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第四話

 いつも俺を遊びに誘うのはともやとルキア。

 やっと顔と名前を覚えた。

 授業で班を組むときも誘われ、断る理由もないからそのメンバーで組むことになる。

 ともやは下に弟がいるらしく、何かと仕切ってくれて楽だ。

 その代わりのように、ルキアはどこかぼんやりしていて、うっかりミスが多く、先生に怒られてばかりだったから、俺とともやはそのフォローに回ることが多かった。


「大丈夫だって、気にすんなよ」


 ともやはいつもそう言ってルキアを慰めた。

 俺も普通のフリは継続しているものの、やっぱり日常は退屈で気を抜いて生きているから、小さなことを忘れてしまうことはよくあって、忘れ物も多かった。

 だが真面目に授業を受けるつもりなんてなく、とにかくしっかり椅子に座って授業に参加しているフリさえしていればいいと思っていたから、気にもしていなかった。

 ルキアも同じように割り切れというのは無理な話で、失敗の多い自分に自信喪失し、落ち込んでいた。


「忘れ物なんて誰にでもあるんだし」

「そうそう。忘れ物をしていない奴らは、まだ親が手伝っているだけかもしれないしな」


 これまで幼稚園や保育園に持っていくものはいつも同じだったり、親が準備してくれたりしていたのが、小学生になって時間割は毎日違うし、いきなり自分で準備しなさいとか言われるわけだ。

 そんなもの、最初からうまくいかなくたって不思議はない。

 ルキアもそう聞いて最初の頃は「そうだよね」とほっとしたように笑っていたが、いつまでも怒られ続けるうちに自分だけがダメなのだと思うようになってしまったらしい。

 もはやともやの力強く優しい言葉も慰めにはならず、ルキアは暗い顔ばかりになっていった。

 そうなるとさらにミスも増えて、先生に怒られることも増え、悪循環だった。


 ルキアはいい奴だ。

 優しくて、友達思いで、発想もユニークで、面白い。

 俺にはないものをたくさん持っている。

 そんなルキアだから、もっとルキアらしく笑っていられるようになればいいのにと思うようになった。

 でも他に何ができるのかわからない。

 だから俺は芙美に聞くことにしたのだ。


「お母さん。忘れ物ってどうやったらなくなるんだろうね」


 いきなりとびきりの解決策が出てくるとまで期待していたわけではない。

 さあ、どうかしらと流されても仕方ないとさえ思っていた。

 だが芙美は、何故だか俺の言葉に固まってしまった。


「優……」


 そうして悲しげに、申し訳なさそうに俺を見るのだ。

 もしかして、俺が困っていると思ったのか。

 そうではない。俺は慌てて弁解した。


「いや、俺じゃなくて、友達がさ、忘れ物が多くて悩んでるから。何かいい方法ないかなーと思って」

「そうね……。忘れ物って、困るのもそうだけど、落ち込むわよね。なんとかできるなら、したいわよね」

「うん、まあそりゃあね」


 何気なく答えると、芙美はすっと顔を上げて俺を真っすぐに見た。


「待たせてごめんね、優。お母さん、もう逃げないから」

「え?」


 何の話だ?


「いや、えっと、何のことかわからないけど、俺のことじゃないよ?」


 確かに俺も忘れ物をするから、俺が言い訳をしているだけに聞こえたのかもしれない。

 だが強がりでも何でもないのに。芙美を心配させるつもりじゃなかったのに。


「優、一緒に頑張ろう」


 それから芙美は、俺が何度違うと言っても逆に心配になるくらいの前向きな言葉を返すばかりで。


 そうして俺は、再びあの施設に連れて行かれたのだ。

 久しぶりとなった二回目は、前と同じように俺は芙美と別れて他の子どもたちと遊ばされただけだった。

 だがその次は、「今日はクイズみたいなことをやるからね」と言われ、違う部屋に連れて行かれた。

 机を挟むようにして椅子がニ脚だけ置かれた小さな部屋で、中に入ったのは俺と綺麗めのシャツを着た女の人。

 この人も首から名札を下げているから、職員なんだろう。


「私は杉崎と言います。優くんよろしくね」

「よろしくお願いします」

「今からクイズみたいにいろんな質問に答えてもらうんだけど、途中でトイレに行きたいとか喉が渇いたとかあったら遠慮なく言ってね」

「はい」


 杉崎さんは何やら冊子のようなものを胸の前に抱えており、それをぱらりとめくった。


「じゃあ、まずは……」


 そう言って告げられた問題は別に難しいものじゃなかった。

 だが、ただ「クイズ」ではないのは明らかだ。

 わざわざ静かな部屋に連れ出されたこともそうだが、何より俺の答えを記録しようとしているのだから。

 これは気楽なお遊びではない。

 芙美もこの施設の職員たちも、俺が普通ではないことに気が付いていて、IQがどれくらい高いのか調べようとしているのだろう。

 芙美もいよいよ俺がチートな能力を持っていることを認め、それを活かしていくことにしたに違いない。

 だが、なんで忘れ物の話をしていたところからこんな流れになったのだろう。

 俺は天才なのだから忘れ物なんて些細なことだし気にしなくていいと、自信をつけさせるため?

 いや。

 芙美の「一緒に頑張ろう」は向き合いたくない現実に向き合う覚悟を決めたように聞こえた。

 言葉通りの前向きさよりも、自分にそう言い聞かせているようなものを感じた。


 だとしたら、俺はこのテストに全力で臨んだほうがいいのか。

 それとも、『普通』になるように手を抜いたほうがいいのか。


 そう悩んだ瞬間、ぷつりと意識が途切れた。

 気づいたのは、帰りの車の中だった。



 一か月後、再び施設を訪れると、また俺は他の子どもたちと遊ぶ部屋に置いて行かれ、芙美は職員と連れ立って部屋を出て行った。

 いつものように職員や他の親たちと戻ってきた芙美の小さなバッグからは、大きな封筒がはみ出していた。

 あれは、もしや先日の結果か?

 そう思い、ぱっと芙美を見上げるとその目は赤かった。


 泣いていた?

 何故?


 あまりにIQが高くて驚いたのか。

 そんな風に能天気に考えることは、さすがの俺もできなくなっていた。

 芙美は嬉しそうにはとても見えない。

 何故いつもそんなに悲しそうなのだろう。

 何故いつも悩んでいるのだろう。

 原因が俺だということはわかっている。


 俺の何が悪いのか。

 何がダメなのか――。


 ルキアの気持ちがやっと少しだけわかった気がした。

 親を悲しませるためにここにいるわけじゃない。

 それなのに何をやっても期待に応えられない、悲しませてばかりだと思うと、こんなにも辛いものなのか。


 帰る車の中、芙美は必死に涙を堪えるようにして、一言も言葉を発することはなかった。

 何があったのか、聞くこともできなかった。


 だが俺は、もう俺のことを知らないままではいられない。

 芙美が俺の何に悩んでいるのか。

 何を問題だと思っているのか。

 そして、テストを受けたのは誰なのか――。


 俺はそれを知る必要がある。

 芙美を悲しませないために。

 俺が今ここで再び生きている意味を確認するために。

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