第93話「対 連合国ドゥナロープ」
「魔王様!! 連合国軍が先手を打ってきました!! 敵の軍勢は万を有に超えています!! い、いかが致しましょう!?」
魔王と四天王が集まっていた一室にて、魔王軍の斥候が汗を垂らし息を切らせながら、敵の襲撃を知らせる。しかし魔王と四天王は誰一人驚かない。
「そうか、こちらから向かう手間が省けたな。先に行っているぞ、貴様ら。」
魔王が椅子から立ち上がり、黒の翼を背中から発現させ、部屋の窓から飛び立っていく。
「僕らも行こう。」
プラグマが魔杖を手に取り、貴族服を翻して椅子から立ち上がる。
「ニャハ〜、楽しみ楽しみ。」
猫らしい伸びをして、二本の剣を背負い、ヴェルニャもプラグマの後に続く。
「戦ろう。」
ゼベルトはそれだけ言って、腰に新造『魔喰らいの剣』を携える。
「はい、ゼベルト様。私はどこまでもついて行きます。」
アニアも『メルクル家の血刀』を鞘に納め、ゼベルトの半歩後ろを行く。
戦争に向かうとは思えないほどの、冷静さと静寂さに、駆けつけ情報を伝えた斥候は固まるのみ。以前までは5人で敵軍に勝つなど夢物語。そう彼は思っていた。しかしこのとき、戦場に向かう魔王と四天王の淡々とした姿を見て思ったのだった。
「勝てる…。」
ゴクリと唾を飲み込んで、彼は自身の血流が速くなったのを感じ取った。
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「来たぞー!!! 魔王と四天王だ!!!」
「やるぞ、連合国軍!!!」
「「「「うおおおおおお!!!」」」」
敵の雄叫びが戦場となる平原に響く。草を踏み荒らし進む連合国軍の数。それは空に湯気を立ち上らせて、雲を作るほどだった。剣、槍、斧を持った一般兵。魔杖を持った魔術兵。誰もが緊張の面持ちとどこか勝ちを信じながら、魔王と四天王を迎え撃つ。代表らは命をかける必要はなく、変わりなく後方から勝ちを確信していた。しかし実際に5人の敵と相対する兵らは命をかけている。そこに手抜き、手加減、手心は一切無かった。しかし大陸全土を揺るがす勝敗がこの後決まった。
「まずは挨拶だ。」
誰かの美しい男声が響いた。その瞬間、連合国軍のど真ん中、上空に黒色の魔弾が降り注いだ。
「来たぞ!! 魔術使いの男だ!! 戦略通り、魔術兵に魔術を放たせろ!! 一般兵は時間を稼げ!!」
「「「「「オオオオオオッ!!!」」」」」
まず戦争の火蓋を切ったのはプラグマ。軍勢に対して無差別的に魔弾を降らせた。その魔弾に込められるは当たった者たちを再起不能にするほどの威力。しかし敵軍は怯まずにプラグマに向かっていく。数の暴力。その裏では魔術兵たちが数多の魔術を準備していた。
「なるほど。まあ、僕のすることは変わらないよ。『鏖術』として、ね。」
プラグマは魔詞を唱えずに、魔杖の先で魔素を練る。
「弾雨。」
先ほど降り注いだ魔弾を超える、雨のごとく軍勢に降り注ぐ魔水弾が敵軍を正面から皆殺しにしていく。戦場に豪雨が降ったと見間違える風景に変わる青色魔術。
「怯むなあああ!!! 進めえええ!!!」
「「「「「オオオオオオッ!!!」」」」」
それでも敵軍は止まらない。その数でプラグマに近づいていく。
「焔原。」
プラグマは数に驚きもしない。変わらず大規模な魔術を放つ。雨に濡らされたはずの戦場が今度は業火に包まれ、蒸気だけが空に逃げる。声も響かず、連合国軍は赤色に塗り潰された。
「魔術準備完了!!!」
「よしッ!!! 放てい!!!」
「「「「「―の魔術!!!」」」」」
大勢を犠牲にして準備した魔術を連合国軍は放つ。火炎、弾岩、槍水、風刃。混ざり合う色々の魔術がプラグマ一人に向かっていく。
「そよ風かい?」
しかしプラグマは焦りもしない。余裕綽々、大胆不敵。変わらず魔杖を一振りする。
「壊嵐。」
吹き荒れる乱風。プラグマに向かっていた全ての魔術が散り散りとなり、戦場を焦がしていた炎が煽られ、空気をさらに焦がす。連合国軍は魔術を防がれただけでなく、その焦炎でさらに命を落としていった。
