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第二話

「それ、なら、こんどいっしょ、に、てが、みを、かいて、そ、れならこん、ど、……あ、また同じところ読んじゃった」


 俺とともやの前で小さく読み上げたルキアに、定規を渡した。


「じゃあ今度はさ、定規を読みたい行の隣にあてて読んでみてよ」

「え……? あ。『それ、なら今度いっしょ、に、手紙を、書いて、みよ、うと言いました』、うん、何もないよりずっといいよ」

「一行読み終わったら、定規を左にずらしていけばいい」

「へえ~。これなら同じ行を繰り返し読んじゃったり、前の行に戻っちゃったり、飛んじゃうことだってないもんな。簡単だし、いいじゃん。優、よく知ってたな」

「ネットに載ってたのをたまたま見つけただけ。読むのが苦手な子、けっこう使ってるらしいよ」

「優くん、ありがとう。これからはぼくも使ってみる!」


 完全解決するわけじゃない。単語の区切りは今もいまいちわからないみたいだし。

 だけど俺も読み飛ばさなくなったし、そこだけ見ればいいから読みやすくなった。

 四角い厚紙の真ん中を国語の教科書の一行分に合わせて切って使ってる人もいるみたいだから、今度作ってみるつもりだ。

 ネットで検索すると市販されている発達障害向けの道具もあったが、小学生である俺が買うのは難しい。

 だが、どんなものが助けになるかがわかれば、似たようなもので代用はできる。

 アプリもいろいろあって、電子機器は本当に便利だ。

 そういうものがなかった時代の人はどんなに苦労したことだろう。

 そもそも『発達障害』というものだとわからず、ただただ自分がだめな人間なのだと自分を責めていた人もいたかもしれない。


「でもさ……。読もうとするとそっちに全部の力を使っちゃうから、何を書いてあるのか、意味はわかってないんだよね。誰かが読んでくれたらいいのに」


 単語で区切って読むことも難しかったのだから、それはそうだろう。


「音声読み上げソフトとか使えば? タブレットでもそういうアプリがあるよ」

「そうなの? でもぼく、タブレットとか持ってない……」


 学校では一人一台タブレットが用意されているが、それは基本的に学校で使うためのもので、許可なく学校外に持ち出すことはできない。

 アプリも勝手に入れることはできないし。


 なかなかに難しい問題だ。

 便利な時代になったものの、どの家庭でも子供にタブレットを使わせているわけではないし、学校ではデジタル化という言葉があるだけで実際は今もアナログな授業をしている。

 進んでいる学校もあるのかもしれないが、この学校は俺が通っていた頃と大きくは変わっていない。


 読むことに関しては学校では大体先生が読むから支障はないが、あとは書くことだ。

 それについてはタブレットで黒板の写真を撮るというのがあったが、それをよしとしない教師も多いようだ。

 このクラスの担任がどこまで聞いてくれるかは交渉してみないとわからない。


 忘れ物に関しては、リストバンドにメモが書いて消せるっていうやつがあったのだが、メモはいつも携帯できても書くものを持ち歩かなければならないという問題がある。

 大人なら胸ポケットのある服だとかを選べばいいが、子どもの服のポケットは小さすぎてペンが落ちてしまう。

 激しく走っては転ぶのが日常でもあるから、ペンなんてすぐにどこかに落とすだろうし。

 道具があってもなかなか活用が難しいものだと痛感した。


 それでも、やれることはなんでもやらなければ。

 先生との交渉だったら、まだ希望はある。


 昼休み。

 俺はルキアとともやから離れ、机で何やら書き物をしていた先生の元へ向かった。


「ねえ、先生。黒板の字を書き写すの大変なんだけど。全然間に合わないし」

「そうだったの? じゃあそういう時は言ってくれる? 消すのを待つから」

「いつもだよ。それにそういうの俺だけじゃないんだけど。みんなが書き終わるの待ってたら授業が遅れるけど、いいの?」

「そりゃあもちろん、置いていくわけにはいかないもの」

「だけど全部の授業でそれやってたら、規定の授業、終わるかな」


 その言葉に先生は目を白黒させた。


「ちょ、優くんったら、そんなこと誰から聞いてきたの? 子どもはそんなこと気にしなくても……」


 続いて「あ、あの」とルキアの声が聞こえて俺は慌てて振り返った。


