1 街へいこう
ジニアは今日、セバド市街に来ていた。
明日王都から馬車で一時間ほどの神殿に慰問に行くらしく、そこに併設された孤児院向けに手土産を買ってこいと言われたのだ。
王子付きの神官見習いになったジニアは王子から給金をもらっている。このお金をほとんどは実家に送り、残りを使って双子の弟妹に暖かい上着を仕立てるつもりでいた。
「毛糸が買いたい?なら、この辺りの露店にいけば何かしらありますよ。手土産用の菓子店も近いですし」
ローニーがそう言って簡単な地図を書いてくれた。ジニアはそれを有り難く受け取ると、見ていた王子が怪訝そうに声を掛けてきた。
「お前、街にお使いなんて行けるのか。迷子にならんか?」
「ちょっと、レオン様その言い方はジニアさんに失礼ですよ。大通りを行くんですから迷子になんてなりませんよ~」
「はい、大丈夫です」
ローニーは王子の冗談だととったらしいが、王子は本気で言っていたし、ジニアも真剣に返した。ローニーはあれっという顔になったが王子はお構いなしに続ける。
「せいぜい気をつけて行けよ、わからなくなったら引き返せ。」
「はい、行って参ります」
●
王子の心配をよそに神殿を出たジニアは、まっすぐ港のある方向へ足を向ける。川沿いに南下して港を目指すと、庶民向けの店が並ぶ方面へ行けるのだ。
お菓子店へはすぐに行けた。大きな通りに面した人気店だからわかりやすかった。露天商が並ぶ通りもその隣の区画だったので、やはりすぐ辿り着けた。
ジニアの失敗はそこからだ。人がすれ違うのもやっとの道を、たくさんの露店がひしめいている光景が物珍しくてついつい目移りしてしまった。
北でしかとれない果物、南の海で獲れた魚、東の山でとれた薬草、西の海を渡ってきた異国の陶器。
とにかく色んなものがあって、お目当ての毛糸と編み棒を購入してからも妹たちが好きそうなものを見かけるとつい買い込んでしまった。
気がつくと日は西に沈みかけ、両手にたくさんの荷物を抱え込んでしまった。しかも薄暗くなったのでほとんどの露店は店じまいをして、自分がどこをどう通ってきたのか見失ってしまった。ここは地元民が使う狭い通りのせいなのか、以前見かけた神殿への案内看板も見当たらない。
認めたくないが、しかし、これは…
「迷子だわ…」
ジニアは途方に暮れた。本当に迷子になってしまうとは。
ひとけもほとんど絶えてしまったので道を聞くのも難しそうだ。とりあえず菓子店のあった大通りを目指して早足で歩き出す。
その時、抱えた荷物の袋からリボンがはらりと落ちてしまった。デイジーの栗色の髪に似合うと思って買った青色のリボンだ。
「あっ」
「おっと、危ない」
いつの間にか近くにいた男がリボンを拾ってくれた。ジニアはほっとする。
「すいません、ありがとうございます」
「うん、リボン汚れてないみたいだ。よかったね」
差し出されたリボンを受け取って、男の顔を見るとジニアは驚いた。暗がりの中ではあるが、金色の髪に青い瞳の目を見張るような美しい青年に見えたからだ。ジニアは感心してしまう。
凄いわ、王子といいこの人といい都会には美形が多いのかしら…
「君、この近くの人?そろそろ暗くなるから早く帰ったほうがいいよ」
「あっそっそうですよね、あのすいません、大神殿ってこっちの道で良かったですよね?」
迷子だと申告するのは流石に恥ずかしかったのでさり気なく聞いてみる。
「ん?大神殿に行きたいの?方向が反対だよ。…ひょっとして迷子?」
全然さり気なくなかったわ、すぐばれた。恥ずかしくてちょっと俯いてしまう。
「…はい、この辺りは初めてで」
「そうなんだ、大神殿に。僕も同じ方向に用があるから途中まで案内するよ」
「あ、ありがとうございます」
なんと親切な人だろう。ジニアは有り難く案内されることにした。
「それも半分持ってあげよう」
「えっいえそんな悪いです、あっ…」
男はジニアから荷物を優しく奪うと前に立って歩き出す。
都会の男の人ってキレイな上にとっても親切だわ。それに髪色が妹ダリアの好きな蜂蜜色の飴に似ていてジニアは好感を持った。
男は横目でチラリとジニアを見てからのんびりと話し出す。
「君、それは神官服だよね?神殿の神官かい?」
「はい、見習いですけど。」
「ふぅん。神官になる人っていうのは、神官向きの『羽根』を授かることが多いって聞くけど。君もそうなのかい?」
「えっ…、えとどうなんですかね?」
そうなんだ、その話は初耳だ。
親しくない人間同士では気軽に自分の『羽根』を明かしたりしないのがマナーとされる。その昔ジニアも母親に「あなたのお家にお金がいくらありますか」と尋ねるようなものだから人に聞いてはいけません、と教わっていた。『羽根』は個人の財産のようなものである。
レオン王子の『羽根』が有名なのは例外で、王子の身分は公人だしその力が特異すぎるためである。
なので神殿の神官たちがなんの力を持っているか全く知らないし、神官の向き不向きもわからない。
「はは、ごめん初対面で不躾すぎたかな。そんな困った顔をしなくても」
「いえ、あの何も知らなくて、すいません」
男はそんな感じで気軽に話し掛けてくるのでジニアもそれに返事をしながら歩いていると、いつの間にか買い物をした菓子店の前まで辿り着いていた。
そこに何故かローニーがいた。
「ジニアさん、探しましたよ!」
「ローニーさん、探してくれたんですか?」
「レオン様が貴方が帰ってこないってイライラしてまして。あれは心配で仕方ないってやつですよ。…こちらの方は?」
ローニーが男の方を見て言う。
「あっ、あの迷った私をここまで案内してくれた方です。」
「そうですか。…これはご親切にありがとうございました。行きましょう、ジニアさん」
ローニーは素っ気なく礼を言うと歩き出そうとしたが、ジニアはそれを慌てて止める。男から荷物を返してもらい、紙袋の中から小さな瓶に詰められた蜂蜜色の飴を探すとそれを男に差し出した。
「あの、親切にありがとうございました。これお礼にどうぞ」
「いやいいよ、それ程のことをしたわけじゃないよ」
「でも私はとても助かりました。それにこれあなたの髪色にピッタリだなって。よかったら受け取ってください」
「え?」
男は何故がひどく驚いたような顔をして、飴の小瓶を受け取った。
「行きますよ、ジニアさん」
「はい、ありがとうございました」
親切な男とはそこで別れた。
●
「おい、お前やっぱり迷子になってたというではないか!満足にお使いもできんとは!」
ローニーがジニアを神殿に連れて帰ると、王子の説教が始まった。しかも王子はとても機嫌が悪い。
「それに加えて怪しげな男にナンパされてただと!?優しく声を掛けられたからといってホイホイついて行くではない!!」
「な、ナンパ!?そんなあれはただの親切な方でナンパなんて…」
「危機感が足りん!」
王子の説教にジニアはタジタジだ。
知らない男と二人きりで歩いてたのが気に食わないんだな、とローニーは分析した。まったく、ウチの王子は素直ではない。
ふとジニアといた男を思い出す。
黒髪、黒目の顔立ちの整った男。どこか胡散臭い雰囲気を感じたのですぐにジニアと引き離したが、本当にただの親切なだけの男だったのだろうか。
王子に後で相談しておくか、とローニーは思った。