「ば、馬鹿な…。」
連合国軍は絶望するのみ。本来、魔術は連発できるものではない。いくら魔用石を砕いても、術使い本人に魔素が十分練られていなかったら、魔術は発現しない。その常識をすべてプラグマは覆していた。何をするでもなく、連合国軍は次に襲いかかってくるプラグマの魔術を眺めていることしかできなかった。
「千雷。」
一線の黄色が戦場に走った。クロエと戦った際と同じ原理で戦場一帯に雷撃が迸った。空にできた蒸気が雲を作り、焦がされ乾いた空気に千の雷を落とす。
「―っ!!!!」
敵の断末魔は響かない。迸る雷撃が連合国軍の命を一瞬で鏖殺に伏した。
「さあ、まだまだやるかい?」
大規模魔術を4回連続で発現させてもなお、プラグマには魔素が余りある。彼の卓越した魔術はその効率の次元が違う。プラグマは最初の攻防を終えてなお、変わらず戦場に現れる敵軍を鏖しにしていくのだった。
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「半魔半獣の女。貴様があの七星『法剣』に勝ったという剣士か?」
戦場の左翼。ヴェルニャが地べたに座り、敵を待っていると、一人の剣士が言葉をかけてきた。当然、彼の背後には千を超える兵たちが控えていた。
「そうだけど?」
ヴェルニャは淡白に返事をする。
「そうか、貴殿ほどの剣の使い手を数で殺すのは惜しい。我、『ガエル・デュモン』、連合国ドゥナロープ一の剣士。貴殿と命を賭け一対一で死合いたい。」
「ニャるほどね。そういう感じか。」
ヴェルニャは立ち上がる。
「じゃ、いいよ。いつでもかかってきニャよ。」
両掌をガエルに見せたまま、ヴェルニャは死合を承認した。
「剣を抜かないのか?」
余裕を見せるヴェルニャにガエルは聞いた。
「いいから、速くかかってきニャって。」
片手をクイクイと動かして、ヴェルニャは煽った。
「後悔するなよ。」
ガエルは剣を抜いて、彼史上最速の剣撃を振るった。
「ふわぁ〜あ。あくびが出ちゃった。」
ガエルが剣を振り抜いたその瞬間に、ヴェルニャは二本の剣を抜刀し、一本でガルドの剣を弾き飛ばし、一本の剣でガルドの首を斬り飛ばした。
静寂が戦場を包む。ドゥナロープ一の剣士が一瞬で首を飛ばされた。その事実を受け入れるまで、連合国軍はしばらく動けなかった。
「どしたの〜? 死合は終わったよ? みんなかかってきニャよ。」
不敵に笑うヴェルニャ。その姿を見て、兵たちはやっと動いた。
「うわあああ!!!」
半狂乱になって斬りかかる者。
「よくもガルドさんを!!!」
敵討ちを狙う者。
「数で殺せえええ!!!」
理性的に襲いかかる者。
「ニャハハ!! いいね。八つ当たりさせてもらうよ〜!!!」
その全てを二本の剣で肉塊にする。その半魔半獣の名はヴェルニャ。彼女が剣を一振りすれば、十の死体が積み上がる。その剛力が人族の身体などただの肉の集まりだと示していった。
「ニャハハハ!!!」
笑い、返り血に濡れながら、ヴェルニャは敵兵たちを殺していく。誰も彼女を止められない。二本の剣を振るう。血飛沫が上がる。また二本の剣を振るう。血飛沫が上がる。ぐちゃ。べきょ。ざしゅ。断末魔の代わりに、命が肉塊に化す音が戦場に響く。
「ニャハハハハハハ!!!」
その姿はまさに獣。獲物を滅ばさんと、群れの中を単身で全て斬り伏せていく。もう剣を振るうのも面倒になって、ヴェルニャは剣を翼のように広げて、そのまま戦場を駆け巡る。
「ニャハハハハハハハハハ!!!」
戦場に響く獣の笑い声。剣に触れた者から命を失う。否、ヴェルニャの瞳に映った者から死んでいく。軍勢の中に一人の獣が混じった。それだけで兵たちが死んでいく。上空から見ればそれは、キャンパスに血の赤が一筆で何度も何度も描かれていくのと同じだった。そしてこの戦争中ずっと、その血筆は止まることを知らなかった。




