第94話「対 ドゥナロープ -決着-」
「私と踊ってくださいますか? ゼベルト様。」
「もちろんです、お嬢様。」
戦場の右翼。連合国軍の雄叫びを舞踏曲にして、二人の魔族が踊り始める。
「進めえええ!!」
「敵は二人だ、囲め!!!」
「「「「「オオオオオオッ!!!」」」」」
二人を四方から囲む連合国兵。剣が槍が斧が、ありとあらゆる凶器が二人に迫る。
(まず一人。)
ゼベルトは迫る剣を身捌きのみで避け、返す一太刀で一人目を殺す。
(次。)
眼前に現れる槍の点撃も枝を払うように防ぎ、持ち主の腹を斬る。
(次。)
斧を振る兵の筋肉音に耳を澄ます。届かない距離ギリギリに身を止め、斧を空振り無防備な持ち主の体に剣を走らせる。
(次。)
もはや作業じみた手際で、来る兵を最小限の動きでゼベルトは殺していく。次第に敵兵もゼベルトの強さを理解して、無謀に突っ込むことはなくなった。
(じゃあ、こっちから行くぞ?)
しかしそれは悪手。自らの様子を伺って動く敵兵にゼベルトは自身の剣を押し付けていくだけで敵を屠っていく。樂を奏じる鬼の如く、戦場に金属音と断末魔を響かせるゼベルト。『樂剣』。その名に違わぬ舞踏で敵の命は錆と化していった。
「侵食の呪術。」
アニアが魔詞を唱える。二人に向かっていた敵兵たちの魔素強化が綻び崩れる。彼らはかろうじて武器を手に持つのみに止まる。
「憑依の呪術。」
敵兵たちが手にする武器たちが反逆を始める。アニアは自身の意識を敵兵たちの武器に憑依させた。
「ぐはっ。」
「なんだ!?」
「どうした!? 皆なぜ自分を斬っている!?」
敵兵たちの武器は持ち主にその刃を向けた。魔素強化もままらない敵兵たちは己の武器にその命を刈り取られる。
アニアの新しい呪術技。敵の武器に自らの意志を憑依させ、武器を動かし敵を殺す。数多ある武器に意識を憑依させることなど常人には不可能。己を見失って廃人になるのが当然。しかしアニアは常人ではない。積まれた戦闘経験がアニアの魔素総量を増やしていた。そして何より、アニアの精神は一点のみに注がれていた。
「嗚呼、ゼベルト様…。」
愛する者を思い、霧散するほどの憑依から己の体に戻る。その場から一歩も動かずに、アニアは自身の異常さを連合国軍に示していった。
「お、恐れるな!! 皆で殺しにかかれ!!」
冷静になろうとする敵兵たち。しかし今更冷静になっても意味がなかった。戦場には既に死体が転がってしまった。それはつまり、アニアの援軍となり得る。
「服従の呪術。―骸よ、我が凶敵を葬れ―」
骸が立ち上がりその武器で味方だった者たちに武器を振るう。
「死者を操るだと!?」
「なんて冒涜的な…。」
「おい!! 俺たちはみかっ、うあああ!!!」
骸一人一人は強くなくとも、肉壁となり連合国へと襲いかかる。先瞬まで味方だった者に敵兵たちは武器を向けられ、アニアへの進路を妨害される。
「呪裂斬。」
アニアが血刀を振るう。呪素に満ちた斬撃が空を飛び、敵兵を殺していく。足踏みをし始めた軍隊をアニアは遠距離から確実に封殺する。連続する呪術が相互補完的に作用し敵軍を着実に蹂躙する。『躙呪』その名に違わぬ舞踏で敵の命は塵と化していった。
ゼベルトとアニア、二人に近づいた者から命を落としていく。やがて人族たちは恐れをなして歩みが止まり、武器を持つ手が震える。そして、絶望した者から呪剣の錆となる。絶望した者から呪術の塵となる。
「逃げろおおお!! 悪魔だあああ!!!」
「死にたくない、死にたくない、死にたくない!!」
「ああ、もう終わりだ…。」
恐怖と絶望が伝染し、連合国軍が混乱に包まれる。
(魔族に対する恐怖の礎として、殺されてくれ。)
後ろ姿を見せて逃げ惑う敵兵。ゼベルトは容赦なく斬り殺す。ゼベルトは幾重にも重なる死を奏でていった。
「服従の呪術。―逃げ惑う者共よ、狂乱に浸透せよ―」
絶望にアニアの呪術が追い討ちをかける。生き絶えた者のみならず、生きる者すら服従させた。そして絶望に染められた敵兵たちは惑い狂って無差別に武器を振り回し始めた。
