第97話「決闘受け入れたり」
魔導国『ザリグルク』と『友好的外交』を結んだ時から一ヶ月後。アドナロ王国の訓練場では魔族兵たちの掛け声と武器を振るう音が響く。魔王軍はアドナロ王国の南に位置する国、『武闘国家オーディロダム』に宣戦布告をしていた。一方、アドナロ王国は完全に魔族に染まり、王城やその他施設に魔族が常在していた。
「ハッ!!!」
「ニャハッ!!!」
ゼベルトたちもアドナロ王国にて、来る戦争の準備をしていた。訓練場にゼベルトとヴェルニャの声と剣の音が響く。アニアはゼベルトとヴェルニャの鍛錬を観戦しながら、片手で魔素を練り、同時進行で呪術の鍛錬をしていた。
「…もう一回だ。ヴェルニャ。」
「はいはーい!! 何度でも付き合うよ〜。」
ゼベルトは未だ『先の先』を習得できていない。何度も何度も、ヴェルニャと一の太刀を競わせながら、少しずつ感覚を掴んでいた。
「…。」
「…。」
二人が木剣を構え、向かい合う。もう二人にとって日常となった一瞬の静寂。
「…ッ!!!」
ヴェルニャが剣を振るう。その動作を目に捉えて、ゼベルトは剣を走らせる。
「づっ。」
しかし、ゼベルトの剣はヴェルニャの高速の剣に間に合わない。ヴェルニャの木剣がゼベルトの腹を叩いた。
「おう、大丈夫!? ゼベっち!?」
「ゼベルト様!!」
蹲るゼベルトをヴェルニャが心配する。アニアは目にも止まらぬ速さでゼベルトに駆け寄った。
「だ、大丈夫だ…。」
息を深く吐きながら、ゼベルトは返事をする。、
「無理はいけませんよ、ゼベルト様?」
アニアはゼベルトの背中をさする。もう昼過ぎ、朝から始まった鍛錬でゼベルトは何度もヴェルニャの木剣を体に受けていた。
「ああ、わかってる。くそ、あとちょっとなんだけどな。『起こり』を完全に捉えきれてない。それとやっぱり俺の体じゃヴェルニャには追いつけないのか…?」
ゼベルトは苦悶の表情を浮かべ、拳を握る。『先の先』の習得。あと一歩、何かが背ベルトには足りなかった。
「ニャ〜、私はどこまで言っても感覚派だからねえ。うまく言えないけど、全身、ううん、魂とか命を搾り出す感覚で剣を振るってみたら、いいかもよ? ゼベっち。」
「魂と命か…。」
ヴェルニャの言葉を受けて、ゼベルトは頭を整理する。
(確かに、言葉で考えすぎなのかもな。もっと体で感覚で、気持ちでやってみるか…。)
ゼベルトはアニアの手を借りながら、立ち上がる。
「もう一回頼む。ヴェルニャ。」
「うん、でも今日はこれで一旦最後にしよっか。ゼベっちの体アザだらけだし。一回回復魔術かけてもらった方がいいよ。」
「アニアもそう思います。」
「わかった。これで一旦最後にしよう。」
ヴェルニャとアニアの了承を経て、ゼベルトはもう一度木剣を構える。アニアは心配そうな顔をしながら、二人から距離を取る。
「…。」
ヴェルニャも顔を真剣にさせて、木剣を構えた。
(感覚、感情…。)
ゼベルトはヴェルニャを視界に入れて、脱力をする。
(命、魂を搾り出す。もしここで勝てなかったら、誰かが死ぬ。幼い時のあの頃みたいに!!ヴェンデルさんが身代わりになってしまったように!!)
