第91話「拝名の儀」
アドナロ王城、王座の間。しかしそこに集まるのは人族ではなく、魔族たちであった。そして当然、王座に座るのも国王ではない。黒髪、褐色肌、黒の魔石角。黒の王服に身を包んだ『魔王』フィリアルが王座に腰を下ろしていた。
「アドナロ王国を我ら魔族のものとしてから、一ヶ月が経った。」
艶のある低い声が響く。それは魔王の声。
「国王アドナロ・オーギュスタンの死亡という事故はあったものの、我の望み通りアドナロ王国と我ら魔族は『友好的外交』を成すことができた。」
王座の背後にそびえるステンドグラスから降り注ぐ虹色の光を受けながら、魔王の黒に包まれた身体が立ち上がった。
「そしてこの一ヶ月で物資が戦争前と同等の量に回復した。これが何を意味するか、今日それを伝えるために、我は貴様らをここに招集した。」
魔王の前に集まる彼らは魔王軍序列上位者と有力貴族ら。察しの良い者は自身らが呼ばれた事実から、魔王の用命を既に理解していた。
「連合国ドゥナロープに戦争を仕掛ける。」
魔王の言葉に、魔族たちは驚かない。彼らにとって十二分に予測できた言葉だった。しかし、恐怖や慄きがないわけではない。戦場を覆い多くの魔族を殺した天の炎が彼らの記憶に新しい。
「此度の戦争は、我と四天王の四人で終結させる。貴様らは我らの戦いを見ているだけで良い。」
魔王の言葉に、魔族たちは驚く。魔王と四天王の強さを理解してなお、その5人で戦争を終わらせることなど想像できなかった。
「そう驚くな…。連合国とは名ばかりの大小様々な街が合わさりできているのがドゥナロープだ。戦力などたかが知れている。」
呆れを顔に表しながら、魔王は言った。その顔にはうっすらとした笑みすらあった。
「我と四天王で一国を攻め落としたとなれば、他国も我ら魔族の強靭さを理解するだろう。この先、我ら魔族は戦わずして、敵国を降伏させることさえ可能になる。」
魔王は全身に自信をたぎらせて、魔族らに話す。魔王の瞳に欺瞞など一つもなく、自身の目論みが全て上手くいくという確信がそこにあった。
「我の決定に異論のある者はいるか?」
「…。」
魔王の問いに静寂が訪れた。反論する者などいない。戦場にでなくていい、それは貴族たちにとって願ってもないことだった。誰もが我が身とその命が可愛い。望んで死地に臨む者はいなかった。
「良い。では四天王に名をやろう。」
魔王が漆黒の剣を抜いた。
「プラグマ・キシュルネライト。」
「はッ。」
プラグマは名を呼ばれ、魔王の前に跪いた。
「敵を鏖殺に伏す貴様の魔術。その魔術に因み、貴様に『鏖術』の名を与える。」
プラグマの肩に剣が添えられる。
「拝名しました。」
漆黒の剣がプラグマの肩を叩く。そしてプラグマは立ち上がり、魔王の半歩後ろ右側にその身を留めた。魔王の右腕となる存在、プラグマ・キシュルネライト。彼は毅然とした表情で魔王の隣に立つ。
「続けよう。次、ヴェルニャ。」
「は〜い。」
笑顔でヴェルニャは魔王の前に跪いた。
「敵を暴虐に滅ぼす貴様の戦術。その戦術に因み、貴様に『滅獣』の名を与える。」
ヴェルニャの肩に剣が添えられる。
「拝名しましたニャ。」
漆黒の剣がヴェルニャの肩を叩く。そしてヴェルニャは立ち上がり、プラグマの隣にその身を納めた。彼女は笑顔のまま、魔王の傍らに立つのだった。
「次、アニア・メルクル。」
「はい。」
赤い瞳を曇らせながらアニアは魔王の前に跪いた。
「敵を蹂躙し尽くす貴様の呪術。その呪術に因み、貴様に『躙呪』の名を与える。」
アニアの肩に剣が添えられる。
「拝名致しました。」
漆黒の剣がアニアの肩を叩く。そしてアニアは立ち上がり、魔王の半歩後ろ左側にその身を置いた。しかし魔王との間に一人分の距離が空いている。このときアニアは誰かと眼を合わして、赤い瞳を曇り澄ませたのだった。
「最後、ゼベルト。」
「はいッ。」
鳥肌を身に纏わせながらゼベルトは魔王の前に跪いた。
「敵を樂鬼の如く斬殺する貴様の剣術。その剣術に因み、貴様に『樂剣』の名を与える。」
ゼベルトの肩に漆黒の剣が添えられる。
「拝名しましたッ。」
漆黒の剣がゼベルトの肩を叩く。そしてゼベルトは立ち上がり、魔王の半歩後ろ左にその身を並べた。そう、このときようやっとゼベルトは魔王である友人の隣に肩を並べたのだった。
「4人とも、本当にありがとう。」
拝名の儀が終わり、王座の間に残ったのは、魔王と四天王のみ。フィリアルは新たなに四天王となった4人に感謝の言葉を述べた。
「いえいえ、魔王様と共に戦えること、僕は光栄に思いますよ。」
「私も、ゼベルト様と共に四天王となれたこと、感謝すらしています。」