「ああああ…。」
「うえ?」
「あははは。」
正気を失った敵兵たちが味方に武器を振るい合う。またしても敵兵たちは己ら自らの手でその数を減らしていった。
呪剣が身体を斬り裂き、命が溢れる。呪術が心を蝕み、命が溢れる。
「前より強くなったな、アニア。」
「ふふ、ゼベルト様も強くなられていますよ。」
会話をしながら、命が散っていく。首を斬られ、心臓を刺され、精神を蝕まれ、命が失われていく。ゼベルトとアニアの舞踏が死を魅せる。狂乱に狂う者、絶望に逃げる者、命を貪る骸。断末魔のみとなった葬樂が響き、死体という蹂躙の跡だけが戦場に残っていった。
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『ガギャァァァァァッ!!!!!』
人族が死に絶えていく戦場に咆哮が響いた。それは龍の咆哮。その姿を知らしめるように、戦場全体の上空を飛行する。赤黒い鱗に覆われた体躯。空を引き裂くような刺々しい翼。鞭のようにしなり空に線を描く豪尾。その姿が連合国軍をさらに混乱へと陥れる。
「おい、なんなんだアレ!?」
「りゅ、龍なのか…!?」
「嘘だろ、もう俺たち半分はやられちまってるのに…。」
「龍まで魔族の味方なのか…?」
軍の半数を四天王に殺され、待機していた兵たちは既に絶望間近だった。そこに現れた龍がさらなる追い討ちをかけた。
「龍がこっちに来るぞ!!」
「みんな逃げろ!!!」
「うあああ!!」
戦場を凱旋飛行していた龍が待機していた連合国軍の中央に降り立った。
『ガギャァァァァァッ!!!!!』
咆哮を再度響かせる龍。その咆哮を耳にしただけで、兵たちは身動きを取ることが不可能になった。
「龍よ、感謝する。」
龍の背中から、一人の魔族が地に降り立った。
「なんだ、あいつ…。」
「龍の背中に乗ってたのか?」
「魔族ってことは、敵だよな…。」
さらなる事態に兵たちは混乱を増すばかり、現れた魔族に武器を向けるのみで、誰も行動できなかった。現れた魔族は黒翼を発現させ、その翼をはためかせ宙に浮遊した。黒の瞳で兵たちを見下ろしながら、その姿を兵ら全員に顕した。
「我は魔族の王、『魔王フィリアル』!!! 連合国ドゥナロープを手中にするべく、貴様らに宣戦布告をした張本人だ。」
魔王の名乗りが戦場に響く。連合国兵たちは魔王の声に黙って耳を傾ける。それはフィリアルの特異性。彼女の声は聞いた者の全身に届き、その者に彼女の言葉を一直線に響かせる力があった。
「いましがた、四天王らが貴様らの半数を殺した。残り半数が死ぬのも時間の問題だろう。そして断言する。我がこの戦いで力を振るえば、一瞬でこの戦争は終わると。無論、我ら魔族の勝利で。」
魔王の言葉に反論する者はいなかった、自身らには勝ち目などない。それは魔族たちと相対する兵たちが一番理解していた。
「武器を捨て、降伏せよ。さすれば命までは取らない。抵抗する者がいるのならば、問答無用で貴様ら全員を殺す。これは脅しでも、ましてや虚言でもない。貴様らを一瞬で封殺することなど、私にとっては造作もないことだ。」
魔王が漆黒の剣を抜刀し、魔素を操り始めた。
『跪け。』
魔王の声が、魔王の魔素が、連合国兵たちを貫いた。
「ぐあ…。」
「おえええ…。」
「あ、あ、あ。」
漆黒の魔素が兵らに触れると、兵たちの膝は地面と密着することとなった。中には骨を折る者、吐瀉物を吐く者、全身を地に埋没する者など、魔王の魔法によって瀕死の状態になる者さえいた。
「もう一度言う。武器を捨て、降伏せよ。連合国ドゥナロープは我々魔族のモノとする。」
魔王の言葉に反する者など一人もいなかった。誰しも無駄死にはしなくない。引力によって全身を潰される前にと、手に持った武器を捨てた。武器を捨てる金属音が戦場に響く。それはこの戦争の終わりを知らせる音楽。こうして、魔王は四天王と己の力のみで、一国を手にしたのだった。