ヴェルニャの筋肉の収縮する音が、ヴェルニャの心臓の鼓動がゼベルトの耳に届く。そしてヴェルニャの木剣が少し動いた。
「ッ!!!」
ゼベルトが勝った。ヴェルニャの木剣は宙で止まり、ゼベルトの木剣がヴェルニャの首筋を
叩いていた。
「ニャ!!! 成功だね〜ゼベっち!!! 私一切手加減してないよ!!!」
ヴェルニャが首筋を押さえながら、ゼベルトを褒める。しかし当の本人は。
「いっっってえええ!!!」
木剣を握った右手を左手で押さえ、強烈な痛みに悶えていた。
「ゼベルト様!? 今回復魔術使いを連れてきます!!」
アニアが血相を変えて医療所へ走った。
ゼベルトは回復魔術を受けた。3人は訓練場の端に行き約束通り、一旦休憩をすることになった。
「だいじょぶ? ゼベっち?」
「ああ、痛みはだいぶ引いた。」
「良かったです。ゼベルト様の身に何が起こったのか、教えてくださいませんか?」
アニアがゼベルトの右腕を愛おしそうにさすりながら、ゼベルトに聞いた。
「俺も、よくわからない。ただ、さっき何かの一線を超えたのは確かだと思う。」
ゼベルト右手を開いては握りを繰り返し、自身の身に起こったことを考える。
「う〜ん、一線かあ。多分ゼベっち、火事場の馬鹿力だしたんじゃニャい?」
「火事場の馬鹿力?」
ヴェルニャの言った言葉をゼベルトは知らなかった。
「死の危機に瀕したとき、生者が普段ではあり得ないほどの力を発揮することですね。熊に襲われた母が子を守ろうと拳を振るったら、熊が吹き飛んだ。このような話が載っている本を読んだことがあります。」
アニアが『火事場の馬鹿力』を説明した。
「そうそう、『制限突破』なんて言ったら格好いいかもね。生き物は筋力や魔力に無意識のうちに制限をかけていて、危機に陥るとその限界を突破する。」
「なるほど、その反動で激痛が走ったのか…。」
無理矢理に精神状態を追い込むことで、ゼベルトは限界突破を成した。そして『先の先』を成功させたのだった。
「あ、ちなみに獣族はその制限が緩くて、だから魔族とか人族より力強いなんて話もあるよ。」
ヴェルニャが両腕に力こぶを作って追加説明をした。
「ゼベルト様、すごいですね。『制限突破』を自由にできたら『先の先』も完全にできるのではないですか?」
「ああ、でもそのためにはもっと回数をこなして慣れないとな…。」
アニアの言葉にゼベルトは賛同した。しかしゼベルトの体はまだ『制限突破』に耐えられなかった。ゼベルトは自身の伸び代を知り、安心しつつも、直近に迫る武闘国家オーディロダムとの戦争に間に合うかと焦るのだった。
「3人とも!! ここにいたのか。」
ゼベルトたちの元に、プラグマがやってきた。
「やっほー、どしたのプラグマ?」
ヴェルニャが気さくに挨拶をする。
「今、オーディロダムから宣戦布告に対する返答があった。」
3人の顔色が変わる。
「魔王様がお呼びだ。魔王座の間に来てくれ。」
ゼベルト、アニア、ヴェルニャはプラグマに連れられ、魔王座の間に向かった。
「『戦争は受けない。しかし、国の主権をかけて、3回の決闘を望む。先鋒、中堅、大将。両軍最高峰の剣士で死合たい。原則として、魔術・魔法の使用は禁止。魔素強化と剣術のみの純粋な決闘で雌雄を決する。先鋒、中堅はそれぞれ一得点ずつ。大将戦は2得点。大将戦を終え、同点だった場合、延長戦を行う。その延長戦の勝者が此度の決闘の勝軍となる。』
以上が私たちの宣戦布告に対する回答よ。」
魔王座の間。集まったプラグマ、ヴェルニャ、ゼベルト、アニアにフィリアルは、武闘国家オーディロダムからの返答を伝えた。重鈍な雰囲気が5人を包んでいた。
