4 急襲その後
「つまりどういうことなんです?」
ジニアはとても元気だ。が、王子によって念の為の安静を厳命されていたので離宮の居間で大人しく編み物をしていた。
目の下に隈を作ったローニーがそこに現れたのでお茶を入れてやると、王子もやって来た。
王子は三日前の慰問から帰ってきてからとても静かだ。
いつもの調子なら何故馬車から出て危険なことをしたのだと説教をしてもおかしくはないのに。難しい顔をして黙り込むばかりだった。
二人の前にお茶を置くと、ローニーは話し始める。
ジニアの腕の神聖文字の二文字目は『無』だと。
それを聞いてジニアは前途の通り質問したのである。
「いやもう…、ずっと経典を読んでたから疲れましたよ。ちょっと待ってください」
ローニーは眉間を揉みほぐしてお茶をすする。
慰問の帰り道に襲われた後、賊たちは王都を守護する騎士団に通報して全員捕まえてもらった。
引き渡す前に王子とローニーは炎の矢を放った男の『羽根』を確認していた。男の右腕の内側に『青い炎』とあったらしい。やはりあの炎の矢は『羽根』の力だったのだ。
何故それが、ジニアには効かなかったのか。
確かにお腹に刺さったはずなのに、傷がないどころか刺さった形跡すらなかった。
本人も矢が刺さるのを覚悟したのに体に異常は感じていない。
これはもうジニア自身の『羽根』の力である他ないと王子は推測して、ローニーに経典の読み込みを優先するように命じたのだった。
そうして経典が四冊目までいったところで、同じ文字が見つかったのだ。
「経典に『無毒』って力が載ってました。この『無』っていう文字とジニアさんの腕の一字が同じでしたよ。『無毒』っていうのもあまり聞かない力ですね。『無』という言葉も珍しいわけです」
ずっと黙っていた王子が口を開く。
「ご苦労だったな。…それでつまり、ジニアの腕には『神』と『無』があるわけか。」
「そうですね」
「……それで一体なんの力なんだ?何故あの矢が効かなかったんだ?」
「さあ?」
二人が同時にジニアを見る。
ジニアにもさっぱりわからないので困った顔で首を傾げるばかりだ。
「『神』が『無』い…?」
王子はしばらく考え込んだ後、ローニーに視線を向けた。
「試してみたいことがある。ローニー、力を使って隠れてみろ」
「えっ?」
ローニーは驚いた後、ジニアをチラリと見る。
「まぁ、レオン様がいいならいいですけどね」
そう言うとローニーは立ち上がって、居間の掃き出し窓から外に出る。出てすぐにある木立の影に立つと、そこでこちらを振り返って止まった。
「いきますよ」
何が始まるのだろうか。ジニアはローニーを見つめるが特に何も起こらない。
「……?」
なんだろう。王子とローニーの顔を交互に見つめるが変化は無い。
「ローニー、確かに隠れているのか?」
「はあ、そうですけど。ジニアさん、ばっちりおれの顔見えてますよね?」
「え?え?はい、見えてますけど…」
なんだろう。だからどうしたというのだろう。
「ジニア、ローニーの『羽根』は『影』だ。影に潜んだり、近距離なら影の間を飛ぶように移動できる」
「あっ」
ジニアは思い出した。敵襲に会った時、ローニーが瞬間移動したように見えた時のことを。あれもやっぱり『羽根』の力だったんだ。
「おれ、今、影に潜んでるから普通なら見えないはずなんですけど。レオン様は『眼』があるから別として。…ジニアさんも見えてるんですか?」
「は、はい。…見えちゃってます…」
「なるほど」
王子は何か納得したようだ。
「何がなるほどなんです?」
いつの間にかローニーが居間のソファに戻っていたのでジニアは驚く。一瞬だったので、『影』の間を飛んできたのだろうか。
王子は気にしたふうでもなく続ける。
「推測でしかないが。女『神』さまの力を『無』くす…、つまり、『羽根』の力を無効化するということではないか?」
「力を無くす…無効化ですか?」
無効化?
ローニーはわかったふうに何度も頷く。
「うんうん、なるほど。充分あり得そうな気がしますね。だから『影』に潜んでるはずのおれの姿も見えるし、『青い炎』も効かなかったと?」
「悪魔で現段階での推測だ。まだ三文字目がわかったわけではない」
「しかし、充分使えそうな力ではないですか」
「……」
無効化、私にそんな力が?相変わらず実感はまるでなかった。自分自身には何も変化が無いから尚更だ。
王子はずっと難しい顔をしているが、ふと視線を上げてジニアの目を真っ直ぐ見た。
「……ジニア。三文字目はまだ不明だが、そろそろ家へ帰るか?」
「え?」
「えっ!何を言ってるんですかレオン様!」
声を荒げたのはローニーだ。前のめりになって信じられないというような顔で王子に問い質す。
「まだ向こうは諦めてないんですよ!それなのに貴重な力を手放すなんて!」
向こう?諦めてない?何の話だろうか。ジニアは困惑する。
「どういう意味ですか?」
「…今まで黙っていたが、俺は命を狙われている。三日前の襲撃も盗賊を装った俺の暗殺だ。」
「あん…さつ?」
急に物騒な話になってきた。暗殺。王子の恐いくらい真剣な顔に、背筋がゾクリとした。
「今までは食事に毒を盛られる…くらいだったんだがな。そんなものは俺の『眼』があれば見破れるし大したことはない。たまの外出も俺は常に目視で危険がないか見てきた。…だが三日前のあれは巧妙になったし、力の強い『羽根』持ちで確実に俺を殺そうとしてきた。」
『青い炎』のことか。確かにあの炎が王子に当たっていたら只事では済まなかっただろう。
嫌に跳ねる心臓を抑えてジニアは問う。
「そんな…なんでレオン様が命を狙われるんです?レオン様が何をしたというんですか?」
「俺が死んで喜ぶやつなんて一人しかいない」
王子は一瞬だけ悲しい目をした。ジニアはそれをはっきり見た。
「不肖の兄アデルバード」