2 田舎の令嬢その2
「その口上は聞き飽きたわ…」
ダリアは腕を組むと自分を落ち着かせるように肩でふうっと息をした。
ジニアとて、妹が自分を心配してくれいるのはわかってはいるのだが。曖昧に微笑んで、腕についた藁くずを捨てるフリをした。
「姉さん」
「なぁに?」
「…そろそろ本当のことを言って欲しい。ホントは、神殿に行くが怖いんでしょ?」
「!」
驚いて目を向けると、ダリアはさっきまでの怒りを消して真剣な眼差しで姉を見つめていた。
「四年前、姉さんが13歳とのとき。神殿に儀式を受けに行く日の朝に、父さんと母さんが馬車の事故で死んだから。…その時を思い出すから行きたくないんでしょ?」
「なっ、なんで…」
「あたし!産まれたときから姉さんの妹だもん!姉さんの考えてることくらいわかるもん!」
ダリアの目にみるみる涙が浮かび上がる。
どうしよう、妹を泣かせてしまった!?
「だって…だって姉さん昔はあんなに熱心に村の神殿に通ってたのに…あの時から全然行かなくなった…。ヒースとデイジーの傍にいたいからって言ってたけど…、2人を言い訳に使ってるだけじゃない?ホントは自分が怖いから行きたくないんでしょ!?」
「そっ…そんなこと…」
図星だった。神殿に行くことを考えると、あの日の事故を知ったときの、血の気が引くような、手に力が入らなくなるような、なんとも言えない無気力に襲われるのだ。
神殿に行きたくない。
それがジニアの嘘偽りない気持ちだった。
「一緒に行こう。ジニア」
「!兄さん…とヒースとデイジー!いつから…」
「ごめん。最初からダリアと来てた。話に入れなくて。」
楓の木の裏から兄と双子の弟妹が顔を出した。
泣いてるダリアと3人からの視線が気まずくてジニアは俯いた。
「ジニア。父さんと母さんがいなくなってからずっとウチを支えてくれていたのはわかってる。オレが騎士団にいられたのも、お前がいけって言ってくれたからだ。感謝してる。」
「兄さん」
穏やかな気性の兄は、自分とよく似た顔でどこか悲しそうに微笑んだ。
「今回は任務ついでの一時帰宅だが、オレもそろそろ騎士団での年季が明けてここに帰ってくるつもりだ。ジニア、そろそろ自分の身の振り方を真剣に考えたほうがいい。お前だって我がシダー男爵家の令嬢なんだし、家事育児に追われて、馬房の掃除までやってる場合じゃないぞ。」
「ばっ、馬房の掃除はいいのっ。ステラ可愛いし」
「第一歩として、神殿へ行ってあの日できなかった儀式をきちんとやろう。」
ーあの日。穏やかで幸せな日が壊れた日。もう二度と会えない両親。それから始まった慣れない家のこと。幼い弟妹たち。神殿に改めて行くことはもちろん、泣いて落ち込む暇すらなかった。
知らずスカートを握りしめたら、その手をそっと2つの小さな手が包みこんできた。
「ニアねえちゃん、行こうぜ!おれもいっしょに行って、手ぇにぎっててやっから!」
「ヒース」
「ニアねえさん…デイジーとヒースのせいで、しんでん行けなかったの?」
「デイジー!ちちち、違うわ!なんでそんなこと!」
うるうるとした青い瞳に見上げられてジニアは動揺する。ずっと面倒を見てきたこの大人しい末っ子三女を猫可愛がりしているジニアは、デイジーの涙にめっぽう弱かった。おまけに、デイジーといつもいっしょのヒースは姉が妹を泣かせたのかと攻めるような顔つきだ。弟妹たちからの視線がジニアの心に突き刺さる。
兄から貰ったハンカチで涙を拭いたダリアが、デイジーの言葉を補足する。
「言い訳につかった、って私が言ったから…。自分のせいだと誤解したのね。」
「あっ!あぁ、違うわ、そんなことないから!違うのよ、ああ泣かないでデイジー!あなたが泣くくらいなら今すぐ神殿へ駆け込むわ!」
そうジニアが叫んだ瞬間、
「言ったわね?」
はっとしてから、ジニアはダリアを見た。
ダリアがなんだか悪い顔で笑っている。涙はどこにいったのよ!
「兄さん!言質は取ったわ!さぁ今から向かうわよ!」
「よしわかった、ステラを出してこよう。」
あっ、ああ、しまったー!