「なるほど。武闘国家らしい返答だが…。」
プラグマが頭を回す。
「魔法を用した戦争ならば、僕ら魔王軍が勝つ。きっとそれを理解して、オーディロダムはこの方式で決闘を申し込んできたのでしょう。魔王様。」
プラグマの推論。フィリアルはそれを受け、言葉を返す。
「確かに、その通りね。私たちの戦力でかかれば、圧勝できるでしょうね。でもお互いの国に少なからずの犠牲が出るわ。」
「決闘なら、無駄な犠牲を出さずに済む。」
フィリアルの言葉をゼベルトは先読みして言った。
「ええ、『友好的外交』を目指す上で、この上ない条件ではあるわね。」
「しかし、死合いとなれば、3人の死者が出るのでは?」
アニアが質問をする。
「いえ、私が回復魔法を使えば、即死じゃない限り、死者を出すことは防げるわ。」
「ニャーるほどね〜。」
静聴していたヴェルニャが腕を伸ばし、納得の声を出した。
「では、我ら魔王軍はこの決闘を受けるということでよろしいですか? 魔王様。」
プラグマが話しをまとめる。
「ええ、それで決闘を受けましょう。」
魔王座に座るフィリアルは深く頷いた。
「で、誰が出るの〜?」
ヴェルニャが至極当然な質問をした。
「大将は魔王様で確定だろう。僕は…剣は専門外だから除外だね。」
プラグマは辞退する。
「私も、血刀を扱いはしますが、呪術無しだとゼベルト様とヴェルニャさん以下の力量です。」
アニアも辞退した。彼女の剣技は憑依の呪術による能力向上が大きかった。
「じゃあ、俺とヴェルニャが出ることになるんだが…。どっちが中堅で出る?」
「ヴェルニャじゃないかしら?」
ゼベルトの疑問にフィリアルが答えた。
「ニャニャ〜。私はゼベっちが中堅で出るべきだと思うよ〜。」
「ゼベルトの方が、強いのかい?」
「うん。正直、ゼベっちが魔族一の剣士で間違いないと思うよ。鍛錬中の結果も私が負け越してきてるからね。」
ヴェルニャがわざとらしく悔しそうな顔をして言った
「確かに、その通りです。私はヴェルニャさんとゼベルト様の鍛錬を見ていますが、身内贔屓ではなく、正直に言ってゼベルト様が上かと。」
アニアが付け加える。実際、一の太刀での鍛錬でゼベルトはヴェルニャに勝りつつあった。(俺ってアニアの身内なのか? まあ、メルクル家の騎士だからってことにしとくか。)
ゼベルトは場違いなことを考えた。
「ゼベルト、大丈夫なの?」
フィリアルが心配そうにゼベルトに尋ねる。その顔には弟を心配する姉の面影があった。
「大丈夫。よーいドンでの戦闘なら、俺は負けないよ。」
そんなフィリアルを安心させるべく、少し不遜にゼベルトは言った。
(この決闘については、賢者から聞いているわけではないんだろうか…。)
そんなことも、ゼベルトは頭の裏で考えていた。
「そう、わかったわ。」
フィリアルが意を決する。
「プラグマ。オーディロダムにこう返事を送って。
『決闘、受け入れたり。こちらが勝利した後、武闘国家オーディロダムの全権を魔王軍に譲渡せよ。我らは魔術・魔法なくとも不敗である。2週間後、そちらの決闘場に我ら魔王軍が赴く。時をしかと待て。』」
「承知致しました。」
フィリアルの言葉を聞き、プラグマは魔王座の間を後にする。
「さあ、私も鍛錬をしないと。フィラウディアとしばらく山で修行をするわ。ヴェルニャとゼベルトも、それぞれ鍛錬をして2週間後に備えるように。」
『ハッ。』
魔王は黒翼を発現させ、窓から山へと飛び立った。残されたゼベルト、ヴェルニャ、アニアは訓練場に戻り、再度鍛錬をするのだった。




