能だが、自分で上手く髪がまとめられず、また化粧もしたことがなかったのでホリィに頼んだのだった。お陰で王城にいてもおかしくないくらいの身なりにはなれたと思う。頼りになる友人である。
「ありがとう、ホリィ」
ローニーが言って振り返る。ローニーも従者兼護衛としてパーティーの場に相応しい格好になっていた。こちらは黒を基調とした衣装だ。
「わ、ローニーさんカッコいいですね」
ジニアはローニーに対してはスッと褒め言葉が言えた。それを聞いた従者は思いっ切り顔をしかめる。翻訳すると「何でこっちを褒める?」だ。
「……」
王子が不服そうな顔でこちらを睨んでいた。
ホリィが慌ててジニアをつつく。
「ちょっと、殿下を真っ先に褒めなきゃダメじゃない!」
「え?で、でも…」
ローニーにはすんなり言えることが王子には言えなかった。カッコいい王子を前にすると、とても恥ずかしいのだ。
「…ジニア。侍女服とはいえ、似合っている。髪もまとめたんだな?いつもと違う髪形も可愛い」
王子が先にこちらを褒めてきた。ただの侍女の格好なのに。綺麗な人に褒められると居た堪れないような恥ずかしさが込み上げる。
「あ、ありがとうございます。…あの、レオン様も、す、素敵です」
「…ああ、ありがとう」
二人で照れてしまった。
そんな生温い空気を感じて、ローニーとホリィはやれやれと肩をすくめた。
ローニーが馬車を回してくるので神殿の馬車停めまで三人連れ立って行くと、神官たちが何やらバタバタしている。どうしたのかと思っていると、ホリィがたまたま居合わせた知り合いに聞いてくれた。
「ああ、教皇さまが明日急にお帰りになるらしくて。その報せがついて大慌てさ」
「え?ずいぶん急ね?」
「何か教会に関係する『預言』らしくて。あの御方は信心深いから、居ても立ってもいられないんだろうなぁ」
そう言ってこちらをチラリとみてから平神官は去って行った。
「ふん。ギリギリ間に合わなかったか。教皇がいればこんな衣装はいらなかったがな」
王子は悪態をつくが、ジニアは前々から気になっていることを王子に聞いた。
「あの、この間も言ってた『預言』って何ですか?」
「ああ。『預言』の力をもった『羽根』持ちがというのがいてな。俺も詳しくは知らんが、その人物が王城にいるらしいとは教皇に聞いたことがある。そいつがたまに『預言』を出して、神殿側に相談してくるんだ。教皇がいなかったのは何か大事なお告げがあったんだろうな」
「へぇ…王城に『預言』の『羽根』を持っている人が」
世の中には凄い人がいるんだなぁとジニアはしみじみしてしまった。
そうこうしてる内にローニーが操る馬車がやって来た。二人でそれに乗り込んでからジニアは窓を開けてホリィに礼を言う。
「ホリィ、色々ありがとう。とっても助かったわ!」
「なんの、王城のパーティー楽しんできてね。いってらっしゃい!」
その声を合図に馬車は走り出す。
いよいよ始まるのだ、と思ってジニアもまた緊張してきた。王子が何故心境を変化させてアデルバード殿下との和解を望んだのかジニアには分からないままだったが、王子の手助けをしたいという気持ちは変わらない。
自分の『羽根』が無効化だとして本当に効き目があるのか分かりにくいのが難点だが、いざという時には躊躇わず女神さまに祈って力を借りてみようと思っていた。
「ジニア、手を出せ」
「え?はい」
隣に座った王子が唐突に何かを差し出してきた。
両手を出して受け取るとそれはシャラ、と小さな音を立てた。灰色のキラキラした石に銀の華奢なチェーンがついたブレスレットだった。シンプルだけど上品で綺麗な品だ。
「侍女服じゃおおっぴらに飾りは付けられないが、それならいいだろう。お守り代わりにつけておけ」
「え…いただいていいんですか?」
「ああ。つけてやる」
そう言って王子はブレスレットをつまみ上げると、ジニアの左手首にそれをつけた。石が僅かな光を弾いて二人の間をちらちらと照らす。とても綺麗だとジニアは思った。
「あの…こんな素敵なもの、ありがとうございます」
嬉しくてお礼を言ったらほんの鼻先にいた王子と真正面から目が合った。また瞬時にジニアの頬が熱を持った気がする。
王子は瞳に真剣な光を湛えて、目を逸らさずにジニアへ告げた。
「ジニア。…全部終わったら話がある。だから、パーティーが終わるまで俺を信じていてくれ」
「は、はい…」
馬車は、王城の外門を越えたところだった。
いよいよ三人はセバド城の中に乗り込む。




