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前を向ける理由

作者: 山田太郎

「必殺、みじん切り!!」

 決着の瞬間は、いつもその声の後だった。周りから歓声が上がる。幼い頃、両太が使うその技に、たまらず俺は降参した。

 チャンバラごっこ。新聞紙を単に丸めるだけの俺に対し、両太は器用に切り貼りして二本の短剣を作った。それも見事な剣の形をしていて、なかなか様になっていた。きっとアニメなどの影響で、二刀流に憧れていたのだろう。

 両手で握った剣を掲げ、勢いよく襲いかかってくる「みじん切り」に、俺は為す術がなかった。そこで「千切り」なんて反撃をしようものなら、さらに格上の技「スーパー高速みじん切り」をお見舞いされるに違いない。そんな覚悟も体力もない俺は、どちらにせよ降参せざるを得なかったのだ。


 小中高と同じ学校に通った俺と両太は、まさしく親友であった。青春の多くを共にした。

 大学に通い、数学の教師を目指した俺に対し、両太は専門学校を出て美容師になり、一足先に社会人になった。

 そんな俺と両太も、もう30手前だ。時が経ち、すっかり別々の人生を歩んでいる。


 12月下旬。仕事納めの後。束の間の冬休みなんて文字通り一瞬で、また忙しない日常がやってくるのかと思うと、ふぅ、とひとつ溜息がこぼれた。

 目的地へ向かう。突き刺さるような冷たい風のせいで、肌を出すのが嫌になる。マフラーで顔を半分隠し歩いていると、居酒屋の灯が見えてきた。今日は数年振りに両太と会う日だ。

 店に入ると、奥から手を振る両太が見えた。

「ゆっちゃんこっちこっち! 飲むよー!」

 彼は俺をゆっちゃんと呼ぶ。本名は唯。ユイという響きだから、名前だけだとよく女の子に間違われる。だが自分では結構気に入っていて、「唯一無二のかっこいい人になれるように」と親から貰った大切な名前だ。

 席に着くなり、飲み物を頼んだ。

「生1つと、ゆっちゃんは?」

「んー、カシオレで」

 なんだか、両太はいつも俺を上回っている気がする。生ビールだなんて、まだ俺にはその美味しさがわからない。きっと舌が年齢に追いついていないのだろう。

 話は近況報告の流れになった。

「今も彼女いないの?」

 だし巻き卵に醤油をかけながら両太が聞いてきた。

「まあねー。言い訳になるだろうけど、今は仕事で手一杯って感じ。そういえば、もうすぐ2人目産まれるんだっけ?」

 両太は学生時代の彼女とそのまま結婚し、数年前に第1子が誕生していた。最近、もうすぐ2人目が産まれると聞いていたところだった。

「それが、実は先月生まれたんだ。今日言おうと思ってゆっちゃんには黙ってたけど。兄妹そろって同じ顔で毎日キャッキャしてるよ」

「まじか! おめでとう。もう一家の大黒柱じゃん。子どもいるとお金と時間いくらあっても足りないでしょ。同い年とは思えないわ」

「ありがとう。まあそうだねー。でもご存じ優秀妻のおかげと、昇進も決まったし何とかやっていけるって感じかな」

 両太は本当にすごい。尊敬することが多いから、見習うつもりでずっとくっついてきたが、今や家庭と仕事を立派に両立させている。流石、名前に「両」が入っているだけある。そういえば昔、よく二刀流なんてして遊んでたっけか。新聞紙使って。懐かしいな。今でも二刀流は健在かよ。

「すごいよな両太は。家族も大切にして、仕事も順調で。尊敬するわ」

 一直線に言うのは中々照れくさかったので、枝豆をいじりながら褒めてみた。チラリと両太を見ると、何やら真剣な面持ちでこちらを見ている。

「全部ゆっちゃんのおかげってところ、あるんだけどね」

 何言ってんだこいつはと思った。まだ口の中に枝豆を入れたばかりなのに、目を逸らすため次の枝豆に手を伸ばす。

「小学生の頃、俺がいじめに遭ってた時期もゆっちゃんだけは味方でいてくれたし、中学のとき俺が苦手だった数学、ゆっちゃん土日使ってまで一生懸命教えてくれたし、高3のとき進路で悩んでる俺に『器用でオシャレだしコミュ力もあるから』って美容師勧めてくれたのもゆっちゃんだったし。自分で言うのも何だけど、俺の人生充実してて輝けてるのも、ゆっちゃんがいたからだって。今になって思うんだよ」

 何を言うかと思ったら、そんなこと。そんなこと。俺のおかげって、そんなわけ。そんなわけ……。

 もう氷だけが入っていたカシオレのグラスを握り、溶け残った水を飲み干した。


「じゃあ、今日はありがとう! ゆっちゃんの彼女報告、いつでも待ってるっすよ〜」

「いつになるかなぁ。両太の子どもが成人するまでには見つけるわ」

「遅すぎだろ。じゃ良いお年を」

 帰り道、俺は良い気分だった。ふわふわと思い浸っていた。

 俺の存在が、両太にとっては案外大きかったらしい。たまに勝手な劣等感を感じていたが、そんなことは必要なかったのかもしれない。俺は両太にとって、唯一無二の存在になれていたみたいだから。

「ゆっちゃんがいたから輝けてる」か。いつもやられる俺がいたから、あの「みじん切り」も輝いていたのかもな。それに関しては何だか踏み台にされている気もするが。

 家族に仕事、おまけに友達想いだなんて、いつの間にやら三刀流に進化してやがる。まあ、俺は俺で頑張るよ。ひとまずゆっくり休んだら、さあ新しい一年を始めるぞ。

 冷たくて気持ちのいい夜風が頬を撫でた。

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