「先生、優くんは、いっぱいいろいろ調べてくれて、ぼくたちが勉強できる方法、一緒に考えてくれてるんだ」

「どういうこと……?」


 ルキアは巻き込むつもりじゃなかったのだが。

 ともやも一緒に来ていた。


「ルキアが、教科書に定規をあてて読んだら、読みやすくなったんだって。だから、他のことも優が――」


 ともやの言葉に先生がはっと息を呑む。


「それって……」

「僕も優くんも、苦手なことがたくさんあるから。だから工夫したら、いろいろやりやすくなるって。黒板もタブレットで写真を撮らせてもらって――」

「優くん、あなたルキアくんに読み書き障害があるって伝えたの? それはダメよ!」

「言ってないよ」


 あーあ。

 むしろ今先生が言ったんじゃないか。


「優くんが診断を受けたの? それでそういう方法を教わってきたのかもしれないけど、ルキアくんが診断を受けていないなら勝手にそんなことを勧めたらダメ」

「大事なのは診断を受けてることじゃなくて、困ってるかどうかじゃないの? そしてそれをして楽になるかどうか。ルキアは定規があれば前より楽に読める。診断のあるなしなんか関係なく、それを使って楽になるなら、誰だって使えばいいだけだろ」

「でも、それじゃあみんなが甘えて楽をするようになって、普通に読めなくなっちゃう」

「は?」


 思いっきり眉に皺が寄ってしまった。

 これか。伝えてもやってもらえるとは限らないとは知っていたが、そういう論理を振りかざすわけか。


「普通に読める奴がわざわざそんな面倒なことするか? 好奇心でやってみたとして、自分には別に得もないのにそんな面倒なだけのことを続けるか?」


 定規をあてて読むくらいのことで何を言っているのか。


「それに黒板の写真を撮って終わりだなんて、それじゃ何も頭に入らないし、字の練習にもならないじゃない。安易に楽な方法をとってしまったら、学ぶ機会を奪ってしまうことになるかもしれないのよ」

「学ぶって何? 理解すること、それを使えるようにすることじゃないの? 必死に字を書き写してるほうが頭に入んないよ。書くことにしか集中できないんだから。あとで読み返しても何書いてあるかわかんないものを書く意味ってなに?」

「何度も練習するから書けるようになるのよ。書くのをさぼったらいつまでも書けるようにはならないわ」

「ふうん。先生は六年生のクラスで教えたことはないの? 六年生はみんな字が上手く書ける? スラスラ音読ができる? 俺たちみたいな奴は一人もいない?」


 先生は固く押し黙った。


「一年生の頃に比べたら六年生になる頃には上達はしてるのかもしれない。だけどいつまで経っても同じ学年の子と同じレベルにはならないんじゃないの? その子たちは勉強をサボってるから? それとも馬鹿だから? 俺たちがダメだからいつまでもできないの?」

「それは……」

「俺たちは馬鹿じゃないよ。先生が教科書を読んでくれたら何を言っているのかわかる。ルキアは口で言われるとわかんないこともあるけど、絵とかがあればわかる。理解できるし、自分で考えることだってできる。自分に合うやり方なら、勉強はできるんだよ」

「でも、周りの子たちが納得しないでしょう。二人だけずるいって言うわ」

「今先生が言ったのは、視力が悪い奴に眼鏡をかけたらずるいって言ってるのと同じことだぞ。そんなことを言わせないのが先生の仕事だろ?」


 先生は再び押し黙った。

 だがその目は反論の言葉を探しているのがありありとわかる。

 迷いは見えるものの、納得などしていないのが丸わかりだ。


「そもそもさ、ずるいって言われるのだけが俺たちのダメージだと思ってんの?」


 その言葉に、先生が何を言っているのかというように眉を寄せる。

 やはり全然理解していない。


「俺とルキアが音読するとき、他の奴らがあれこれ言うの黙って見てんじゃん。それを止めもしないくせに、ずるいって言われるのだけ気にするの? そんなのいまさらだよ。俺たちの上手くない字は教室の壁にも廊下にも貼りだされて、『下手くそ』『読めない』ってくすくす笑われて。俺たち小学生は常に評価にさらされて生きてるんだよ。忘れ物してはみんなの前で怒られ、ケアレスミスをしては怒られ、毎日あれこれ笑われるよりは、『ずるい』の一言で済むほうが何万倍もマシだね!」

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