10 従者と王子その2
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いよいよ明日は王城で行われる結婚記念パーティーだ。この二週間あまりはフロックス候爵が呼んでくれた仕立て屋で衣装を用意したり、ローニーの服やジニアの侍女服も手配した。正式な招待状も手に入れアデルバードとの対面に備える日々だった。
夜も更けた頃、レオンは私室の椅子にゆったりと座り窓から微かに見える星空を見つめていた。この離宮は半分山の中なので空は狭く辺りはとても静かだ。暖炉の炎がぱちぱちと燃える音しか聞こえない。
「いよいよ明日だな」
「ええ、そうですね」
傍らのローニーは手酌でちびちびと飲んでいた。ローニー自身は正確に言うと神官ではないので、お酒を飲んだり適度に遊んだりすることもあった。レオンもそれを特に咎めたりはしない。
ジニアは離宮にある召使い用の部屋でとっくに就寝している。実家では日の出と共に起きて日が沈んだら早く寝るという生活をしていたらしいので、夜更かしは苦手だと言っていた。そんなことで明日のパーティーは大丈夫なのかとレオンは小さく笑った。
「…いいんですか、明日本当にアデルバード殿下との和解に臨んで」
「なんだ?」
おもむろにローニーが話し掛けてきた。
酔いが回るような飲み方はしない男だが、その黒い目は探るようにレオンを見つめていた。
「毒を飲まされたり、色々されてきたわけじゃないですか。本当に許せるんですか?」
「ああ」
そのことか、と思った。初めて食事に毒が盛られていた時は気が付かず食べてしまったことがあった。まだ十歳にもなっていない頃のことだ。幸い致死量ではなかったらしく一週間寝込んで快復したが、なかなか辛い体験ではあった。
それがあってから食べるもの飲むものはいちいち『神の眼』で確認するようになったのだ。
「…別に許しているわけではないさ。ジニアの言葉を借りるなら妥協点を見つけたのさ」
「ジニアさんと共にいるために、ですか?そこまで惚れました?」
今日はやけに絡むなと思った。酒の勢いに任せて聞いているのかと思ったがローニーの目は意外なほど真剣である。この従者も根は心配性であることを知っているので、レオンは真面目に答えることにした。
「それだけじゃないさ。ジニアに『教皇になりたいのか?』と正面から聞かれたときにはっとしたのさ。…心から教皇になりたいと望んでいるわけでは無いのかもしれない、と」
「望んでない?」
「ああ。教皇になることは手段であって目的ではない…と言ったところか」
「……」
「己の身を守るための一つの手段さ。権力を手にすればそれが可能だというだけ。だから教皇になる。それが俺の人生なのだ…と思っていたんだが」
「が?」
「違う道もあるのかもしれないと考え直した。ジニアと共にありたいのなら、何か違うやり方が。だから、アデルバードに会ってみようと思う」
「…」
ローニーは黙って自らの椀にお酒を注ぐと、それを一息に飲み干した。
「…はぁ。愛の力は偉大ですかぁ」
「どういう意味だ」
「まぁつまり、ジニアさんのためって事が大きいでしょう?」
「…そうだが。それだけではないと言っている」
「そうですねぇ」
ローニーはわかったようなわかってないような顔でまたお酒を注ぐ。レオンは小さく息を吐いてから話を続けた。
「ローニー。アデルバードとはなるべく二人きりで話を付けたい。その時がきたらお前もジニアも席を外せ」
「え?それは危険ではありませんか?」
「多少のリスクは仕方あるまい。…それに俺は権力に準じるつもりでいる」
その言葉を聞いてローニーは椀を持った手を止めた。
現時点で王太子であるアデルバードと、第二王子でいち神官であるレオンハルトではアデルバードの方が圧倒的に権力がある。それに準じるということは。
「…膝を折るのですか」
レオンは黙って答えなかったが、それだけでローニーには確信できたようだ。アデルバードに頭を下げて降伏するつもりなのだと。己を殺そうとしてきた相手に対して。あの喧嘩っ早くプライドの高いレオンが。
「…やつが国王に即位した時に、臣民の前ではっきりと恭順の意を示さねばなるまいな。その予行演習さ。やつにはその代わりに俺とお前とジニアの命を保証してもらわねばな」
「…」
レオンはもうすっかり腹を決めていた。
いつかジニアにはアデルバードに負けるつもりはないなどと言っていたが、元々権力的には大差があったのだ。己の『神の眼』とローニーの『影』の力でギリギリ生きてこられただけ。政治的な圧力やもっと狡猾な手段でこられていたらとっくに死んでいただろう。そう考えると、アデルバードもこちらが根を上げるのを待っていたのかもしれない。
いいさ、頭を下げてやっても。
レオンはそう考えるようになった。
教皇になって無理に張り合わずとも良い。レオンの傍には、ローニーとそれにジニアがいる。ジニアはレオンに新しい感情を教えてくれた。ずっと傍にいたならば、また新しい何かを知ることができるかもしれない。
それでいいと思えるようになった。
ずっと張り詰めていた何かが、ジニアの髪を撫でたあの時から緩んだのを感じていた。
「…おれは、あなたの望む通りにします。しかし、やはり二人きりは危険過ぎます。せめて影に潜ませて下さい」
「…仕方あるまいな。たが、ジニアには必ず席を外させるようにしてくれ」
「はい」
ローニーは護衛として譲れないものがあるのが分かっていたのでそこは了承したが、アデルバードに膝を折るところをジニアに見られるのは嫌だと思った。
それは王子として誇り高くありたいというレオンのプライドで、負けを認め頭を下げる姿を好きな人に見られることには激しい抵抗感があった。
ーーしかし、後々この決定を酷く後悔することになるとは、この時のレオンには知る由もなかった。
「明日、決着をつけるぞローニー」
「御意」




