第88話「喪失」
「レオンさん。林檎、ここに置いておきますね。」
私は切り分けた林檎の乗った皿をテーブルに置く。
「ありがと。アニアちゃん…。」
ここはレオンさんの部屋。彼女はイザークさんの葬儀が終わってから食欲がなくなり、ベッドから体を起こす元気さえ失っていた。
「何か欲しいものがあったら言ってくださいね。」
「うん…。」
返事だけして、レオンさんはベッドの上でまた眼を瞑る。きっとその眼の裏にはイザークさんの姿があることでしょう。なぜ彼を守れなかったのか、きっとそれだけが彼女の頭を支配している。
「お大事に、レオンさん。」
私はそれだけ言って部屋から出る。
私にはやることがある。ゼベルト様の『魔喰らいの剣』を新しく作り直すこと。本音を言えば、私もゼベルト様とアドナロ王国に行きたかった。しかし、ゼベルト様本人に頼まれては、無理についていくことはできない。ゼベルト様のために、ゼベルト様のところへ速く行くために、『魔喰らいの剣』を完成させなければならない。
「そういえば、道具が足らなかったのでした。」
自室に戻る途中、『魔喰らいの剣』を作るために、魔術・呪術の乗りやすい素材で作られた小道具が足らなかった。ハンネローレさんの研究室に行って、少し分けてもらいましょう。
「失礼します。ハンネローレさん。」
研究室の扉を叩いて声をかけても、返事は返ってこない。何度か声をかけても返答は無かった。
「すいません。勝手に失礼します。」
しょうがないので、私は扉を開けた。薬品と本の香りが鼻をつく。研究室の中を見渡す。作業机の前にある車椅子にもハンネローレさんはいなかった。
「ハンネローレさん…?」
室内を見渡す。もしかしたら、動かない足に慣れず床に倒れているかもしれません。
「バ…ルトさん…。」
小さな声が聞こえた。その声は寝言、ハンネローレさんはソファで寝ていました。腕にはバルトルトさんの斧槍を抱いていました。そして彼女の眼元は赤く腫れていました。きっと研究を寝ずに続けて、倒れるようにして眠ったのでしょう。彼女の髪の毛が室内の照明を油のように反射していた。私は彼女を起こさないように、欲しかった小道具を籠に入れて、そのまま研究室を出た。
エレンさん、ハンネローレさん。どちらもアドナロ王国との戦争で大切な人を亡くした。きっと私もゼベルト様を失っていたら、彼女たちのようになっていたでしょう。いえ、それどころか、生きているかも怪しい。きっと自身の手で自身の命を…。
意味の無い『たられば』。ゼベルト様は生きている。そして私の助けを求めている。アドナロ王国に発つ前、魔王城に残り『魔喰らいの剣』の再製を私に頼まれたゼベルト様の様子は明らかにおかしかった。きっと私に隠してらっしゃることがあったはず。
「嗚呼、ゼベルト様…。」
私は何があろうと貴方の味方です。抱えているすべてを私にも背負わせください。アドナロ王国との戦争で犠牲になった仲間たちのことも私はもうほとんど忘れています。私は貴方だけを想い、貴方だけのために生きている。