「フィリアル一人に、戦わせるわけないだろ?」
「ニャハハ、ゼベっちに同じく〜。」
四者四様の言葉を返す一同。今この場にいるのは『魔王』ではなく、フィリアルだった。
「ありがとう、みんな。私は友人に恵まれたわ。」
「照れるニャ〜!!」
フィリアルにヴェルニャが飛びついた。
「ハンネさんとレオンもこの場にいられたら良かったんだけれど…。」
ヴェルニャに抱きつかれながら、フィリアルは顔をしかめながら言った。
「レオンさんはまだ療養に時間が掛かりそうです…。」
アニアも顔をしかめながら、レオンの容態を話す。
「そうよね、イザークさんが死んでしまったんだもの。」
彼女の不在はイザークの死亡を思い起こさせることでもあった。
「ハンネは研究にどっぷりになっちゃったからね〜。」
フィリアルに抱きついたまま、ヴェルニャが遠い声で言う。ハンネローレはバルトルトが死んでからというもの、研究室に篭りきりになって、新しい魔具の開発にすべてを注いでいた。
「きっとハンネさんにとって研究が一番心落ち着くものなんだろうね。」
「ああ、ハンネさんにも研究っていう療養の時間が必要なんだろう。」
プラグマ、ゼベルトの順でハンネローレについて話す。
「それに、ハンネさんは両足が不随になってしまった。戦場に出るのは今後難しいだろうね。それこそ、足を思いのままに動かせるようになる魔具でも完成しない限り。」
傷ついた友人たちの話をしている内に、王座の間に暗い空気が流れた。
「まあ、ハンネとレオンちゃんが休んでいる間、私たちで頑張ろうよ!! フィリアルのためにさ!!」
暗い雰囲気を払拭するために、ヴェルニャがフィリアルから離れ、小さく跳躍しながら言った。
「はい、その通りです。フィリアル様のため私たちで全力を尽くしましょう。」
アニアがヴェルニャの言葉に賛同する。ゼベルトとプラグマは黙って深く頷いた。
「ありがとう、みんな。さっき話した通り、私たちが魔族の脅威の象徴となれば、戦争をせずともこの先進んでいけるから。みんな、これからもよろしくね。」
フィリアルが頭を下げた。魔王が頭を下げる。本来ならあり得ないことで、プラグマなら頭を下げるのを止める。しかしここにいる5人は友人。友人の感謝をそのまま受け取ったのだった。
『おーい。』
話にひと段落ついたとき、ゼベルトの耳に彼女の声が聞こえた。
『おーーい。』
次第にその声は大きくなって、ゼベルト以外も誰の来訪に気づいた。
「おーーーい、みんなー。ここ開けてー!!」
窓を叩く音と共に、彼女が現れた。
「フィラウディア!! ついてきちゃったの?」
フィリアルが窓を開ける。窓から龍人『フィラウディア』がフィリアルの胸に飛び込んだ。
「フィラウディア〜!!」
ヴェルニャが耳を立てながら、フィリアルを抱きしめるフィラウディアを後ろから抱きしめた。
「ちょ、ちょっと重いよ。二人とも。」
フィリアルが困った顔をするので、フィラウディアはフィリアルから離れた。そしてその代わりと言わんばかりに、ヴェルニャを抱きしめた。
「ん〜。」
「ニャ〜。」
二人は笑いながら抱きしめ合う。
「フィラウディア。なんでついてきちゃったんだ?」
「お留守番をするって約束しましたよね?」
ゼベルトとアニアがフィラウディアの頭を撫でながら聞く。
「ん〜、お留守番つまんない。」
ヴェルニャに肩車をされながら、フィラウディアは理由を話した。
「それに、私もハイメイされたい!!」
「フィラウディア、拝名の儀は戦いの場に赴く者に名を授ける儀式なんだ。君は戦場に行かないだろう?」
プラグマは優しい声で説明した。
「う〜ん、確かに私は戦わないけど…。名前欲しいんだもん!!」
フィラウディアの姿はまるでわがままを言う子供だった。
「…わかったわ、フィラウディア。あなたに名をあげるわ。その代わり、戦わなくていいから、ちょっと私たちの戦いを手伝ってくれないかしら。」
何かを思いつき、フィリアルはフィラウディアに名前とお手伝いを交渉した。
「うん!! お手伝いする!!」
ヴェルニャの肩から飛び降りて、フィラウディアは大きく返事をした。
「フィラウディア。」
「はいっ。」
勢いよく返事を続け、フィリアルの前に屈むフィラウディア。
「生きとし生けるものの頂点。全生物を凌駕するその皇命に因み、貴様に『皇龍』の名を与える。」
フィラウディアの肩に漆黒の剣が添えられる。
「拝名しましたっ!!」
漆黒の剣がフィラウディアの肩を叩いた。そしてフィラウディアは満足そうな顔でフィリアルの真隣に立った。こうしてフィラウディアの拝命を済ませ、アドナロ王国、人族の国の王座の間での、魔族たちの拝名の儀は終わったのだった。




