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第七話

 はっと気づくと机の上には変わらずノートが置かれていた。

 だが開けば先ほどはなかった文字が書かれている。


「『わう』?」


 犬か。

 一生懸命書いたのだろうことはわかる。

 いつもノートに書かれている筆圧の強いその字はどう見ても『わ』としか読めない。

 だが俺にはすぐにわかった。


「『ゆう』。優だな?」


 俺の記憶がない間この体を操っていたのは、優。

 そうなんだろうとは思っていた。

 彼がこの体の本当の持ち主だ。

 つまり、俺は思い違いをしていたことになる。

 俺が前世の記憶はちらほらあるのに幼い頃のことはまったく覚えていないのもこれで説明がつく。

 その時間を俺がこの体で過ごしていないからだ。


 俺は転生したんじゃない。

 転生先の体に別の魂があるパターンもあるが、その場合は入れ替わっているなどして表に出て来はしない。

 持ち主がちゃんとここにいて、時折出てくる。

 つまりそれは俺が勝手にこの体に入り込んでしまったということ。

 俺は、ただの『優』に勝手に取り憑いた幽霊だったのだ。

 なんてこった……。悪霊じゃないか。


「すまん、優。俺が勝手にこの体を奪っちまったんだな……。きっと俺は若くして死んだせいで諦めきれずにそこら辺を彷徨ってたんだろうな。それがなんでこの体に入っちまったのかはわからんが。とにかくこの体、返すよ。長いこと気づきもしなくて悪かったな」


 そう言うだけ言って、俺は机に突っ伏した。

 せっかくチートを手に入れたと思った。新しい人生を手に入れたのだと思った。

 だが違ったのだ。若くして死んだ俺にアディショナルタイムが与えられたわけじゃなかった。

 勝手に人の体を奪って悪霊になってるなんてまっぴらごめんだ。そこまで落ちぶれたくはない。

 芙美や健治に別れを言いたい気はしたが、これからは本来の優に戻るのだ。

 芙美と健治にとっては別れなんて存在しない。

 ともやとルキアだってそうだ。『優』は既に二人と遊んでいるのだから何も変わらない。

 俺の感傷なんてどうでもいいこと。


 だから。

 心置きなく俺はここを去れる。

 あばよ、この世。


 そう思ったのだが。

 はっと気が付くと――そう。また気が付いてしまった。

 つまり、俺はまだ優の中にいた。


「なんでだよ!?」


 慌ててノートを見ると、『かナご』と書かれている。

 バランスが悪く、パズルのようにバラバラに書かれたヒントをかき集めるように一つの文字を作ってみるが、

『か』と『ナ』と……、いや、『や』か?


 読めん。


 俺は顎に手をあてじっくり二分ほど考えた。

 そして閃いた。


「『やだ』か!?」


 答えはわかったが、わかったとて『やだ』とはどういうことだ。


「なんでだよ! これはおまえの体だろ?! 俺に乗っ取られて悔しくないのかよ。返すって言ってんだろ」


 机に突っ伏してみたが、全然意識を失わない。

 出てくるつもりがないようだ。

 だが『やだ』の二文字で納得できるわけがない。

 俺は悪者にはなりたくないのだ。


「おい! ちゃんと理由を言えよ」


 そう言ってまた机に突っ伏そうとしたが、また解読するのに時間をかけるのも無駄だなと我に返った。

 優自身はまだほとんど字を練習できていないし、自分の体を動かすことにも慣れていないんだろうから、もっと簡単に意思疎通を図れるようにしなければ。

 これでは何度交代しようと、まるで話が進まない。

 俺はタブレットを取り出し、俺の中の『優』に向かって語り掛けた。


「字を書くよりタブレットで字を打ち込むほうが楽だろ? 音声入力だってあるし。なんなら録音機能を使ってもいい。俺が何度も使ってたし、使い方はわかるよな? わかんなかったらノートにバツを書いてくれ」


 そう言って三度机に突っ伏した。

 そうして意識を取り戻すと、タブレットに開かれたメモ帳には、『こんなからだでいきていけるじしんがない』と書かれていた。


「なんだと……?」


 自分の意思で俺の裏に身を潜めたまま、体を奪い返さなかったというのか。

 だが確かに戻ろうと思えばいつでも戻れたわけで、そうしなかったということはそうなのだろう。

 だとして。

 その言葉に、俺の腹にはふつふつと怒りが湧いた。


「おい。いいんだな……? だったら俺がこの体もらうぞ?」


 どんな体だろうと、この体は今生きているのだ。

 生きているほうがいいに決まっている。動く体があるほうがいいに決まっている。

 持っている者が簡単に投げ出すのなら、俺が使う。

 死んでから後悔したって遅いのだから。


「おい、優。そこで見てろよ? どんな体だろうと、俺は幸せに生きてやるからな」

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